「…なんで、第二回もオレ達なんだ…!?」 ヤマトが再び集められた会議室で、腑に落ちないように呆然と呟いた。 「仕方ねーだろ?他ジャンルは突っ込み所が乱雑過ぎてまとめられねーってんだから」 資料に目を通しながら、血走った目で訴えてくるヤマトを呆れた目つきで眺め、ふうっと溜め息を零す。 「オレ等の方が突っ込み安いんだよ!それで納得しとけ」 ヤマトはまだ何か言いたそうだったが、光子郎が前に立ち注目するよう呼びかけたので、とりあえず黙って席についた。 「あれ?今回は光子郎さんが司会やるんですか?」 残りの十人の子供達と十一匹のデジモン達の目が太一に集まったが、彼はにっこり笑って誰にも何も言わせなかった。 「…お兄ちゃん、飽きたのね」 ヒカリとテイルモンがぼそぼそと話している所に、タケルが自分の兄を指してこっそりと笑った。 「はい、静粛に。まあ皆さん色々思う所はあるでしょうが、今回は前回の続きになりますが…全く同じだとつまりません」 光子郎の言葉に、多少弛んでいた会場の空気がぴくりと反応した。 「皆さんもそうですよね…僕もそうです。そして企画者も同じだそうで…ここにまたしても一枚の企画書があります」 ぺらん…と掲げられた紙に視線が集中するが、一瞬後には揃って白い目を光子郎に向けた。 「…光子郎さん、それ、わざとですよね?」 タケル・ヒカリ・空・丈がそれぞれにっこり笑いながら光子郎を見る。 「…い、いきなり鋭いですね…太一さんだったら笑って済ますくせに…」 名前を出されたことにより我関せずとアグモンの背中を撫でていた太一が顔を上げたので、慌てて空が誤魔化し、転んだら絶対ただでは起き上がらない光子郎がにっこりと頷いた。 「では続けます。え〜この企画書には次のように書いてあります。『前回あえて触れなかった、《デジモンアドベンチャー》の暗黒部分について、思う存分掘り起こして欲しい』…だそうです」 光子郎の言葉に、集まった者達は一瞬奇妙な顔をしたが、次いで青汁を一気飲みしたような表情で顔を見合わせた。 「え〜と、つまり、前回自主規制したことを解禁するってこと?」 ミミが首を傾けながら発言すると、光子郎がこっくりと頷いた。 「じゃあじゃあ、タケル君は三年の間に一体何があって帽子がリミッターの『魔王』になっちゃったのか!?とか!?」 総立ちのメンバーの血走った目をやんわりと受け止め、光子郎は静かに言った。 「いいんじゃないですか?誰も答えてくれませんけど…」 「…待て」 周りがヒートアップする中、一人沈黙を守っていた太一がゆらりと立ち上がる。 「『暗黒面』と言われたら、突っ込む所はそこじゃ無いだろう、皆?」 太一の迫力にどきりと緊張が走る。 「今一番上げるべき話題は…」 痛いほどの視線を受けて、太一はヤマトの方を向いた。 「何でこいつは、ライブの時に制服で演ってんのかってことだろう!?」 びしぃっと指さして言われた科白に、一同見事に砕け散った。 「違うでしょうっ!?太一さん!?」 大輔と太一の視線が真正面からぶつかり合った。 「…………………あ…」 太一と目が離せないまま固まってしまった大輔に、その隣にいた賢が額を押さえて呟いた。 「いーじゃん、別に。そんなのさ」 『いーじゃん、別に。そんなのさ』が多い者で二十回、少ない者でも四回ほど頭を回った所でヤマトが切れた。 「たたたたたたたった、太一っっっ!!!???」 きょとんと言った太一に、ヤマトは口からエクトプラズムを半分ほど出しかけたが、それを意図せず押し込めたと言うか、彼自身を押し退けたのが空だった。 「太一っ!?そんなことなの!?どーでもいいことなの!?あたしとヤマトなんかがくっついてもいいのっ!?」 涙目で詰め寄った空に、彼女のおかげで半死に一生を得た分際で食ってかかるヤマト…それを傍観する太一、少し異様な光景だ。 「…やっぱどーでもいいエピソードだったんじゃんなあ?付き合ってないの丸分かりじゃん」 指さす向こうのやり取りに、漸く皆の時も動き出し、太一の言葉に空とヤマトも言い合いを止めた。 「……………そうですね」 何だかすっきりした気分で席に座り直す面々に、太一が止めとばかりに微笑みかけた。 「だろ?」 こうして、デジモン史上最も最悪だと謳われたエピソードは、あっさりと無かったことにされたのである。 「それじゃあ続けましょうか。…え〜と、太一さん?何でしたっけ?」 路線がずれたような、戻ったような…複雑なまま会議は進む。 「はーい!僕も観に行ったけど恥かしかった〜。楽屋で待ってるのも嫌で、書き置き置いてお兄ちゃんロビーまで呼び出しちゃったもん」 弟の言葉にショックを受けるヤマトに、京があっさりと引導を渡した。 「お兄ちゃんがヤマトさんのライブ行きたがらないのもその辺が理由?」 どーでもいいエピソードのせいであまり記憶に無い思い出を遡り、同意する仲間達…落ち込むヤマトの肩を、ガブモンがぽんっと慰めた。 「…実は、ヤマトって衣装買うほどお金が無いのかな?」 太一の言葉に、それを聞いた者達が目を見開く。 「制服…て、何に金がかかるって言うんですか?」 驚く子供達に向かって太一が重々しく頷いた。 「ちょっと待て、太一!何でオレの制服が『改造制服』なんだ!」 光子郎と空がぽんっと手を叩くが、中学の制服をあまり知らない小学生組と学校の違う丈が不思議そうに顔を見合わせた。 「オレと光子郎の上着の前ボタンは二つ。なのにヤマトのは三つ。何故だ?お前の制服が『改造』してあるからなんじゃないのか?」 ふぅ…とため息をついた太一に合わせ、ヤマトに向けて白い目が集まる。 「…そーいえば、太一さんや光子郎さんの制服に比べて、ヤマトさんのってちょっとスレンダーな感じよね?」 人一倍真面目な伊織が、睨むようにヤマトを見つめる。 「…空さん」 他人事と楽しんでいた空に、ヒカリがおもむろに声をかけた。 「服の話が出たから調度いいと思って…あの、ディアボロモンが復活し時のことなんですけど…」 記憶を振り返る…確か、テニス部の合宿を途中で抜け出して来て、東京に帰る時に着ていた水色のカーディガン…。 「普通、女性物の服って向かって右側の身ごろにボタンが付いていて、左側の身ごろにボタンホールがついてますよね?空さんのって…反対、でしたよね?」 本日何度目かの沈黙が支配した。 「あはははは♪やーだ、ヒカリちゃんたらvあたしは竹之内流生け花の家元を継ぐ女よ?そんな荒唐無稽な未来を持ち出しちゃ、イ、ヤv」 楽し気に笑い合う二人…だが寒い。非常に…寒い。 「…では皆さん。ここで衝撃映像をお見せします」 光子郎の手元にあるリモコンがピッと音を立て、一枚の写真が映し出された。 「あ、太一先輩ん家!」 ヤマトが光子郎に聞くが、彼は硬い顔をしたまま答えなかった。 「…皆さんには何が見えますか?」 それは、俗に八神兄妹派と呼ばれる人達のバイブルになっている無印第二十一話の、太一一人が現実世界に戻って来た時の背景の映像だ。 「…これは、ウォーゲームの時の映像です」 一部の分からない者を除き、驚愕が場を支配する。 「…大輔、よく見てごらん?…写真に映っている人が誰かは分かる?」 賢が指さす方に倣い、困惑したまま大輔は注意深く映像を見た。 「…それじゃあ、太一さんのお母さんの向こうに見える物…分かる?」 大輔が驚きに目を見張る。 「……………」 ゆっくりと仲間達の視線が集まる中、八神兄妹はのほほんとそれを受け止めながら、にっこりと微笑むだけだった。 「…それでは、この続きは、またの機会に…」 光子郎の言葉も何人に聞こえていたことか…謎は謎のまま…窓の外は、美しい夕焼けに染められていた。
今宵はここまでに致しとうございます…。 おわり |