「…なんで、第二回もオレ達なんだ…!?」

 ヤマトが再び集められた会議室で、腑に落ちないように呆然と呟いた。

「仕方ねーだろ?他ジャンルは突っ込み所が乱雑過ぎてまとめられねーってんだから」
「だからって、何でオレ等が集められるんだ!?」

 資料に目を通しながら、血走った目で訴えてくるヤマトを呆れた目つきで眺め、ふうっと溜め息を零す。

「オレ等の方が突っ込み安いんだよ!それで納得しとけ」

 ヤマトはまだ何か言いたそうだったが、光子郎が前に立ち注目するよう呼びかけたので、とりあえず黙って席についた。
 会場に揃えられたのは前回と同じく選ばれし子供達十二人とそのパートナーデジモン十二匹…彼等は既に思い思いの席に座って待っていたが、壇上に立っている光子郎に一番初めに疑問をぶつけたのは伊織だった。

「あれ?今回は光子郎さんが司会やるんですか?」
「ええ。太一さんが面倒臭いとおっしゃるんで代わりました」
「…そうですか」

 残りの十人の子供達と十一匹のデジモン達の目が太一に集まったが、彼はにっこり笑って誰にも何も言わせなかった。
 そんな太一に寄り添って、アグモンは安らかな寝息を立てている。

「…お兄ちゃん、飽きたのね」
「そうね。太一は企画物への参加、私達より多いから…」
「まだ状況に慣れてない人もいるけどね」

 ヒカリとテイルモンがぼそぼそと話している所に、タケルが自分の兄を指してこっそりと笑った。

「はい、静粛に。まあ皆さん色々思う所はあるでしょうが、今回は前回の続きになりますが…全く同じだとつまりません」

 光子郎の言葉に、多少弛んでいた会場の空気がぴくりと反応した。

「皆さんもそうですよね…僕もそうです。そして企画者も同じだそうで…ここにまたしても一枚の企画書があります」

 ぺらん…と掲げられた紙に視線が集中するが、一瞬後には揃って白い目を光子郎に向けた。

「…光子郎さん、それ、わざとですよね?」
「もちろん、気づかなかったなんて言いませんよね?」
「まさか、あの光子郎君が、そんなことするわけないわよね?」
「その裏返されたままの企画書は、わざとそうやって見せているんだよね?光子郎?」

 タケル・ヒカリ・空・丈がそれぞれにっこり笑いながら光子郎を見る。
 それを苦笑を浮かべながら受け止め、ささやかな反撃に出る。

「…い、いきなり鋭いですね…太一さんだったら笑って済ますくせに…」
「あ?何?」
「ああ!何でも無いのよ、太一!さ、光子郎君、続けて?」

 名前を出されたことにより我関せずとアグモンの背中を撫でていた太一が顔を上げたので、慌てて空が誤魔化し、転んだら絶対ただでは起き上がらない光子郎がにっこりと頷いた。
 その様子に、突っ込んだ四人の顔が少し引き攣る。

「では続けます。え〜この企画書には次のように書いてあります。『前回あえて触れなかった、《デジモンアドベンチャー》の暗黒部分について、思う存分掘り起こして欲しい』…だそうです」

 光子郎の言葉に、集まった者達は一瞬奇妙な顔をしたが、次いで青汁を一気飲みしたような表情で顔を見合わせた。

「え〜と、つまり、前回自主規制したことを解禁するってこと?」
「つまり、そういうことのようです」

 ミミが首を傾けながら発言すると、光子郎がこっくりと頷いた。
 会場内を奇妙な沈黙が包んだが、その直ぐ後に彼等の抑え切れない不満が爆発した。

「じゃあじゃあ、タケル君は三年の間に一体何があって帽子がリミッターの『魔王』になっちゃったのか!?とか!?」
「ヒカリちゃんは、どこをどう間違って男を操る『魔女』になっちゃったのとか!?」
「三年前アポカリモンを倒して時間がリアルワールドと同じになったはずなのに、賢君とリョウさん?だっけ?が冒険したのはその後のはずなのに、時間が太一さん達が冒険した時並にずれてるのはなんで!?とか!?」
「ホントだ!何でだろう!?」
「あとあと、無印であんなにサッカーにこだわってたのに何で空さんが中学ではテニス部なのかとか!?」
「それと嘘が大っっっっ嫌いな伊織が、一体どーやって家でウパモンの食料を誤魔化してたのかも疑問よね!?」
「それなら京さんだってコンビニの食料持ち出し過ぎだって疑われませんでした!?」
「大輔なんか部屋の中にカップラーメンの食べ散らかしが山ほどあったのに、全部自分で食べたって言ってたの!?」
「それを言うならデジタルワールドの世界観よっ!どこをどーやってあんな碁の升目状態に仕切ってエリアなんかにしてたの!?あたし達の頃はそんなの無かったわよ!?」
「世界が再構築されたからって理由にしたって変だよね!?だって僕達上空から世界が『元の姿』に戻っていくのを確認したんだし!」
「そーよ!あたし見たわ!ファイル島が出来上がっていくの!」
「そーだよね!?現に『始まりの町』はあったし!」
「ちょっと待って!『始まりの町』って本当にファイル島にあったの!?02じゃファイル島なんか出て来なかったわよ!?」
「とかいうのも、突っ込んじゃっていいわけ!?」

 総立ちのメンバーの血走った目をやんわりと受け止め、光子郎は静かに言った。

「いいんじゃないですか?誰も答えてくれませんけど…」

「…待て」

 周りがヒートアップする中、一人沈黙を守っていた太一がゆらりと立ち上がる。
 一斉に視線が集中する中、太一は真剣な表情で全員を見回した。

「『暗黒面』と言われたら、突っ込む所はそこじゃ無いだろう、皆?」
「え?」

 太一の迫力にどきりと緊張が走る。
 そしてちらりとヤマトと空に視線が走る…『暗黒面』と言われて尚、避けた話題を…当の太一が口にするのか。

「今一番上げるべき話題は…」

 痛いほどの視線を受けて、太一はヤマトの方を向いた。

「何でこいつは、ライブの時に制服で演ってんのかってことだろう!?」

 びしぃっと指さして言われた科白に、一同見事に砕け散った。

「違うでしょうっ!?太一さん!?」
「お?何だ光子郎、激しいな?」
「そーよお兄ちゃん!言いたく無い気持ちは分かるけど、そこじゃ無いでしょう!?」
「へ?」
「そーっスよ、太一先輩!ヤマトさんと空さんがいきなり付き合い出したことじゃないんすかっ!?」

 大輔と太一の視線が真正面からぶつかり合った。

「…………………あ…」
「………バカ……」

 太一と目が離せないまま固まってしまった大輔に、その隣にいた賢が額を押さえて呟いた。
 やはりと言うべきか…地雷を踏んでしまったのは、『オレってば情けねぇ―――っ!!(全くだ)』が名文句の02主人公、本宮大輔だった。
 そんな誰もが息をつめて事態を静観する中、太一はどこも不自然な所は無い態度で大輔に笑いかけた。

「いーじゃん、別に。そんなのさ」

 『いーじゃん、別に。そんなのさ』が多い者で二十回、少ない者でも四回ほど頭を回った所でヤマトが切れた。

「たたたたたたたった、太一っっっ!!!???」
「何だよヤマト?どーでもいいだろ?そんなこと」

 きょとんと言った太一に、ヤマトは口からエクトプラズムを半分ほど出しかけたが、それを意図せず押し込めたと言うか、彼自身を押し退けたのが空だった。

「太一っ!?そんなことなの!?どーでもいいことなの!?あたしとヤマトなんかがくっついてもいいのっ!?」
「なんかとは何だ!?」
「へたれ男はすっこんでてよっ!『ヤマトファン』にすらへたれ扱いされてるくせにっ!」

 涙目で詰め寄った空に、彼女のおかげで半死に一生を得た分際で食ってかかるヤマト…それを傍観する太一、少し異様な光景だ。
 そんな言い合いが数分続き、太一はけろりとした表情で未だ金縛り状態の仲間達を振り返った。

「…やっぱどーでもいいエピソードだったんじゃんなあ?付き合ってないの丸分かりじゃん」

 指さす向こうのやり取りに、漸く皆の時も動き出し、太一の言葉に空とヤマトも言い合いを止めた。

「……………そうですね」
「見るからに付き合ってませんよね…」
「なーんだ、デマかあ…」
「突然で何の前ふりもありませんでしたしね…」
「その後のフォローも無かったし…」
「こーいうオチが妥当だね」
「全く以ってその通りね」
「どうでもいい…か。その通りだね」
「流石太一先輩♪」

 何だかすっきりした気分で席に座り直す面々に、太一が止めとばかりに微笑みかけた。

「だろ?」

 こうして、デジモン史上最も最悪だと謳われたエピソードは、あっさりと無かったことにされたのである。

「それじゃあ続けましょうか。…え〜と、太一さん?何でしたっけ?」
「ああ。ほら、ヤマトがライブで制服着てるって話」

 路線がずれたような、戻ったような…複雑なまま会議は進む。
 ただ一つ同じなのは、話の渦中にヤマトがいるということだけだろうか。

「はーい!僕も観に行ったけど恥かしかった〜。楽屋で待ってるのも嫌で、書き置き置いてお兄ちゃんロビーまで呼び出しちゃったもん」
「あの書き置きはそーいう意味だったのか!?」
「でも、爽やかポップス系ならまだしも、仮にもビジュアル系を名乗っておいて制服は無いですよね〜」

 弟の言葉にショックを受けるヤマトに、京があっさりと引導を渡した。
 ヒカリが兄を振り仰ぎ、素朴な疑問を寄せる。

「お兄ちゃんがヤマトさんのライブ行きたがらないのもその辺が理由?」
「まーな。クリスマスの時はちゃんと衣装揃えるっていうから皆集まったんだよな?」
「そーでしたね。…結局、普段着にしか見えませんでしたけど…」
「あ〜…そーだよねぇ〜…」

 どーでもいいエピソードのせいであまり記憶に無い思い出を遡り、同意する仲間達…落ち込むヤマトの肩を、ガブモンがぽんっと慰めた。

「…実は、ヤマトって衣装買うほどお金が無いのかな?」
「まあ、バンドはお金がかかるって言いますしね。貸し倉庫とか使ってるみたいですし…」
「ところがどっこい。オレはヤマトが制服に金を使ってることを知っている」
「制服に?」

 太一の言葉に、それを聞いた者達が目を見開く。

「制服…て、何に金がかかるって言うんですか?」
「何枚も持ってるってこと?」
「いやいや、お前等は気づいて無いかもしれねーが、ヤマトの制服は『改造制服』なんだよ」
「えええええっっ!?」

 驚く子供達に向かって太一が重々しく頷いた。

「ちょっと待て、太一!何でオレの制服が『改造制服』なんだ!」
「誤魔化しても無駄だ、ヤマト。オレはちゃ―――んと知ってるんだぜ?お前の制服の上着、合わせのボタンが三つあることを!」
「………三つ?」

 光子郎と空がぽんっと手を叩くが、中学の制服をあまり知らない小学生組と学校の違う丈が不思議そうに顔を見合わせた。

「オレと光子郎の上着の前ボタンは二つ。なのにヤマトのは三つ。何故だ?お前の制服が『改造』してあるからなんじゃないのか?」
「えっ、いや、それは…」
「大体、今のスーツの流行が三つボタンだからって制服まで三つにすることねーのにさあ。ボタン一つ増やすだけで、一体幾らつぎ込んだんだか…」

 ふぅ…とため息をついた太一に合わせ、ヤマトに向けて白い目が集まる。

「…そーいえば、太一さんや光子郎さんの制服に比べて、ヤマトさんのってちょっとスレンダーな感じよね?」
「あ、オレも思ってた!太一先輩達のズボンって結構だぼっとした感じなのに、ヤマトさんの一人だけこう詰めてあるみたいな…」
「そうそう、上着の脇にもダーツが縫いこんであるみたいにね?」
「入学したばかりだった光子郎さんが制服を『改造』しているとは思えません。太一さんの言葉には信憑性がありすぎます!」

 人一倍真面目な伊織が、睨むようにヤマトを見つめる。
 ヤマトの株が大暴落した一瞬だった。

「…空さん」
「え?何?」

 他人事と楽しんでいた空に、ヒカリがおもむろに声をかけた。

「服の話が出たから調度いいと思って…あの、ディアボロモンが復活し時のことなんですけど…」
「ああ、うん。なあに?」
「空さんのカーディガン…合わせが逆になってましたよね?」
「……え?」

 記憶を振り返る…確か、テニス部の合宿を途中で抜け出して来て、東京に帰る時に着ていた水色のカーディガン…。

「普通、女性物の服って向かって右側の身ごろにボタンが付いていて、左側の身ごろにボタンホールがついてますよね?空さんのって…反対、でしたよね?」
「…え?」
「それって男物…っていうか、空さん……デザイナーに、なりたいんですよ…ね?」
「……………」

 本日何度目かの沈黙が支配した。
 そして、ふと空が笑い出した。

「あはははは♪やーだ、ヒカリちゃんたらvあたしは竹之内流生け花の家元を継ぐ女よ?そんな荒唐無稽な未来を持ち出しちゃ、イ、ヤv」
「で、ですよね〜!」
「そぉ〜よぉ?あたし一人娘なんだもの。あたしが継がなきゃ、竹之内流の嫡流が途絶えちゃうじゃないvそれにちゃ――んと修行だって積んでるのよ?」
「あ、そーいえば、設定書にもそーやって書いてありましたよね!?」
「でしょう?夏の映画の冒頭でだって、まだ下手くそだけど生け花してるシーンが出てたでしょ?」
「そーですよねぇ!やだ、私ったら〜」

 楽し気に笑い合う二人…だが寒い。非常に…寒い。
 そこに、光子郎が更に寒くなる表情でスクリーンを下ろした。

「…では皆さん。ここで衝撃映像をお見せします」

 光子郎の手元にあるリモコンがピッと音を立て、一枚の写真が映し出された。
 彼はディアボロモンが復活して以来、最先端のパソコンだけで無く、アナクロな映像機にも凝っているようだ。

「あ、太一先輩ん家!」
「本当だ…」
「これがどうかしたのか?」

 ヤマトが光子郎に聞くが、彼は硬い顔をしたまま答えなかった。
 他の者達は心霊写真でも写っているのかと目を凝らすが、どう見てもごく普通の八神家にしか見えない。

「…皆さんには何が見えますか?」
「え?…て、太一の家だよね?」
「うん…どこも変わった所は無いよーな…」
「ベランダ向いてて、その向こうに洗濯物が干してあるわよね?」
「そうそう、その向こうに観覧車が回ってて…入道雲ってことは、夏?かな?」

 それは、俗に八神兄妹派と呼ばれる人達のバイブルになっている無印第二十一話の、太一一人が現実世界に戻って来た時の背景の映像だ。
 不思議そうに首を傾げる面々に、光子郎はもう一枚の映像を見せた。

「…これは、ウォーゲームの時の映像です」
「………………」
「……そんな、こんなこと…」
「え?え?何?何かおかしいのか!?」
「大輔君、分からないの!?」

 一部の分からない者を除き、驚愕が場を支配する。

「…大輔、よく見てごらん?…写真に映っている人が誰かは分かる?」
「あ?…ああ。太一さんのお母さんだよな?」

 賢が指さす方に倣い、困惑したまま大輔は注意深く映像を見た。

「…それじゃあ、太一さんのお母さんの向こうに見える物…分かる?」
「そんなん、観覧車に決まってんじゃん!…て、えっ!?」

 大輔が驚きに目を見張る。
 周りの者達は声も出ない。
 先程見せられた映像のベランダの向こうには、間違い無く観覧車が回っていた…だが、その反対方向にあるはずの、八神母が開けた玄関向こうには…全く同じ観覧車が回っているのだ。

「……………」

 ゆっくりと仲間達の視線が集まる中、八神兄妹はのほほんとそれを受け止めながら、にっこりと微笑むだけだった。

「…それでは、この続きは、またの機会に…」

 光子郎の言葉も何人に聞こえていたことか…謎は謎のまま…窓の外は、美しい夕焼けに染められていた。

 

 

 今宵はここまでに致しとうございます…。

 


おわり



       云十年後の彼等の未来とやらを、明確な根拠を以って
       片っ端から否定していくのもまた楽し(笑)
       オフィシャルが、私なんぞに突っ込ませる余地を与えた
       まま一般大衆の目に曝したのが悪い(笑)←おい(汗)
       だって突っ込みたくなりますよねえ?

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