またしても…妙な会合が開かれることが決定された。

 無駄に豪華な部屋に通された少年達は、一つ溜め息をついて状況を受け入れた。
 叫んでも喚いてもどうしようも無いと分かっている以上、前に進むしか無いことは…経験上熟知している。

「…話には聞いてましたけど…」
「雑談会なら、居酒屋とかにしてくれればいいのになぁ〜」
「落ち着かないよねぇ…」

「…一応ボク達、未成年だから…ね?」

 天井に描かれたルネサンス調だかゴシック調だかよく分からない、とにかく馴染みの薄い荘厳さを、ぽけ…と見上げていた烈と太一を、最年長ということで一応ワタルが窘めた。

 別にワタルがお酒が苦手だから…という理由の反論では無かったはずだ…たぶん。

「やだなぁ、分かってますよ。ワタルさん♪」
「言ってみただけですって♪」

 にっこり笑って、好き好きに席につく。
 こういう場所に来ても、驚きはしても決して怖気付くことは無い…あくまで自然体でいられる姿は流石だろう。
 ちなみに、馴染みは無くとも免疫のあるワタルは目を奪われることすら…無い。

「とりあえずお茶でも…え〜と、紅茶・コーヒー・煎茶等々、色々あるけど何飲む?」
「あ、ボク紅茶がいいですv」
「じゃぁオレも同じで…烈君紅茶に詳しいの?」

 テーブルの横にあるトレイを覗き込んだワタルに、烈が元気良く手を上げた。
 太一は、とりあえず飲めれば何にでも煩くないタイプなので、手間がかからない方を選ぶ。

「ううん。そうでも無いんだけど、今気に入ってるマグカップがあってさ、それで紅茶を飲む機会が増えちゃってちょっとハマってるんだ♪」
「へぇ〜。じゃあさ、これが良かった〜っとかっていうの、ある?」
「ん〜、最近のでは『ウェディング』かなぁ…茶葉の中に花びらが入っていて香がすごくいいんだv」

 紅茶に花を浮かべるのはそんなに珍しいことでは無いが、青や黄色の花びらが入っているのは、見た目にも楽しいものだ。

「烈君ビンゴ♪ちょうどあるよ、それ」
「ホントですか?」
「あ、じゃぁ、オレそれ飲んでみたい!」
「それでは、烈君に淹れて頂きましょうかね♪」
「えっ」

 ワタルに手招きされて、「緊張するな〜」とかぼやきながらも手はテキパキと動き出す。
 俄か『紅茶の淹れ方講習会』になってしまった場は、先日行われた『パッキン座談会』とは雰囲気の面だけでは無く雲泥の差の開きがある…。

「…あ、ホント」
「…おいしいや…」
「でしょ?」

 一口飲んで瞳を瞬いた二人に、烈は嬉しそうに相槌を打つ。

「あ〜、じゃぁ、この紅茶によく合うね。今日のお茶菓子」

 テーブル上に所狭しと並べられているのは、前回と同じく焼き菓子を主とした比較的量を食べられる軽いもの。
 男の子の集まりということで、甘さを押さえた口当たりの良いもので揃えられている。

「そーですね♪でも、コーヒーとかとも合うんじゃないですか?」
「…ボク、コーヒーダメ…」
「あ、苦いの苦手?」

 苦虫を噛み潰したような烈の表情に、太一は小さく首を傾ける。

「…何か、身長止まりそうじゃない?」
「あ、ああ〜…成る程〜…分かる!」
「でしょ!?ボク、ブレットとは一つしか年違わないのに、何で頭二つ半分も見下ろされなきゃならないわけ!?」
「二つ半分もなのか!?」
「そう、二つ半!!…これでも控えめな表現…外人ってずるい…」

 むすっと顔を歪め、カップを両手で支えてこくん…と紅茶を飲み込む。

「ホントになぁ〜、あいつらの遺伝子ってどーなってるんだか…。ヤマトもな?1/4のくせして金髪碧眼…どんどん無駄に伸びやがる」
「1/4でもなの!?…はぁ〜、同じ人間じゃ無いよね」
「全くだ。ワタルさんは身長差気になったことって無いんですか?」

 ヒートアップする若人故の悩みを、多少苦笑気味に聞いていたワタルは、話題を降られて少し考え込んだ。

「ん〜…、ボクの場合はそうしょっちゅう会ってたわけじゃ無かったし、会えば会ったでそれ所じゃ無かったからなぁ〜。強いて言えば気づいたらボクよりずっとでかくなってたって感じだったから…気兼ねせず、荷物持ちや高い所の便利屋に使ってるけど…」
「……………」
「…何?」

 突然黙り込んだ二人を、不思議に思って見返せば、二人は互いを見やった後、ぽんっと手を打った。

「「……その手があったか」」

 はは…と笑ったワタルには、二人のそんな反応も、何となく予想出来たことだった…。
 彼等二人は、本日とても良いことを学んで帰ることになる。

「…まぁそれはともかく、お題お題…」
「あ、何かテーマがあるんですか?」
「一応目的があったんですね…」
「無意味な集まりかと思ってました」

 好き勝手言ってくれる…。
 ワタルが取り出した書類を覗き込み、その場にいる者三名共が時を止めた…。

「………………」

「…何これ…」
「何だろう…無視する?」

 嫌〜な顔をした烈と太一を、ワタルは爽やかな笑顔で切り捨てた。

「いや、是非話し合おう!」

「ええぇぇっっ!?」
「いいじゃないですか、無視すれば!」
「いやいや、折角集まったんだし、身の無い雑談を繰り返すよりは、テーマに沿って話を進めようじゃありませんかv」
「このテーマに中味があるって言うんですか!?」
「話し合っていけば、あるかもしれないじゃないか♪」
「あぁ――っ!ワタルさん面白がってますね!?そうでしょうっ!?」

「面白がってますv」

 にっこり微笑んだワタルに、太一と烈はがっくりと肩を落として降参した。
 人外と戦うこと、既に十数年のキャリア持ち…経験値で敵うはずが無い。

「で、何々?これホントなの?」
「…楽しそうに言わないで下さい…口開きませんよ」
「あ、その時は嘘偽りの無い心の方を映像付きで読ませてもらうからv」
「ずっる―――っっ!!そーいうことに使っていいんですか!?『救世主の力』って!?」
「ははは〜♪ボクは開き直ったのさ!自分の力は自分のために使う!」

 握り拳と共に力説したワタルに、二人はここしばらくずっと忘れていた『諦める』という言葉を思い出したが、状況的には『言い包められる』と言った方が正解だろう。

「…オレは、設定によって違いますから…」
「あ、太一さん逃げた!」
「いや、逃げて無いって!マジマジ!」

 烈の指摘に、太一が慌てて否定する。

「オレのトコ何か変なんだって!カップリングが一定しないし、ノーマルもあるし!常時パラレル世界が交差してるっていうか…」
「平行世界がとんでもなく側にあるんだ?」
「…で、君は『誰が好きな太一君』?」

 烈の感心したような言葉を受けて、ワタルがにっこりと促した。

「……ヤマト…です」

 真っ赤になってぼそりと呟いた太一は、目の前にいるのがワタルと烈でなければ、それこそ攫われてもおかしく無い可愛らしさだった。

「そーなんだ♪聞いてる聞いてる!ブレットがこないだ虐めた人!」
「虎王が流石に気の毒そうに…」
「…気の毒そうに…なんですか?」
「笑ってたv」

 本人のいない所でも、話のネタにされて扱き下ろされているとは…確かに気の毒だ。

「…いいんです。あいつはそういう役回りですから…」

 太一まで認めてしまっては、彼の今後は…明るく無いかもしれない。

「…その点いいよね、烈君は」
「え?なんで?」

 矛先を向けられて、烈がぎくりと引き攣った。

「相手…たった一人に限定されてるんでしょ?」
「それは、そうだけど…」
「オンリーワンって奴だねv」
「いや、だから…」
「で、本題…」

「初体験、小学生の時ってホント?」

「戻んないで下さい!それにっ!」

 烈が立ち上がって抗議するが、ワタルも太一も何処吹く風…瞳が悪戯っぽく輝いている。

「まぁまあ、それがテーマなんだから♪」
「だから、無視しましょうよぉ〜っ」
「与えられた仕事はこなさなくちゃ、気持ち悪いでしょ?」
「責任感に訴えますか!?」
「羞恥心に訴えてもいいよv」

 それは明らかに『心読ませてくれる?』という裏の意味を含んでいた。
 一つ言えば十程度は理解出来てしまう、リーダー気質の回転の速い自分の頭が恨めしい…。

「…騙されたんですよ、ボクは…」
「ブレット君に?」
「じゃなくて、豪に…」

 不貞腐れてるだけで無く頬が染まっているように見えるのは、気のせいじゃ無い。

「え〜と、豪君っていうと…弟さんだっけ?」
「そうです…てっきり、あいつがさっさとレイ君とくっついてると思ったから…」
「焦ったの?その年で焦る必要は無いと…」
「じゃなくて!」
「あ、自暴自棄になって?」
「自暴自棄?」

 ワタルの科白に反応したのは、身を乗り出していた太一。

「ほらここ…烈君の紹介欄『少々ブラコン気味』って…」
「へぇ〜でも、うちも似たようなもんだけど…」
「違います―――っっ!!」

 どこからか資料らしき物を取り出して覗いている二人に、烈の堪忍袋が爆発する。
 そんな彼に、ワタルと太一はにやりと笑ってこっそりと…。

「じゃぁ、ちゃんと合意の上だったんだ?」
「ブレット君は優しかった?」
「優しかったです…じゃなくて!」

 つい答えてしまった烈に、二人は揃って爆笑する。
 恋する姿は可愛いもので、ついついからかいたくなってしまうのも、人の常。

「ああ〜もう。勘弁して下さいぉ〜…」
「分かった分かった。もう聞かない。烈君、お茶をもう一杯どーだね?」
「…頂きます」
「ほら、お菓子もまだたくさんあるよ?」
「あ〜……」

 力無く頭を抱え込んでいた烈が、お菓子の山を見て、ふと動きを止めた。

「烈君?どうかした?」
「あの…これって、ワタルさんの手土産なんですよね?」
「ああ、うん。うちのお抱えシェフの自信作v…よかったら、残り二人で分けて持って帰っていいよ?」
「いいんですか?」
「うん。うちはいつでも新作作ってくれるから♪」

 ワタルの言葉に、烈は嬉しそうに頷いた。

「太一さん、分けちゃいましょう!」
「オレもいいの?」
「もちろん!こんなに持って帰れませんよ!どれ持って来ます?」
「あ、烈君選んでいいよ。オレんトコのは好き嫌いないから」
「うちのもそんな無いですよ〜っていうか、こんな豪華なお菓子にケチつけたら殴ります!」
「うわ、きっついな〜♪」

 楽しそうに分け始めた二人に、ワタルは扉を開けて外に控えていた人にお菓子を入れる袋を持って来て貰える様頼んだ。
 『これが美味しかった』とか『これが気に入った』等と喋りながら分けていく様は本当に楽しそうで、塔に戻ったらリーフに大絶賛されていたことを教えてあげようと思い、ワタルはひっそりと微笑を浮かべた。
 テーブルに戻ると、あらかた分配は終わったようで、二人は息をついて席に体をうずめていた。
 相当量のあるこれを分けるのは一仕事だったろうし、これを袋に詰めるのはまた一苦労だろう。

「お疲れ様。お互いの恋人にお土産?」

 その様子を微笑ましく思いながら声をかけると、二人は一瞬きょとんとして…次いでバツの悪そうな笑顔を浮かべる。

「「…いえ」」

 異口同音の科白に続き…。

「豪が喜ぶかな〜と…」
「アグモンこういうの好きだから…」

「………」

 ちょっと予想していなかった返答に、ワタルは言葉を詰まらせた後、堪らず吹き出した。

「な…なんか、二人共…か、彼等のこと、忘れてたでしょう!?」
「あはは〜そんなことは…ねぇ?」
「どうだろろう〜?」

 誤魔化しているのか、肯定しているのか…そんな対応がまたワタルの笑いを誘う。
 こんな風に馬鹿笑いしたのも、久しぶりで気持ちがいい。

「あ〜笑った!苦しゅうない。褒美にそれを遣わそうv」
「「ありがたく頂戴致します♪」」

 そう言って、また三人で笑う。
 彼等の間には、どこか不思議な…虚勢を取り除く空気がある。無理せず自分でいられる…そんな時間が持てたことが、奇跡のように嬉しく感じた。
 そこに、控えめな扉をノックする音。

「さっき袋を持って来て貰うよう頼んだんだ。待ってて」
「あ、すみません〜」

 ワタルが扉に向かいながら返事をする。
 すると、ドアが開いた瞬間、勢い良く飛び込んで来た物体がワタルにぶつかった。
 思わず抱き止めてしまったワタルは、それを見て目を丸くする。

「……わぁ〜vオレンジ色の恐竜だ〜vv初めて見た〜♪」
「あ、あれ?太一はぁ〜??」
「アグモン!?」

 続いて賑やかに入って来たのは、青い髪の少年。

「何何何何??何あれっ!?烈兄貴こんなトコにいんの!?」
「えっ!?豪!?」

 突然の乱入者の出現に驚いていた面々は、その顔があまりにも見覚えのある者だったことに二重の驚きを隠せない。

「君は太一君の友達?」
「うん、そう。太一のパートナー♪」
「ワタルさん、すみません!」
「ううん、全然平気♪良かったね、太一君に会えて」
「うん!」

 元気良く頷いたアグモンを太一にバトンタッチして手渡す。
 扉の外に目をやると、ほっとしたような表情の初老の紳士が深々と頭を下げた。

「こちらのお連れ様だと思い、勝手ではございますがご案内して参りました。それと、こちらがご要望の品でございます」
「ありがとうございます。え〜と、もしかしたら、後一人迷子がいませんでした?」

 袋を受け取ったワタルの言葉に、紳士は心得た様に頷いて少し体をずらした。

「こちらの方…でございますね?」

 その後ろから、ひょこんと愛らしい顔を見せたのは自分の弟分。

「鴉呼」
「…兄様。お邪魔じゃ無いですか?」
「全然。もうそろそろお開きかなって時だったから、調度良かったよv」

 ワタルの言葉に鴉呼は嬉しそうに微笑み、てててっと足元に駆け寄ると、軽々と抱き上げてもらった。

「うわ――っ!うわ――っ!!何これ烈兄貴!?オレも食べた――いっっ!!」
「うるさいなぁ!ちゃんとお前の分もあるから、意地汚い真似すんな!」
「いーじゃんか、ちょっと位〜〜っっ!」
「ダメだ!あんま恥さらすな馬鹿!」

 兄の一喝に不満があっても逆らうことは出来ない。
 しゅん…と項垂れる姿は哀れを誘う。

「太一〜!ぼくも食べたい〜っ!」
「ああ、分かってるって。後でな?」
「後でぇ〜?」
「あーとーで!」

 既に帰らせる気満々だろう彼等の連れのために、一刻も早くこの袋を渡した方が良さそうだ。

「太一君、烈君。はい袋。早く詰めて帰ったげなね?」

 くすくすと笑うワタルに、今にもよだれを垂らさんばかりの弟とパートナーを無視して礼を言う。
 少し恥ずかしいが、ワタルなら気にしないだろうと何となく分かるので、とりあえず黙らせる程度のお菓子を連れの口に詰め込んで作業を始めた。
 突然お菓子を口に入れられたというのに、その暴挙を受けた本人達は幸せそうにしている。

「それじゃぁ、今日はこれでお開きということで」
「「はい、お疲れ様でした♪」」

「ボク先に帰らしてもらうね〜v」

 頭を下げた二人に、ワタルはにっこりと微笑んで手を振った。
 そんな彼を見送って、急かすパートナーを押さえつけながらふと…。

「あ、ワタルさん!最後に一ついいですか?」
「ん〜?何〜?」

 鴉呼を抱いたまま、それでも体重が無いかのように振り返る様は優雅で…一瞬見とれた。

「あ、えっと。ワタルさん…ホントに心が読めるんですか?」

 その言葉に浮かんだ笑顔は、人々を救い、支えて来た『救世主』の笑顔…。

「そんなわけ無いじゃん♪」

 そんな顔で言う言葉では…無い。

「じゃあね〜ん♪」

 去って行く後姿を呆然と見送り、太一と烈は、ちょっとだけ苦い笑みを浮かべて顔を見合わせた。

 

 『年の功』…そんな言葉が脳裏に浮かんだが、口に出すことだけは…無かった。

 




おわり


       何だかね。
       何々だかネ…(苦笑)
       やっぱり、よく分からないコンセプトの元始まった話は、
       よく分からない結末を迎えてしまいました(笑)
       次があるかどーかは分かりませんが、もし次があったら
       …また読んでやって下さいませ(笑)

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