少し遅れて戻って来たタケルは、何故かどこかすっきりしたような顔をしていた。 そう感じたのは伊織だけでは無かったらしく、隣にいたヤマトがほっと息をつき、にっと笑った太一に安心したような、感謝するような笑みを返すのが見えた。 それがどういう意味なのかまでは分からなかったが、タケルの雰囲気の変化によるものだというのは、直感で分かった。 そして何より伊織が驚いたのは、デジタルワールドで別れたはずの一乗寺賢が、太一達と共にゲートをくぐってこちら側に来たことだった。 「あっれ〜?一乗寺どーしたんだ?」 こういう時、思ったことをすぐ口に出来るのは得だと思う。 伊織を含め、その場の全員の疑問を代弁した形になった大輔に、賢は戸惑うような視線を太一に向ける。 それを受け、悪戯っぽく片目を閉じた太一が、賢とタケルの肩をがしっと抱き寄せた。 「実はさ、今日こいつ等オレん家泊まりに来ることになったんだ♪」 「ええっ!?なんでですか!?」 「オレが誘ったからv」 驚愕の表情で詰め寄った大輔に、太一はにっこり微笑んだ。 他の者達も驚いている中、一瞬かぱっと口を開けた大輔が即効で復活して爆発した。 「ずるいっス!」 「何が?」 「タケルと一乗寺だけっ!オレも行きたいっス!」 「いいぜ?大輔も来いよ」 「え…?」 さらっとOKが出されてしまいきょとんとした大輔に、太一の悪戯心が疼き出す。 「…ただし、一つ条件がある」 「あ、はいっ!何ですか!?」 「ヒカリの風呂は覗くなよ?」 「……………」 今度こそ時を止めてしまった大輔に、タケルが威勢良く吹き出した。 それにはっとした大輔が顔を真っ赤にして回りを伺うと、他の仲間達やデジモン、賢すらも肩を震わせて笑っていた。 「しっ、しっ、しないっスよっ!そんなことっっ!!」 「やだぁ、大輔君♪お兄ちゃん、守ってねv」 「ヒカリちゃんっっ」 「冗談だって、大輔」 「太一先輩〜…」 情けない声でがっくりと項垂れた後輩に、太一は笑いを必死に堪えながら頭を撫でてやった。 「はいはあい!井ノ上京、大輔の見張りに立候補しまーす♪」 「京、てめえっ!お前も行きたいだけだろっ!?」 「バレた?ね、いいですよね、太一さん!?私も行っても!」 「いいよ。な、ヒカリ?」 「うん♪京さん、ちょっと狭いけど一緒に寝ましょ?」 「うんっ♪やったわね、ポロモン♪美女に囲まれてハーレムよv」 「…京しゃん…」 そのやりとりにまた笑いがおこる。 だが、一人複雑な表情をしていた伊織と、太一の視線がふいに交わる…すると、弾かれたように伊織は目を反らしてしまい、その自分がとった行動にこそ戸惑って顔を上げられない彼に苦笑する。 その一連の所作を見ていただろう光子郎と丈を見ると、彼等は苦笑して頷いた。 今回は、自分よりも適役がいる。 太一は笑って頷き返し、ここ最近付き纏っていた影が消え、楽しそうに笑っている弟をほっとしたように見ているヤマトに声をかけた。 「ヤマト、お前は?」 「オレは一度家に帰るよ。洗濯物干しっ放しだし、明日バンドの練習があるから用意もしたいし」 「分かった。急いで来いよ?オレとヒカリじゃ、この人数分の飯作んのは流石に骨だ」 「了解。一時間で行く」 「おう。オレ等も買い物して帰るから、それ位がちょうどいいだろ」 お前等荷物持ち手伝えよ〜と太一が言うと、良い子の返事が返って来る。 「じゃあ、遅いから伊織君は僕等が家まで送るよ」 「えっ、あの…」 「ああ、頼むぜ。じゃあな〜」 「はい。大輔君達、あまり夜更かししちゃダメですよ?」 光子郎の注意に、またしても良い子の返事が返る。 「伊織君、またね!」 「あ、はい…皆さんもお気をつけて」 ぎこちなく返した伊織に、タケルは笑って手を振った。 スーパーに向かう彼等を見送り、腕の中のウパモンが不思議そうに見上げても動かない伊織を、丈がやんわりと促した。 「…伊織君、僕等も帰ろうか」 「え?…あ、はい。すみません」 はっとして顔を上げた伊織に笑いかけ、彼を真ん中に、丈と光子郎がその両端を歩く。 「…あの、僕一人で帰れます。丈さんも光子郎さんも帰り道違いますよね…?別に送って頂かなくても…」 「いいんですよ、伊織君。僕等は自分のしたいようにしているだけですから」 「したい…ように…?」 「そう。僕等は伊織君を一人で帰したくなかったんだ。これはいわば、『自己満足』の領域かな♪」 微笑む光子郎と、ぺろりと舌を出す丈を交互に見、伊織はまた、何も言えずに俯いた。 それを見て、丈と光子郎はそっと目を合わす。 「…少し、話をして行こうか?」 「え?」 「僕等だけでいるのも珍しいですし、折角ですから」 ね?と微笑まれ、伊織はこくん、と頷いた。 頭の隅に、もうすぐ夕ご飯の時間だという考えがよぎったが、今はそれよりも彼等の言葉に心が惹かれた。 海岸沿いにあるちょっとした広場のベンチに、三人並んで腰掛けた。 少し冷えるかな、と言って丈が近くの自販機で買って来てくれた、ホットカフォオレの缶が温かい。 「日が短くなったよね〜、夕方になると冷え込むよ」 「そうですね。秋ももう終わりですか…」 「冬になると本格的な受験シーズンだよ…あ〜あ、気が重いな〜」 「志望校の合格ラインには余裕で達しているんでしょう?また何かが無い限り、丈さんなら大丈夫ですよ」 「その何かがありそうだから怖いんだよ。中学受験の当日なんか、ディアボロモンのせいで乗るはずだった電車が目の前を通過しちゃって、受験会場につくのすら大変だったんだよ?今年は色々事件が起きてるし…何事も無く受験出来るかどーかの方が問題だ」 「それは…そうかもしれませんね」 重々しい溜め息をつく丈を光子郎はくすくすと笑う。 街灯がぽつぽつと灯り、暗くなりかけていた辺りを柔らかい無機質な光が照らし出す。 黙って二人の会話を聞いていた伊織に、丈は優しい笑みを向けた。 「…伊織君も行きたかった?」 「え?」 「太一の家」 「………分かりません」 「…そうか」 俯いてぽつりと言った伊織を、膝の上のウパモンがくりっとした円らな瞳で見上げる。 「…イオリぃ、どっか沈んどーがや。何かあったんかぁ?」 「え?…そんな、別に…」 「…オレ等には言えんことかあ?」 「ウパモン…」 一途に自分を心配する瞳に言葉が詰まる。 心配させたいわけでは無い…ただ本当に分からなかった。 くすりと笑う気配に顔を上げると、仕方が無いなあとでもいう様な丈の瞳にぶつかった。 「…あの?」 「ああ、ごめん。君達は大変だなぁと思って」 「大変…?」 不思議そうに返した伊織に、丈と光子郎は小さく笑って肩を竦める。 「そう。君達は僕達の話を聞いて、僕等の旅にすごく大変な印象を持ってるだろう?」 違う?という丈に黙って頷く。 「だけど、ある意味では君達の方が何倍も大変な戦いをしているんだよ?君達は、それを自覚しなくちゃいけない」 「え…?」 「僕達の戦いが楽なものだったとは、決して言えません。だけど…少なくとも僕達は、ずっと一つのことに集中していられましたから」 困惑する伊織に笑いかけ、光子郎の目にどうぞと促されて丈が話し出す。 「ずっと一つのことだけをやっていられる状況…気を紛らわすことも、気を抜くことも出来ない世界がいいことなのか悪いことなのか…それは僕等にも分からない。だけど、あの時僕等は、それに真っ直ぐ向き合うことだけは出来た。…まあ、向き合わざるを得なかったとも言うけれどね」 「………」 「学校も家族もいない世界は、生か死かを僕等に突きつけた。その結果与えられた選択肢は二つ。戦うか、戦わないかだけだった」 「…戦うことを選んだんですよね?」 「いいや、選ばなかった」 「え?」 瞳を瞬かせる伊織に、少し辛そうに丈が笑う。 「僕は選べなかった。戦うことを選んだのは太一だけ…ミミちゃんが戦わないことを決めて、ヤマトは分からないと離れて行った。…僕も分からなかった。理性では戦うべきだと答えは出ていたけれど、感情が納得していなかった。何故戦わなくてはならないのかの答えは出ている。分からなかったのは…どう戦えばいいのかということ」 「…どう、戦えばいいのか…」 「そう。戦闘能力で劣る僕等が、どう戦かえばいいのか、戦えるのか…その答えが出ていなかった。だから僕は戦うことを選べず、ミミちゃんについて行くことにした。彼女一人じゃ心配だったしね。…そして、ヤマトは自分の答えを出すために一人離れ、太一を信じる者は彼について行った」 太一について行った者…光子郎を見ると、彼は頷き、少し遠くを見るような目つきになる。 「僕は太一さんの役に立ちたかったんです。彼を助け、認められ…頼りにされたかった。そうして少しでも、彼の重荷を取り除きたかった…。それが、僕の選んだ戦い方でした」 「誰かのために、自分のために…戦い方は人それぞれだよね。そして、その答えを見つける時間だってそれぞれ違う。時間をかけて、ミミちゃんは仲間を集めるという戦いを選んだ。だけど、彼女が答えを出しても、僕の答えはまだだったからそこで別れた。僕は僕の、僕だけの答えを出さなくちゃならなかったから…そして、僕の答え、戦い方を見つけた。ヤマトも彼だけの答えを見つけて駆けつけた…そこでやっと、僕等は皆と戦うことを選べたんだ」 一人一人が自分で選び、見つけた答え。 「僕等には『庇護されるべき子供』という盾が無かった代わりに、自由な時間と非日常があった」 「…非、日常…」 「そうです。朝起きてご飯を食べて学校へ行く。友達と他愛もない話をして、授業を受けて下校。塾・習い事・寄り道・遊び、その後帰宅して家族と会う。夕食・宿題・入浴…そして就寝。…その全ての束縛が僕等にはありませんでした。その全てが無い代わりに、どうしたいのか、何が出来るのか、どう戦うのかを考える時間がありました」 時が…ゆっくりと刻んでいるような、不思議な感覚。 言葉の一つ一つが、耳から心へゆっくりと、だが確実に落ち着いて行くような…。 「君達には日常という枷がある。いつだって現実の中で生きてなきゃならない。食事も寝る所も不自由しない代わりに、自分と向き合う時間が無い」 「だから混乱してしまうんです。動き出す周りが目に入って、どうするのか決められない自分に戸惑う…でもそれは仕方が無いことなんです。だって君は、考える時間すら自由に取れていないのですから」 目を見開く…交互に見つめた彼等の瞳は、何処までも穏やかで真摯な光を宿している。 「…考えがまとまらなくて、分からなくて当然なんだ。いいんだよ…君がどうしたいのか分からないことを、苦に思う必要は無いんだ」 「周りに合わさなくてはと、焦る必要もありません」 涙が…溢れた。 「それで、いいんだよ。伊織君」 肩にぽんと乗せられた掌は大きく、染み入るように温かかった。 …少し、怖かった…先に進んで行く仲間達が。 自分はまだ、心の整理も考えもまとまってもいないのに、どんどんと進んで行ってしまう彼等。 追いつかなくては、合わせなくてはと、いつの間にか、知らぬ間に焦っていた自分。 「…僕は…このままでも、いいんでしょうか…?」 「もちろんだよ。と言うか、伊織君は伊織君のままでいなくちゃダメだ」 「僕の…ままで…」 「そう、君のままで。例え、最終的に出す答えが同じなのだとしても、僕達にはそれを導き出す過程が必要だった。誰もが太一のように最短距離で答えに辿り着けるわけじゃない。迷ってる時間や考えている時間が、端から見たら無駄のように思えても、それは自分自身にとっては決して無駄なものなんかじゃないんだ。とても大切で…絶対に必要なものなんだ。自分の足で立つために」 止まらない涙を一度袖で拭き、少し不安そうな瞳を伊織が上げる。 「…太一さんは…一番早く答えを見つけた太一さんは…無駄だって怒りませんでしたか…?」 「太一は…太一はねぇ…」 その時風が吹き、丈の前髪を優しく舞い上げる。 そこに現れた…メガネの奥の深い輝き…。 嬉しそうな、泣きそうな…何とも言えない、深い色。 「…ただ、待っていてくれた」 「………」 「ただ…信じて待っていてくれた。僕等が必ず彼と同じ答えを出すことを知っていて、それを信じて…待っていてくれた」 自分が傷だらけでも…文句も言わずに…。 「僕は怒りましたよ!」 「光子郎さん?」 少し驚いた瞳をする伊織に、光子郎はくすりと笑って声を和らげる。 「太一さんは自分にも人にも厳しいんです。絶対同じ答えを出すって知ってて、それでも自分で考えてそれを出せって突き放すんです。そうして、答えを出してる僕等には、『お前等が出せたんだから、あいつらだって必ず出す。それを信じて待て』って…『オレを信じれたんだから、あいつらのことだって信じろ』って…自分がボロボロなのに、何悠長なこと言ってるんだって思いましたよ!」 「太一、そんなこと言ってたのかい?」 「言ってませんよ!だけど、要約するとそういうことなんだろうってことです。僕にしてみれば、最終戦が始まってるのに何を皆ぐずぐず答えを引き伸ばしてるんだ、答えなんかちゃんと目を開ければそこにあるのに、その間に太一さんが死んじゃったらどうしてくれるんだって、それはイライラしていましたよ」 「あはは、そうだね…あの時、光子郎とヒカリちゃんが一番太一の近くにいたから…」 「ええ。太一さんは戦わせてくれないし、丈さん達は来ないし、空さん達も帰って来ない。ヒカリさんは太一さんの言葉が絶対だから、必死に言いつけを守って耐えてる…僕が暴走するわけにもいかなくて、ホント、あの時は恨みましたよ」 軽く睨みつける光子郎に、丈も苦笑しつつごめんと謝る。 光子郎の語った内容は、その意味を理解すればするほど…血の気が引くほど重い気がするのに、そんな事態を招いた一因であるはずの丈との間には、何の確執も見当たらない。 それどころか、思い出話として笑って話せる内容にしてしまっている…彼が死ぬかもしれなかったのに…? そんな思いが顔に出たのだろう…二人は顔を合わせ、ますます苦笑を深くした。 「言ったでしょう?伊織君。急ぐ必要は無いんですよ」 「で、でも…っ」 「いや、今誤解させちゃったみたいだけど、光子郎も『迷った時間が無駄だ』と言ってるんじゃないんだよ?」 「だ、だけど…」 「すみません、伊織君。でも本当にそうなんです。確かにあの瞬間は苛立ち、丈さん達を恨みました。けれど、あの方法が良いか悪いかは別として、やはり太一さんは正しかったんです」 見上げてくる瞳に、穏やかに笑いかける。 「もし、ほんの少しでも彼等を焦らすようなことがあれば、答えが中途半端なまま戦場に駆り出していたら…あの勝利はきっと無かった」 「え…?」 「この胸に…何の迷いも無く、紋章を蘇らすことは出来なかったでしょう」 自分の体がデータとして分解されていく恐怖に、耐えられはしなかった。 「結果良ければ全て良し…極端な例ですが、正にあれはそうでした。最後の戦いに仲間達は間に合い、自分の出した答えを武器に己の足で立ち、そして勝利した。勝利することが出来た。だから僕は、迷う時間が間違いだと否定出来ませんし、それが無駄だとは言えません。…ただ、今になって漸く、多少の恨み言位なら言っても許されるだろうと口にしたまでです」 「そういうことだね」 言った方も聞いた方も、今だから言えるし聞けることだと、理解し合っていて出た言葉なのだと…。 やはりすごい…と思う。 自分がいつか、彼等のようになれるか等とはとても思えない。 それでも、なりたい…と思う。 辛いことも、悲しいことも、苦しいことも全て…笑って話せるような『仲間』に…。 「大丈夫だよ、誰も君を急かしたりしないから。伊織君はゆっくり考えて、自分なりの答えを出せばいい」 「まあ…僕等にはもう君が出す答えの予想はついていますが、ぶっちゃけて言えば、その予想通りの答えを出す義務も君には無いんです」 「え!?」 驚く伊織に、彼のデジメンタルの紋章を持つ者達は、悪戯が成功した子供のような顔をする。 彼等が予想…というか、望むだろう答えは伊織にも想像がつく。 たぶん、間違いなく、それが皆が自分に期待しているもの…それを出さなくてもいいと言う彼等。 思わず涙も引っ込んだ伊織に、二人は更に楽し気に笑う。 「一乗寺君が許せないなら許せないままでいればいいし、嫌いなら嫌いなままでも構わないんです。気が合わなくたって『仲間』にはなれます。ちょっと穿った言い方をするなら『彼の力を利用してやれ』位の思いでもいいんです」 「………」 実名まで出してのはっきりした物言いに、二の句が告げれずぽかんと口を開ける。 「…そんな自分が嫌じゃないならね」 「っ!」 敏感に反応した伊織に、肩の力を抜けとでも言うように、ぽんぽんっと叩かれた。 「嫌いな人は何もしなくても嫌いだし、どうでもいい人は何をしていたって気にならない。だけど、『嫌おうと努力する』のは結構大変なんだ。一生懸命嫌な所を探して、あれも嫌だ、これも嫌だって箇条書きして何度も自分に言い聞かせないと嫌い続けるなんて出来ない。それには果てしの無い情熱と労力がいる…それこそ、好きになるより大変なね…」 「…そういう方が、どなたかおられたのですか?」 その言葉に、丈と光子郎はまた目を合わせてくすりと笑った。 「…実は太一」 「同じくです」 今度こそ本当に驚いた伊織に、楽しそうに…本当に楽しそうに二人は笑う。 「なんて無神経なんだ。大雑把にもほどがある。人の言うこと聞かないし、どうして年下なのに呼び捨てなんだ!?」 「どうして僕に構うんだろう。強引だし、勝手だし、人の都合はお構い無しで」 「………」 「なんで右がいいって言うんだ?僕は左だと思うのに」 「体を動かすなんて好きじゃない。チームプレイなんて冗談じゃない」 「目玉焼きに塩以外の物をつけるなんて信じられない」 「パソコンの立ち上げ方も知らないなんて、僕より年上なのに」 「それは僕がやろうとしてたんだ。なんで先にやっちゃうんだ」 「お母さんに突然友達だって言うなんて…そんなの承知した覚えは無い」 次々と上げられる不満に、伊織はどうしていいのか分からない。 だが、二人は言葉の内容とは裏腹に、本当に楽しそうにしている。 そして…指折り数えていた掌をゆっくりと開いて投げ出した。 「…もう、何も出て来なかった」 「心で否定してるのに、顔が笑っている自分がいました」 「お手上げ、降参!嫌う理由が出て来ない」 「しかめっ面は、もう限界で…」 「…本当は、彼が好きだった」 「無駄に足掻いてしまうほどに…ね」 呆けたように黙ったままの伊織に笑う。 「年下だけど、包容力があって…生意気だけど、おおらかで…初めて彼が、僕を名前で呼んだんだ。気づくと皆が、僕を名前で呼んでいた。クラスの友人達は、名字でしか呼ばない」 「年上なのに、威張らなくて…年下の僕に平気で分からないことを聞いてくる。そして頓着無く『お前すごいな〜』って言うんです」 「友達で…仲間でいたかった」 「そうなれる自分になりたかった」 そう締め括った彼等は、どこか照れ臭気で…でも何故か、誇らし気にさえ見えた。 「気づいてしまえば、簡単なことでした」 「難しくしていたのは、他でもない自分自身。しっかり目さえ開けていれば、本当の姿が見えて来る…自分自身も含めてね」 「……もし」 「ん?」 言いよどむ彼に、やんわりと先を促す。すると、意を決したように言葉を紡いだ。 「…もし、もし僕が、皆さんの予想を裏切る答えを出したら…どうしますか?」 「どうもしないよ?それに、裏切るっていうのはちょっと違うな」 「え…?」 「例え、伊織君が違う答えを出したとしても、それは僕等の予想が外れただけで、君は裏切ったわけじゃありません。それは、僕等が伊織君のことをよく知りもしないで決め付けていたという結果で、君が責任を感じる必要は全くありません。僕等自身のせいですから」 さらりと返されたその言葉に、少なからず衝撃を受けた。 本当に…誰のせいにもしないのだと…。 全て自分で決め、誰に属すること無く己で責任を持つ。 言葉で言うほど簡単では無い、心の強さ。 …それが、パートナーデジモンを完全体にまで進化させれる所以なのだと理解出来た。 「じゃあ、そろそろ帰ろうか」 「遅くなりましたし、お家まで送りますよ。ご家族の方にもご挨拶した方がよいでしょう」 「ああ、そうだね」 「そんなっ、いいですよ!」 慌てて辞退した伊織に、二人は笑って取り合わない。 「僕等がそうしたいんだから、遠慮しないでくれたまえ♪」 「全速力で逃げる…と言うなら、話は別ですがね」 その言い様に思わず眼を見張り、次いで笑って了承した。 お願いしますと丁寧に頭を下げ、膝の上のウパモンを落としそうになってしまった。 それについて怒ったウパモンを何とか取り成し、既に暗くなった道を並んで歩く。 連絡もしないで遅くなってしまったことに多少の罪悪感はあるが、心は嘘のように晴れていた。 今は何となく分かる。 タケルも向こうで、太一と話していたのだろう…そして迷いが晴れて、彼と共に戻って来た。 自分はまだ、はっきりとした答えが出ていない…そんな迷いの心が、自分達のパートナーのジョグレス進化を妨げていたのだろう…ならば、願いが適うのには、もう少し時間がかかるかもしれない。 帰り際の太一の顔が、ふと脳裏に浮かぶ。 他の仲間達が彼の家に泊まりに行くと言っていた。 自分から名乗り出た大輔と京とは対象に、慌てて眼を反らしてしまった自分…それに対して、彼は何も言っては来なかった。 『ただ…待っていてくれた』 そういうことなのかな…と思う。 無理矢理に輪に入れたりせず、丈や光子郎と同じように、既に予想のついている答えを自分で出せと、待っていてくれるのだと…。 優しいようで、厳しい彼。 それは、どれだけ時間がかかっても、自分も自分で答えが出せると信じてくれているからだろうか…そう思うと心が温かい。 皆の後姿を見送って、置いて行かれたようで何故か悲しかった。 少しだけ寂しかった…だから、急がなくてはと思った。 けれど、それは必要ないと言ってくれる人がいる。 そうして側にいてくれる人がいる。 いてくれなくても…言葉では無い心を届けてくれた人がいた。 一人じゃない。 置いて行かれたのでも無い。 待っていてくれる…自分が前を見ている限り。 考えよう…と思った。 自分がしたいこと、思っていること、考えたいこと…そうすれば、必ず答えが見つかると、彼等が教えてくれたから。 時が経ち…一つの迷いが晴れた時、新たな進化が訪れた。 手を取り合って喜んで、自分がもう、答えを掴める所まで来ている事を実感した。 そして現れたチンロンモンに、自分達が選ばれた訳を教えられる。 一つ一つ解けて行く謎と、少しずつ溶けて行く頑なだった己の心…見つけた…と思った自分の答え。 それは劇的では無く、意外と自然に訪れて…分かった時には少し笑えた。 ほとんどのダークタワーを倒したその日、いつも遠慮がちに距離をとっていた彼が、自分から一歩を踏み出して来た。 それに少しだけ驚いた。 そして、ちょっとだけ先を越されたかな…と苦笑する。 驚いている間に出遅れた自分の所に、彼がゆっくりと近づいてくる。 不安そうに揺れる瞳…そうさせているのは、この自分。 『そんな自分が、嫌じゃないなら…』 大丈夫、答えは見つけた。 「…その、…来て、くれるかな…?」 おずおずと差し出された、クリスマスパーティーの招待状。 それを迷わずに受け取った。 「是非、行かせていただきます」 笑って言った自分に、彼がほっとしたように…嬉しそうに微笑んだ。 それを見た自分も、嬉しいと感じていることが分かる。 …そう感じられたことに、自分の答えが間違っていなかったことを確信出来た。 |
おわり |
………長っ…(汗)
伊織の心の整理が、こんだけ長くなるとは思いませんでした(苦笑)
よっっぽどあの反応が腑に落ちなかったんだなあ…私(笑)
タケルに続き、伊織の謎をとりあえず解き明かしましたので(苦笑)、
これで次には本編に戻れるでしょう…(汗)
せっかくアドバイザーな先輩がいるんだから、この位フォローして
欲しかったな〜…というお話でしたv(笑)