その日、武之内空は暗雲を背負って登校し、その日一日教師陣の誰一人として彼女を当てることの出来ない雰囲気を隠す事無く放出していた。









「…どうしたんでしょう…空さん…」
「不気味だよな〜…今日はヤマトも休みだし」

 なんでオレ達だけこんな空気の真っ只中にいなきゃいけないんだ…と盛大なため息と共に太一が吐き出しのは、放課後の生徒会室。
 他の役員達は所要があるとさっさと逃げてしまっていた。
 教室に一歩入ってすぐさま『用事を思い出しました!』と回れ右したのは序の口、教室にどうしても入れず、そのまま早退しますとか細い声を残して帰っていった者もいる。
 彼等と過ごす時間が増えるにつれ、感受性と危機管理能力が格段にアップされていたらしい…。

 ちなみに、太一と空のクラスメイトに至っては、本日保健室の世話になった者の数で記録的数字を出した。

 そんなはた迷惑な状態を放っておくわけにも行かず同席している太一と光子郎の二人だったが、この重たい空気には愚痴の一つもつきたくなる。
 そして、その何気無く零した言葉に、空の闇が三割ほど濃くなったのを二人は、背中越しにはっきりと感じた。



 ……ヤバ…っ、ヤマト絡みだ。ヤマト絡みだったんだ…っ!
 今日ヤマトさんお休みなんですよね!?そのヤマトさんが一体何を今日しでかしたっていうんです!?
 そーだよ!休みだから奴は関係ねぇと思ってたのにっ!
 昨日ですか!?昨日の放課後以降ですか!?
 いや!昨日の夜空に電話した時までは普通だった!あったとしたらそれ以降だ!
 ヤマトさーんっっ!



「…なあに、こそこそ話してるのぉ…?」

「!?っひぃ…っ!?」
「そっ空…っ!?」
「うふふふふ。そんなに怖がらなくてもいいじゃな〜い。傷ついちゃうわぁ〜」

 突然背中越しに迫ってきた気配と共にかけられた体感零度の声音。
 雪の日の朝の空気がこんな感じだよな…と思わずあっちの世界に逃避しかける。
 互いに手を取り合いながら、全然笑っていない目のままにっこり微笑んだ空に、スカイグレイモンと相対する位の覚悟で挑む。


 今背を向けたら、命は無い。


「す、すまん空。全く全然これっぽっちも空が気にかけるような話はしていないから気にするなっ!」
「そうです空さん!ハムスターの頬袋にはひまわりの種が30個本当に入るのか、31個は無理なのかって位くだらない話ですからっ!」
「そうそう!日米野球のスタンド席の客数を日本野鳥の会に数えさせようって位無意味な!」
「あらそう…」

 すぅ…と怒気の引っ込んだ様子にほっとはするが、今誤魔化したとてこのままずるずる帰宅時間が延びるだけ…意を決して真実を追究するか、この状況を甘んじて受け入れるか…。
 道は二つに一つしか無い。

 ごくり、と喉がなる。
 こんなに緊張したのは何時以来か…目を閉じ、息を吐き、顔を上げて互いに目をやると、自分と同じ、決意した瞳にぶつかった。
 そして同時に苦笑する…やっぱり、逃げるのは趣味じゃないから…。

 二人してそっと空の近くに腰を下ろし、出来るだけ穏やかな声音を意識して問いかける。

「…空?何かあったんならさ、話してみないか…?」
「………」
「僕等で力になれることなら、協力は惜しみませんから」

 真摯な二人の言葉に、表情は未だムスっとしたままだったが、空の周りから刺々しさが消えた。
 そのことにほっとしつつ、急かさないようじっと空が話すのを待った。

「……今朝、ヤマトの家に行ったのよ」
「今朝?」
「ええ。…ヤマトに貸してたCD、部の子に貸す約束してて、朝練の時に渡したかったから…そしたら…」
「そしたら?」
「………っ」

 言葉を止めた空を訝しんでいると、突然きっと鋭い眼を向けられる。

「私はね、ヤマトや太一が料理上手だろが洗濯上手だろうが、掃除上手だろうが、別にいいのよ!煮物の酒と醤油とみりんの割合をさらっと言えようが、そこらの主婦よりアイロンがけ上手でも、効率いい掃除の仕方してたって!むしろすごいって思うし、感心するし、見習わなきゃって思うわ!でもねぇ!」

 声を荒げる空に引け腰になりつつも視線だけは逸らさずにいれば、更に彼女の目が据わる。

「…ねぇ、ヤマトが今、何に凝ってるか知ってる?」
「え?今?…えーと、ちょっと前まではいかに料理で出る生ゴミを減らせるか、とか、自家製燻製魚の干物、網戸の綺麗な掃除の仕方、後は…」
「干し柿も作ってましたよね。あれは美味しかったです」
「ああ、そーいやなぁ…」

 己の記憶にアクセスして取り出した情報を並べ立て、ほのぼのしかけていた所を空の自嘲の笑みが遮った。

「今は…ヤマト、ぬか漬けに凝ってるのよ…」
「ぬか…」
「漬け…」
「朝っぱらからぬか床を捏ね繰り回して、あの匂いをぷんぷんさせながら玄関開けやがった時には何事かと思ったわ…」
「「……………」」
「しかも、シャワーも浴びずにそのまま登校するとか言うのよ…一発殴って今日は休むように命令して来たけど」



 そうか、今日ヤマトが休みなのは、空の命令か…。



 あまり、知っても嬉しく無い事実が分かってしまった。
 きっと今も鬱々と落ち込んでいることだろう…帰りに慰めにでも行ってやらなくてはならないか…面倒な。

 そんなことを思っている太一も気にせず、空はぐっと手を握って力説する。

「あたしは…あたしはねっ、ヤマトがぬかにまみれてよーが肥にまみれてよーが動植物と戯れてよーが気にしないのよ!関係ないのよ!別に構わないのよ!なのにっ、なのにそのあたしがっ…なんだって、ヤマトに『王子様的理想』を抱いてる女の子達の夢を守ってやらなきゃならないのよ――――っっ!!!」

 理不尽よーっと叫ぶ空の姿に、太一と光子郎は深〜いため息をついた。

 確かに、自分達はヤマトのどんな姿を見たって動じないし構わない。
 けれど、世の中には不幸なことに、あのヤマトに対してクールビューティな王子様であるという理想、いや、夢想を抱き、そしてそれを疑わないおめでたい人種もいる。

 しかも結構近く、同じ校内に…わんさかと。

 そんな輩は、彼が毎日おさんどんに追われながらも、それを楽しめてしまう人間であるという事実など決して受け入れられないだろう…。

 では何故、彼女達が親切にもそんな『王子様的理想』を持つ者達の思い込みを守ってやっているのか…それは、そんなお嬢さん達は勝手に『裏切られた』と感じた時、何をしでかすか分からないからだ。
 そして、そうなった時、十中八九自分達は巻き込まれるだろう事があらかじめ予想されるからなのだが…本当なら、そんな馬鹿らしいことには関わりあいたくは無い。

 心の底からその遣り切れない思いを爆発させる空に、太一達も虚ろな瞳を向けた。



 …そうは言うけど、あいつのぬか漬け…美味いんだよな…。



 中身田舎のおばあちゃんのくせに、外見王子様なヤマトが悪いのか。
 真実を隠してしまう空に非があるのか。
 どちらの言い分(?)も分かってしまう太一や光子郎が優柔不断なのか…。




 果たして、理不尽なのは誰だろう…。






 
おわり

 あはは〜(汗)
 久しぶりにこっち側の更新がこんな話で
 ごめんなさいですm(_ _)m
 でも…楽しいんですよね…こんな感じの
 話を書くの…(苦笑)
 次はもうちょっとヤマトにいい目を見せられる
 ようにがんばりますv(笑)