『お母さんは料理上手』なんていうのは、既に思い込みと幻想の産物だろう…。









 共働きや子供の塾通い、その他諸々の家庭の事情で、『家族揃っての食卓』なんてものが一般家庭から遠退き始めて早数年。

 ご飯は一人で食べるもの。
 または、チンして食べるもの。

 そんな状態が当たり前と思っている子供も多い。

 昔はよく言われていた『お袋の味』なるものが、『冷凍食品』や『コンビニの弁当』等に変わって来たりもしている。
 故に、『お母さん』があまり料理をしないのも、仕方が無い。
 そして、本来親から子に、何を言われるでも無く伝わるはずの『知識』が、子に伝わらないことも…仕方が無いことだろう…。













 現在、アトピーなどのアレルギーのため、給食が食べられないという子供も増えている。

 先天的なアレルギーで、食べられる食物が限られていても、その後の治療で治る場合もあるが、後天的に突然アレルギーが発症することもままある。
 そんな子供達のために給食を週に三日にしたり、週に一日弁当の日を作ったりという学校も増えているが、そんな中、お台場中学は『特別』を失くすため、試験的に給食を全面廃止にした珍しい公立中学でもあった。

「あれ?珍しいじゃん、弁当なんて」

 いつもの気まぐれで、本日は光子郎の教室での昼食となった太一達は、ふと聞こえた会話に振り返る。

「何?母ちゃん作ってくれたの?」
「わけないだろ!オレが作ったんだよ!」
「お前が〜?何だよ、熱でもあるんじゃないか??」

 ぽんぽんと飛び交う言葉に、太一は光子郎に視線を移す。

「光子郎、あいついつもは学食なのか?」
「…いえ、確か毎月昼食代を決められているとかで、月初めは学食、月末はパンとかが多いって聞いてますが、お弁当を作ってきたって話は初めて聞きました」
「ふぅ〜ん…」

 どうかしたんですか、と問う光子郎に、太一はちらりとヤマトに視線を送ると、予想通り少し固い顔をした瞳にぶつかった。
 どうやら自分だけの勘違いでは無いらしい…。

「ちょっと悪い。いいか?」
「えっ!?…八神先パ…っ!?///」

 弁当箱を取り合うように騒いでいた後輩達の中に入り込み、ひょいっとそれを奪い取ると、突然のことに面食らい、次いで動揺して呆けた面々が太一の周りで彫像のように固まった。
 そんな彼等の様子に構うことはせず、太一は手に持った弁当箱に顔を近づけ、くん、と臭いを嗅ぐ。

「…ヤマト」

 眉を顰めて相棒を呼び、たくさんの視線が彼等に集中する中、ヤマトも同じように臭いを嗅いで顔を顰めた。

「これ、作ったのお前?」
「えっ、あっ、はい!あ、いえ!れ、冷凍食品で…っ、その、温めたの…詰めただけ、なんですけど…///」

 その言葉に、太一とヤマトは難しい顔を見合わせる。

「その、小遣い無くなっちゃって…パン買うのもちょっときついし、うち冷凍食品だけは切らさないの兄さんが思い出して、これなら簡単だしっ、その、えっと」
「あ〜いい、いい。落ち着けって」

 校内で知らぬ者などいないと言われている先輩二人に囲まれ混乱したのか、言わなくていいことまで暴露し始めた後輩にちょっと苦笑を浮かべ、落ち着かせるようにぽんぽんっと頭を撫でる。
 …が、逆効果だったのか他の理由か、彼は真っ赤になって固まってしまった。

「で、その金が無い時に気の毒だけどな?この弁当のおかず、今日は食うのよしとこーな?」
「え?」

 宥めるように、穏やかに言われた言葉が一瞬理解出来ず、けれど脳に到達した途端浮かんだ疑問に弾かれたように顔を上げる。
 ぶつかったのは…困ったような、けれど優しい瞳。

「おかず、冷まさずに詰めただろ?」
「え?あ、はい」
「ダメだぞ〜、特に今日みたいな陽気のいい日は。ちゃんと冷ましてから入れないと、傷んじゃうからな?」
「えっ。これ腐ってるんですか!?」

 驚いて弁当と先輩達とを交互に見ると、今度はヤマトが気の毒そうに説明を続けた。

「いや。そこまではいっていないが、ちょっと傷んでる臭いがする。腹壊したくは無いだろう?今日は止めておいた方が無難だな」
「はあ…」

 呆然と己の弁当箱を見下ろす彼に、太一は場を盛り上げるように頭をくしゃりとかき混ぜて笑う。

「そう落ち込むな!オレの少し分けてやるからさ!」
「えっ!?」
「そうだな。ご飯の方は食べれそうだから、おかずを分けてやろう。好き嫌いあるか?」
「無いですっ!///」

 実はある。
 が、思わず反射的に少年はそう答えていた。
 地獄から天国…昼食を食べ損ねるところだったのを救われるかもしれないのだ。
 例え真っ赤な嘘だろうと、思い切り、はっきり、気持ちよく言い切ってしまうのが人間の性というものだろう。
 しかもそれが…男だというのに『料理上手』と噂される彼等の弁当から分けてもらえるというのだから当然だ。

 彼は今、自分を見つめる幾多の瞳の持ち主全てを敵に回してもいい心積もりだった。

「じゃあ、空。光子郎〜」
「はいはい。蓋に置けばいいわよね〜」
「よかったですね」

 ひょいひょいっと空が自分達の弁当の中から適当にチョイスしてまとめた物は…結構豪華な『手作り弁当』だった。
 それを光子郎が件の彼に向け…彼は震える手でそれを押し戴いた。

「次からは気をつけろよ」

 にっこり微笑みかけ、太一達は陣取っていた一角に戻る。
 そして始まった穏やかな昼休憩…と反対に、幸運にあやかった彼の方では一見静かな、けれど壮絶な争奪戦が開始された。

「おっ前、抜け駆けだぞっっ!?」
「そうだっ!八神先輩達が来てくれた時は遠巻きに眺めてしあわせ噛みしめようって条約を忘れたか!?」
「そうだ!条約違反だ!よこせそれを!没収だっっ!」
「実はわざと傷んだ弁当持って来たんだろう!?」
「ぬかせ!偶然だ!宝くじ当てるより難しい確立で遭遇した幸運だ!絶対分けてなんかやるもんかっ!」

 ぼそぼそと小声で交わされる会話と、素早い箸の押収…。
 そんなことが繰り広げられているとは露知らず、太一達は弁当を広げていた。

「でも太一?よく分かったわね」
「ああ…ちょうどあいつが弁当の蓋開けた時にオレが横通ったからな」
「ああ、それで。その後何か話を気にしておられましたもんね、太一さん」
「食い物の傷み具合は…鍛えられたからなぁオレ達…」
「そうね…」

 懐かしいサバイバル時代に想いを馳せ、ふう…と少しおセンチな気分になっていた彼等を現実に戻したのは、昼休み終了十分前を知らせる予鈴だった。








 ちなみにこの日の夜、同じお台場中学三年に在籍する彼の兄が『食あたり』で入院したことは余人の知る所では無く、すっかり忘れていた弟も固く口を閉ざしたという…。







 
おわり

  え〜と…出来心です(苦笑)
  何となくです。
  本当はここに載せるつもり無かったんですけど、
  思いの他長めに出来上がってしまったのでこっちに
  載せました(汗)