「学校の義務教育制度が、4・3・2年制度になるって知ってるか?」



 調度都合の開いた放課後、デジタルワールドに行こうと集まった中学生組。
 あまりに早く来過ぎた四人は、まだ掃除も終わってないパソコン教室に堂々と陣取り、後輩達の熱い視線を受けながらものんびりと雑談に興じていた。

 いつもよりおそらく、たぶん、確実にゆっくりと丁寧に掃除していただろう掃除当番達が挨拶をして名残惜しげに去ってからも、彼等の待ち人達はまだ来ない。
 その時間での太一の発言だった。

「ああ、どっかの区が取り入れるとか言ってたわね」
「何だ?何の話だ?」
「あ、ヤマトさん知りませんか?義務教育を小学校六年、中学三年の『6・3年制度』から四年間・三年間・二年間で区切る制度を取り入れようってトコがあるんですよ」
「へぇ〜、で、それが何なんだ?」

 光子郎に説明してもらい、納得したらしいヤマトと他二名の瞳が太一に向けられる。

「ん…別に大したことじゃねぇけど、そーいう風に分けられたらさ、あのキャンプの時、光子郎から下の連中は一緒にいなかったかもな〜って思って」
「「「…………」」」

 大きく見開かれた六つの瞳に、そうじゃねぇ?と太一が聞く。

「……そうか…、その制度だと子ども会も別になるかもしれないんですね…」
「四年までと五・六年と中一が一緒になるってことだものね…そうなると、光子郎君・ミミちゃん・タケル君・ヒカリちゃんは一緒にいなかったってこと?」
「ああ、そうか…四年から下がいなけりゃ、二年だったタケルを紛れ込ませることも出来ないもんな」
「だろ?そーすっと、実質メンバーは半分だ。よかったよな、お台場がその制度取り入れてなくて」

 仮定の話とはいえ、あの当時の冒険を年上四人で潜り抜けなければならなかったとすれば…ちょっぴり薄ら寒いものを感じてしまう。
 一体誰が情報を解析し、癒し役になり、心の叫びを代弁するんだ?
 きっと、物凄くギスギスしたパーティになっただろう…。

「いえ、本当によかったです。そうなっていたら、僕も太一さん達とほとんど同じ学校に通えませんし」
「え?そうか?一学年違いならそんなことねぇんじゃねぇ?」
「というか、ぶつぶつ切れる感じがするんですよね…例えば、今現在だったら僕は違う学校になりますし」

 中二の太一・ヤマト・空と、中一の自分の前に境界線のように宙に線を描く。

「そうか…そうなるわねぇ〜…で、次に同じ学校になったら」
「その次の年にはもうオレ等は卒業しちゃうわけだ」
「そうなりますね」

 つい顔を見合わせて苦笑する。
 追いかけられて、すぐ追し出されるような気がするのは気のせいだろうか。

「あれ?もう?って感じになるかもね」
「その制度が浸透すれば、受験の数も増えんのかね?」
「うわ〜、丈が気ぃ狂いそうだな」
「ですね。けれど、僕達は一個違いですからあまり変わらないかもしれませんけど、タケル君やヒカリさんだと結構離れてますから、一緒に通えるとしたら…」
「オレが四年の時ヒカリが一年の、一年間だけになるな」

 ガチャ――――ン……

 はははと笑った所で、突然ガラスが割れるような音が響き、ぎょっとして四人の意識が扉に向かう。
 ガラスが割れるなら窓だろうと思うのだが、彼等の鍛え上げられた耳が捉えたその澄んだ音は、間違いなく扉方面から聞こえて来た。

「………ヒカリ…」

 その場にいたのは、太一の妹である八神ヒカリただ一人。
 彼女の足元に視線を走らすが、その音を発しただろう物体が見当たらない…効果音?

「ヒ、ヒカリ?どうした?」

 少々引き攣りつつも様子のおかしい妹に声をかければ、彼女の瞳からはらはらと涙が零れ落ちた。

「ヒカリっ!?」
「…と……なの……?」
「は?」

 小さな声で囁く妹に慌てて近づくと、哀しげな瞳が兄を見上げた。

「…お兄ちゃんと、一緒に学校行けないの…?」
「えーと…聞いてたのか?」
「通えないんだぁ〜…」
「てか、ヒカリ?仮定の話で…更にもう過去のことになるんだけど…?」
「うえ〜んっ」

 いつもなら、何があっても兄の声を聞き逃すはずも無いヒカリが、何故かこの時ばかりは太一の言葉が聞こえないらしく、まるで年齢が逆行してしまったように泣き出してしまった。

「〜〜〜〜〜っ、ヤマト〜っ」
「…泣きたい時は泣かせてやれよ…」

 困惑して振り返った太一に、ヤマトはふいっと視線を反らす。

「それ、昔聞いたことあるわ、あたし…」
「体のいい責任逃れですからね。通訳すると『オレの知ったこっちゃねぇ。勝手に泣いてろ』…といった感じでしょうか」
「ヤマトに聞いたオレがバカだった…」
「三年前の対応と変わらないなんてね…」
「まあ、気休めの一つも言えない奴だからな、ヤマトは」
「っつーか、ヒカリちゃんのことならお前が一番よく知ってるだろっ!?」

 冷たい仲間達の言葉にヤマトが赤面して逆ギレする。
 それに太一が半眼で答えた。

「…いいのか?」
「あ?何が?」
「後悔しないな?」
「はあ??」

 太一の言葉にヤマトは不審そうに返し、空と光子郎も目を合わせた。
 そんな彼等を無視し、太一は近くの椅子に腰掛けその膝の上にヒカリを導く。

「…ほら、ヒカリ。どうしたんだ?」
「…だあってぇ〜…」
「泣き止まないと、キスしてやんないぞ?」

「「「は?」」」

 今何か言いました?とぎょっとしたのは中学生三人だけで、ヒカリはぴたっと泣き止み兄を見た。

「…よし。いい子だな」

 まだ残っていた涙を親指で拭ってやり、その目元にちゅっと唇を寄せる。
 えへへ〜と少し照れたように、嬉しそうに笑う妹の頭をよしよしと撫でてやる兄妹の姿を、三人は呆然と見守った。

「そーいや、タケルや大輔はどうした?」
「あ、掃除に時間かかってるみたいなの」
「そっか。じゃああいつ等が来る前に顔洗ってきな?まだ涙の跡ついてっぞ?」
「うんっ」

 にこっと笑ってパタパタと出て行くヒカリを見送り、そして振り返り、まだぼんやりしている仲間達に気づいて苦笑する。

「…おい。揃ってまぬけな顔してんなよ…」
「えっ、いや、だって…」
「あの…いつも、あんな風…なんですか…?」
「まさか。たまにやるから効果があんだよ」

 けろりと言ってのけた太一に、正論の様な、違う様な、何かがずれている様な…複雑な思いに混乱する。
 そんな所に、複数の慌てた足音が近づいてくるのが聞こえた。

 いや、今来なくても…というか、どうせ来るならもっと早いか、もうちょっと落ち着いてから…!というのは、今の三人の偽らざる本音だろう。

 そんな彼等の願い虚しく扉はガラリと開かれて、足りなかったメンバー達が揃って彼等の前に顔を出した。
 バラけて来てくれれば、待つ間だけでも猶予が貰えたものを、それすらも許されないらしい…。

「ヒカリちゃーん!って、太一先輩!?」
「あ、お兄ちゃん達も!来てくれたの?」
「お久しぶりです!」
「わあv嬉しいなぁ〜♪アグモン達も喜びますよv」
「おう!皆がんばってっか?」
「がんばってますよ〜!あれ?ヒカリちゃんは?」
「今ちょっと外してる。あ、なあ、大輔、タケル」
「「はい?」」

 嬉しそうな後輩達を手招きし、呼ばれなかった二人は苦悩しているらしい先輩達を不思議そうに見た。

「今日何か変わったこと無かったか?」
「変わったこと…ですか?」
「あ、今日やたらと太一先輩の話題が出ました!」
「オレの?」
「はい!」
「ああ…まあでも、太一さんの話だけじゃなくて、お兄ちゃんとか空さんの話も出ましたけど」

 不思議そうに目を開いた太一に、タケルがえーとですね…と続ける。

「今日うちのクラスの担任の先生が休みだったんですよ。で、代理で来たのが藤山先生で…」
「あ〜なるほど。面白おかしくこけ下ろしてくれただろ?」
「そんなこと無いっスよ!先生すごく褒めてたっスよ!?」
「ホントかぁ〜?」

 疑わしそうに眉を寄せる太一にくすりとタケルが笑う

「あはは。ホントですって。まあ失敗談とかも教えてもらいましたけど、皆調子に乗ってつい後から後から聞きまくっちゃって」
「オレ等の担任じゃ、太一先輩達の学年とあんまり接点無いもんな〜」
「卒業して二年だもんね」

 そこでつい、接点の多かったことを知る藤山に話を強請ってしまったらしい…だがそれで何となく分かった。
 ヒカリも思い出して懐かしくなっていたのだろう…。

「ごめーん!お待たせ〜!」
「よし、揃ったな。じゃあ行くか」
「「「はぁ〜い!」」」

 帰って来たヒカリを最後に、揃ったメンバーが太一の号令に好い子の返事を元気よく返す。

「ほら!お前等もぼけっとしてっと怪我するぞ?」
「そ、それは分かってるんだけど…」
「いえ…うん。切り替えましょう。話は後です」
「話?」
「ああ、とりあえず後だな」
「何だよ、お前等」

 呆れた視線を送る太一に、とにかく今はデジタルワールドのことを優先に…と行動に移す一同。
 やることはやらなくてはと使命を遂行しようとする姿は、一種涙ぐましいものがあるのだが、過程を知らない彼等には、気の毒だが挙動不審にしか映らない。

 よって、そんな彼等にはお構い無しに『開かずのロッカー』と呼ばれ親しまれているロッカーの中で寝こけていたデジモン達を起こし、パソコンを立ち上げて優秀な後輩達は準備完了を宣言した。
 その中からヒカリがててて…と太一に走りより、嬉しそうに寄り添う。

 いや、だから…!

 何か物申したい気分でいっぱいなのだが、何を言えばよいのやら皆目見当がつかない…そんな風にぐるぐるする自称常識人達を不思議そうに眺めやり、それでもやっぱり構わずゲートを開ける後輩諸君。

「デジタルゲートオープン♪選ばれし子供たち出動!」



 そんな彼等に心の中で、『あの、ごめん…もちょっと待って…?』と言いたかったとしても、彼等を責められる者は誰もいない…はず。




 
おわり

  わははははは…はあ…(汗)
  ま、笑って許して下さいませ(苦笑)
  ちなみに、制度についての内容は、あまり深く
  突っ込まないで下さいね?
  ネタ的に使っただけなんで(苦笑)