古今東西、老若男女を悩ませる共通の話題といったら、『金』か『恋愛ごと』だろう。 そして、相談される側が一番嫌なのも…この二つであることは…間違いない。 とあるファミリーーレストランの一角で、二人は向かい合わせに座っていた。 真剣な、真剣な…どこまでも真剣な表情でヤマトが呟く。 「…太一は、オレのこと好きじゃ無いのかもしれない…」 「そうかもしれませんね」 一拍もおかずに返したのは、正にどうでもいい、さっさと開放してくれ、迷惑だ、と顔に書いた泉光子郎。 「最近冷たいんだ」 「いつもでしょう」 「電話してもそっけないし」 「ヒカリさんが側にいますからね」 「きっとオレのこと好きじゃないんだ〜っ」 「だからそうだと言っているでしょう」 この二人、こうして向かい合わせに座っていながら、双方会話を成り立たせようという努力を欠片もしてはいなかった。 光子郎は小難しい専門書を片手に、対して声を荒げるわけで無く嫌な相槌を打ち続ける。 対するヤマトは、とにかく胸の内を曝け出したいだけで、相談しているつもりも何かしらを解決したいと思っているわけでも無い。 この不毛過ぎる会談は、実は優に十回を過ぎている…。 それなのに、その数が着実に増え続ける訳は、ヤマトは壁に話すよりは堅実だと思い込んでいるし、光子郎にも彼なりの思惑があったからに他ならない。 「大体元を正せば、ヤマトさんが太一さんを押し切った形で始まったお付き合いじゃないですか。それを今更好きだ嫌いだなんて言うこと自体おかしいですよ」 「だけど、好きだからOKしてくれたんじゃないのか?」 「あんなのは脅しですよ、脅し。強請り・脅迫、犯罪ですね」 「だけど太一はつき合うって言ってくれたんだ」 「のっかかられた状態で、血走った眼の男に『つき合ってくれ』って言われたら、とりあえず身を護るために頷きますよ」 「キスさせてくれたし…」 「羽交い絞めにして…でしたっけ」 「この頃は抵抗しない」 「諦めたんでしょうねぇ…」 「…………」 「…………」 どちらからとも無く、冷めた紅茶を口に含む。 「…なんで、そんなに詳しいんだ?」 「ヤマトさん同様、太一さんからも一部始終を伺ってます」 そうか…と言って黙り込んだヤマトを、光子郎は溜め息をついて眺めた。 「………どうしたら、いいんだろう…」 珍しく、ヤマトが答えを求めるような言葉を口にした。 思い込んだら後先構わず突っ走る、が座右の銘のようなヤマトが、それをモットーに太一を(なし崩しに丸め込んで)Getしたヤマトが…光子郎に意見を聞いた。 空辺りがその場に居たら、その選択に重々しく溜め息をついただろうが、それほどに彼は追い詰められていた。 「…『押して駄目なら引いてみる』という言葉があります」 「え…?」 「後はご自分でお考え下さい」 冷たく突き放したように言い、そのまま黙り込んでしまった光子郎を見て、ヤマトもそっと俯いた。 「……そうか、そうだな…」 自分で考えて、前に進むしかない…それが答えだろう。 先日光子郎と話し合ったファミレスで、ヤマトは太一を待っていた。 呼び出した理由は『話がある』。 不思議そうにしていたが、彼は軽く了承してくれた。 この数日、ヤマトは考えて考えて…一つの決断を下した。 太一の気持ちを確かめるために、その方法しか無いと出た結論。 危ない橋だとは思う…だが、それでもきっと、彼は真実の答えをくれるだろうと信じている。 「ヤマト!待たせたな」 「いや、そうでもない」 向かいに座った太一の笑顔に、ヤマトの心がふわりと温かくなる。 この笑顔を永遠に手に入れるために…。 「太っ…」 「いらっしゃいませvご注文よろしいですか?」 「あ、そーだなぁ〜…コーヒー一つ、お願いします」 「はい♪ご注文確認いたしますvコーヒーお一つ、以上でよろしいですか?」 「はい」 太一の返事に、可愛らしいウェイトレスの制服を着た少女がにこやかに応対して去って行った。 出鼻を挫かれた格好になったヤマトはそのまま撃沈…。 「ヤマト?」 「…いや、なんでもない」 「?…相変わらず、変な奴だなぁ」 はははと笑った太一の言葉に、ずきんっと胸を痛みが走った。 『変』…しかも『相変わらす』がつくほどの『変』…それが太一から見た自分なのだろうか。 うずまく不安が、ヤマトの萎えかけた勇気を奮い立たせる。 「太いっ…」 「お待たせしましたぁvこちらコーヒーでございますvお熱いのでお気をつけ下さいvご注文以上でよろしいですかぁ?」 「あ、はい」 「では、ごゆっくりどうぞv」 にっこりと頷いた太一に、ウェイトレスが気持ち頬を染め、普段の倍はいいだろう愛想を振りまいて退場して行く。 憔悴しているというか、妙なオーラを発しているというか…そんなちょっと『普通じゃない感じ』のヤマトには、そのルックスに気づきもせずに持ち前の乙女の感で見向きもしない。 軽やかに去って行った彼女を見送った太一が、気を取り直してヤマトを振り返る。 「…で、何だよ?」 「…………」 既に言える状態ではなかった。 しかし、言わずに済ませられるものでも無く、ヤマトは必死に自分の中の勇気を再構築していく。 本当なら、天地がひっくり返っても言いたくは無い言葉なのだ。 それを、太一の気持ちを確かめたいという一心で、仕方が無く言う言葉なのだ…生半可の体力の消耗では済まない。 だが、ここで言わなくては男では無いと無理矢理自分に言い聞かす。 「実はっ…」 「失礼いたします。申し訳ありませんvこちらが伝票になりますv」 「ああ、はい。どうも」 二度あることは三度ある…と言わんばかりの横槍に、ついにヤマトの気力はだだ漏れして切れてしまった…。 太一の笑顔に嬉しそうに会釈して戻って行くウェイトレスに、ヤマトの第六感がやっとぴくりと反応した。 わざとだ。 わざと伝票を忘れたのだ…太一の笑顔を見るために! このままだと、減ってもいない水のおかわりを持って来るかも…いや、持って来るに違いない! その考えに、底を尽きていたはずの気力と体力が復活した。 さっさと言ってしまわなかったら、邪魔ばかりが入って二度と言うことは出来ない気がする…そして、有耶無耶に時だけが過ぎていくのが目に見える。 だが彼は忘れていた…例え気力と体力が復活したとしても、自分がいかに『時の運』に見放され易い者であるかということを…。 そんな不安には綺麗に眼を瞑り、ヤマトは大きく息を吸い、一息に言葉を乗せる…が、太一の目を見ることは流石に出来はしなかった。 「……太一、オレと別れてくれ」 「分かった」 返された言葉がヤマトの耳に届き、脳に到達するまで一分十二秒がかかった…が、意味の理解まではいかない。 「………………………は?」 「あ、聞こえなかったか?分かったって言ったんだ」 「…………え?」 思わず上げた顔の前には、愛しい彼が大好きな笑顔をほっと安心したように綻ばせていた。 「いや〜、まさかお前の方から別れ話出してくれるなんて思ってなかったから安心したぜ♪ほら、何せ初めが初めだったからさぁ、この先どーなるかと思って内心ビクビクしてたんだv」 「……………」 「じゃあ、オレ等別れたから、今からは昔と同じ友達だよな?改めて、ヨロシクヤマト♪」 ぼうっとしたまま、促されるまま取られた手でご愛嬌の握手を交わす。 「さて、じゃあオレ行くな?話そんだけだろ?あっと、その前に…」 鞄の中から取り出した携帯で、手馴れた手つきで登録してあるのだろう番号を押す。 直ぐに出たらしい相手に、太一の瞳が優しく和んだ。 「あ、光子郎?オレ♪…ああ、そう。…何で分かるんだよ、うん、ヤマトと別れた。………ん〜?…オッケ、分かった。直ぐ行く♪んじゃ後でな?」 ぷつっと切った携帯をまた鞄にしまい、太一は軽やかに立ち上がる。 「……今の、光子郎…?」 「ん?ああ、そう、光子郎。ヤマトと別れたら直ぐ連絡寄こせって言われてたから。ま、こんなに早いとは思ってなかったけどな〜♪」 「……………」 「じゃあヤマト。また学校でな♪」 楽し気に笑い、何の未練も残らないように軽やかに去って行く背中を呆然と見つめる。 こうなることは、全く予想していなかった。 最悪の、万が一の可能性として『好きじゃない』と言われることになったとしても、もっと色々考えて時間がたった後だと思っていた。 こんな風に、即答で『別れる』決断を出される等とは思ってもいなかった…。 どこで間違ったのだろう…そう考えていたヤマトの耳に、メールの着信音が届いた。 緩慢な動作で鞄を開け、手探りで掴んだ携帯をやっとといった感じで持ち上げてメールを開く…。 ガタンっと音をたてて携帯がテーブルの上に落ちた。 その時ストラップが跳ねて、コップの水の中に入ってしまったが気にする所では無い。 愕然と見開かれた眼に映し出されていた文字は、たった一行…。 『いただきますv』 発信者は、『泉光子郎』。 そこでやっと、彼は仕組まれた罠に気がついた。 そして、相談相手を激しく間違っていた事実にも…。 ついさっきまで目の前にいた彼は、今はこのメールの発信者の元へと向かっている。 そうして、ヤマトの元に残されたのは…手もつけられなかった一杯のコーヒーと、その分の伝票だけだった…。 |
おわり |
…クリスマスが近いから…つい、ヤマト虐めを…(苦笑)
光子郎君いいトコ取りです(笑)
そして太一さんが、さり気に酷い(汗)
留まる所を知らないよーなヤマト虐めですが、特にこの
2002年のクリスマスは…ダメですね。
例の嫌なこと思い出して、ついこんな話を書いてしまい
ました(苦笑)
でも、この話でヤマト虐めが極まったような感じがする
ので、そろそろ落ち着くかと…あと何本かで…(笑)
ヤマトFanの人ごめんなさい(汗)