言わなければいけないことがある。
 言わなければいけない人がいる。

 彼だけには絶対に…伝えなければならないことがある。













 彼等がデジタルワールドに訪れたのは、光子郎が退院して数日たった日のことだった。

 もっと早く訪れるべきだったのだろうけれど、中々心の踏ん切りがつかず、また、どう伝えれば良いのか分からず…心ならずも伸ばし伸ばしになっていたのだ。
 だがその日は、テントモンから光子郎に皆で来て欲しいと連絡が入り、意を決して向かうことにしたのだった。

「ヤマト〜っ!」

 デジタルワールドに着くと、それを感知し、待っていたデジモン達が駆けて来た。
 それを複雑な表情で迎え…抱きしめた。

「…ヤマトぉ?」
「空ぁ?」
「光子郎ハン?」

 不思議そうな声を出す彼等のぬくもりに、自分達がとても緊張していたことを知った。
 すがるように、助けを求めるかのように抱きしめてしまった。

 大切なものを亡くしたばかりで、変わらずに慕ってくれるパートナーを確かめたかったのかもしれない。

「…ごめん、何でもない。…それより、アグモンは?姿が見えないけれど…」
「!それなんだ!」
「え…?」

 伝えねばならない彼の姿が見えず、辺りを見回す子供達に、デジモン達はパートナーの服の裾や手、足等にしがみつきながら険しい表情を向けた。

「アグモンがいないんだ!」
「どこを探しても呼んでも出て来てくれないの!」
「何があったんか、ワテ等にはもう分からしませんのや!」
「太一は?太一は来てないのか?太一のデジヴァイスでなら、アグモンがどこにいるのか分かるかもしれない!」

 不安そうに訴えるデジモン達に、頭の中が真っ白になる。

 こんな時に…。

 どうしたらいいのか、どうすればいいのか、全く分からず言葉も出ない。
 自分達が来るまでに心当たりの場所は探しつくしたのか、彼等の顔には疲労の色が濃く出ている。


 また、失うのか?
 彼のパートナーすらも…。


「ヒカリ!太一はどうしたの!?」
「テイルモン…」

 どうにも様子のおかしい子供達に、テイルモンは己のパートナーの顔を覗き込んではっとした。
 力なく呟いたヒカリの目には、大粒の涙が溜まっていたのだ。

「…ヒカリ…?」

 心配そうに頬を包み込んだテイルモンに、ヒカリはしがみ付いて嗚咽を噛み殺した。

「太一に…何かあったの?ヤマト…」
「……ああ。太一は…来れない」

 搾り出すように告げたヤマトの言葉に目を見開く。
 だが、その尋常では無い様子に、ただ静かに次の言葉を待った。

「……太一は…死んだんだ」
「え…っ!?」
「なっ、何で!?」
「交通…事故で…」
「……………」

 愕然とした表情をしていたデジモン達が、ふと力が抜けたように座り込んだ。
 膝をつき、俯いて息を吐く…。
 長い長い沈黙の後、彼等は空気に溶けるように…笑った。

「…なんだ…」
「そういうことかぁ…」

 目に涙を浮かべ、頬に雫を伝わせながら、それでも彼等は嬉しそうに微笑んだ。

「…ガブモン?」
「ごめん…ごめん、ヤマト。太一が死んで、アグモンもいなくなって…それはすごく哀しいんだけど、だけど、だけどごめん、オレ嬉しいよ」
「え…っ」

 驚きか、またはそれ以上の何かか、告げられた思いもしなかった言葉に思考が止まる。
 しかし、デジモン達は戸惑う子供達に謝りながら、それでも涙を流して笑う。

「空ごめんねぇ…だけどどーしよぉ…嬉しい…っ」
「…な、なんで…?」
「だって、だってさあ…」
「アグモンは、追いかけてったんや…」
「ええ…追いかけて、いけたのよ…!」

 パートナーの体をぎゅっと抱きしめ、彼等はそう言った。

「アグモンは…太一を追っていったんだ」

 呆然とその言葉を聞き、子供達もしゃがみこんだ。

「追いかけて、いけるんだねぇ〜…」
「もう、残されたりしないんだ」
「一緒に、同じトコにいけるのねぇ…」
「よかったぁ…よかったあ…」

 アグモンがいなくなったのが『そう』だという保証はどこにも無い。
 だがデジモン達は『そう』であると信じて疑わず、嬉しそうにパートナーに擦り寄り抱きつく。

 ずっと、ずっと不安だったから…。

 長い長い間待ち続け、役目を終えてもまだ残っている自分達。
 デジモンの寿命は長い。
 幼年期以下ならばそうでもないが、進化するほど長く生き、力も強く、終わりは見えずに個体差もある。

 だが自分達は?
 ダークマスターズを倒すために、選ばれし子供を守り、進化し戦うためだけに生み出された自分達は?
 他のデジモン達と同じように考えてよいのだろうか?
 普通に生まれた者達に、進化と退化を繰り返す者などいないのに…?

 また置いていかれるの?
 ダークマスターズとの戦いの後、何の目的も無いのに生き延びたように…。
 電車に乗って還って行くパートナー達を、黙って見送るしか無かったように…。
 力の無い自分達は、ゲートを越えて彼等の世界で生きていけなかったように…。

 人間の成長は早い。
 たった三年会わなかっただけで、見違える位大きくなっていた。

 このままどんどん成長して…いずれ、死んでしまうのだろうか…自分達をおいて。

 それは恐怖だった。
 待ち続けた彼等がこの世から消えても、生きていかねばならないのだろうか?
 どれ位?
 いつまで?
 永遠に…?

 だが太一が死んだ時、アグモンが消えた。

 彼が何の理由も無しに、自分達に黙って消えるわけが無い。
 追っていったのだ、たった一人に会うために。
 初めて彼等がこの世界に来た時、違えること無くパートナーの元に駆けつけたあの時のように。

 それは希望では無く、確信。

 彼は追っていった…ならば、自分達も追えるだろう…パートナーの後を。
 間違い無く。

「…それなら、いい」

 涙で光る、穏やかな瞳で呟いた。
 それ以上は、何も望むものは無い。

 例え、もう二度と会えなくても。
 生きている間、側にいられなくても…それならば、いい。

「…また、会えるのかな…」

 ゴマモンを抱きしめたまま、呆然と丈が呟くと、腕の中の彼が何の気負いも無く頷いた。

「会えるさ。だっておいら達が集まるトコは、太一のトコしかないだろう?」

 やむを得ず離れ離れになってしまった時も、自らの意志で離れた時も、最終的に集まったのは彼の元だった。
 彼のいる場所が、皆の集まる場所だった。

「…そうだね…」

 嬉しくて、更に強く抱きしめた。
 胸にぽっかり空いていた穴が、小さくなった気がする。
 埋めたのは、パートナーのぬくもりと、はっきりと思い出せる…自分を見つけて手を降る彼の、鮮やかな笑顔。

「土産話、たくさん持っていきましょう?…大丈夫。また私があなたを太一の元に、必ず連れていってあげるから」
「うん…うん…っ」

 泣きながら、それでもはっきりと頷くヒカリを優しく抱きしめる。
 どれだけ遅れてもいい。
 時間なんて、いくらかかっても構わない。
 だって、辿り着く場所は彼の所だと決まっているから。

 寂しくて、哀しい現実は変わらない。
 涙だってふとした弾みに零れて落ちる。
 それでも笑えた。
 笑って前を見ることが出来る。

 太陽に真っ直ぐ顔を向け、この地上で生きていく。
 いつか彼の元に逝く日まで。















 何かに選ばれ、押し付けられた運命だった。

 だが、離れても、置いていかれても、残されたとしても…いつか必ず彼の元に辿り着けるのならば…こんな運命も悪くない。




 そう…小さく笑った。









 
おわり

           この展開には色々思う所おありかもしれませんが、
           この話はこういうラストを迎えました。
           これで彼等は、パートナーデジモンの命をも背負う
           こととなり、決して命を粗末には出来ません。
           自分一人で彼を追うことは出来ないのですから…。