何となく、突然予定の空いてしまった休日。 「…はーい、ヤマト〜?どした?今日は朝からバンドの練習で倉庫に詰めてるって…え?」 電話口から聞こえたのは、何時に無く焦った友人の声。 「……はあ?」 続くヤマトの言葉に、太一は耐え切れずに爆笑した。
フジテレビに着くと教えられた通りに受付を済ませ、ロビーで待っていると、大して待つことも無く名前を呼ばれた。 「太一君!」 急いで来たのがありありと分かるその人に、太一は立ち上がって頭を下げた。 「いや、すまないね、太一君。うちの馬鹿息子が無理言って…」 明るく笑うその人に、太一は少し呆れながらも、何処か憎めない感じの親友の父親を見て笑った。 「それじゃ、オレ帰りますから。…おじさんもたまには家に帰って、ちゃんと寝て下さいよ?」 どうやら自分は、彼にとても気に入られているらしいのだが、こうはっきり言われると本気のようで反応に困る。 「おっとそうだ。太一君、プロのサッカー選手に興味無いかね?」 突然の展開に訳の分からないまま引きづられ、石田父の運転する車の助手席に収まってやっと、太一は理由を聞くことが出来た。 「CM撮影!?」 笑って誤魔化す敏腕ディレクターに、太一は隣で呆れた溜め息をついた。 「まあまあ、それでも太一君は見れば分かると思うよ?行くだろう?」 気障っぽくウィンクを流してくるのは流石ヤマトの父親といった所だろうか。 「もちろん、行きます!」 元気よく太一が頷いたのは、目的地まで後数分という車の中だった。
ついたのは郊外にある土手で、人通りも少なく駅からも遠い…撮影を邪魔されないためには絶好のポジショニングかもしれない。 たくさんの車や機材、簡易テント等が置いてある場所から少しだけ離れた道路脇に車を止め、二人はそっと車を降りた。 「そーいやおじさん?そーいう書類とかって、今じゃ殆んどパソコンとかで送ったりするんじゃないんですか?」 企業人は大変だ。 「…おじさんより忙しい人っているんですね」 朗らかに笑った石田父ににっこり念を押せば、彼は力無く笑って頷いた。 「それより、何か様子が変じゃないですか?」 近付くにつれ伝わってくる妙な空気に太一が不審そうに石田父を振り仰ぐと、彼も首を傾げ、太一に先に行く合図をすると小走りに顔見知りのスタッフの元へと近付いた。 「おい、笹岡!何かあったのか?」 突然の石田父の登場に驚いたらしいスタッフは、不安そうな眼差しのまま辺りを見回し、彼に説明しようとして太一を見て固まった。 「…石田さん…彼、お知り合いですか?」 太一を見、石田父を見て、そしてもう一度太一を見て、石田父が笹岡に話を促そうとした瞬間、彼は興奮したようにいきなり大声を張り上げた。 「さ、笹岡!?」 太一と石田父が同じように驚いたまま固まっていると、人垣を掻き分けいかにも『不摂生な生活をしています』といった感じの男が現れた。 「何だ石田じゃねーか。笹岡、皆気が立ってんだ、石田が来た位でぎゃーぎゃー喚くな!」 額に青筋を浮かべているのにも関わらず、綺麗に無視された状態の石田父はちょっと哀れだったかもしれない。 「え?…あの??」 ただでさえ場違いな所に来てしまったのかもと腰が引けていた太一は、一斉に注がれた視線に圧され気味…。 「君!君!君!何だ?石田の知り合いかね!?」 つかつかと近付いて来た男に太一は頷きだけで応えると、仏頂面の石田父が不審者を太一に近づけまいとするかのように襟首を掴みながら説明した。 「そうかそうか!名前は?」 圧されるまま応えた太一の言葉に、松尾を中心に声無き歓声が上がった。 「なっ!?え!?」 松尾がパチンっと指を鳴らすと、数人の男女が太一の回りにざっと集まった。 「顔!」 あちこち触られた太一は未だ話について行けずにパニック絶好調…そうしている間に、若い男三人の手によって抱え上げられた。 「は!?」 連れて行かれる太一を慌てて追おうとした石田父の前を残りのスタッフが防波堤よろしく立ち塞がり、松尾が彼の肩をがしっと掴んだ。 「…通せ、松尾」 支離滅裂なことこの上無いが、どう見ても二人とも冷静では無く、話し合う必要性があることは感じていたのだろう。 ついた先のテントでは、太一が半分諦めた顔つきで輝かんばかりの笑顔のお姉さん達に着せ替えられていた。 「た、太一君??」 二人を無視して交わされる朗らかな会話に、石田父がとうとう牙を剥いた。 「あ〜…悪い。八神太一君…だったね?」 やっぱり…思った通りの展開に、太一は小さく溜め息をついた。 「何がどうしてそうなったんだ?」 くっと泣く真似をしながらの松尾の姿に、ずっと聞こうとしてただろうという突っ込みを、二人は無駄と諦めた。 「実は、今日はプロの有名サッカー選手を向かえて、スポーツドリンクのCM撮りだったんだが…彼と共演予定だった少年達がまだ入っておらんのだよ…」 石田父が深刻そうに唸った。 「それだけじゃない。その馬鹿共のコーチをお願いしていた人が、実は業界では実力と共に怒らせると怖いことでも有名らしいんだが、間が悪いことにそのプロ選手の恩師に当たる人だったらしいんだよ…」 太一と石田父は嫌な感じに顔を合わせる。 「…しかも、十五分前入りで…」 つまり、一時間十五分待ち惚け…。 「頼む!どーか引き受けてくれ!」 多少プロのサッカー選手に直接会えるかもとという淡い期待は持ってはいたが、当のご本人が怒り心頭、不機嫌状態となれば話は変わってくる。しかも、自分に預かり知らぬ事柄故に…そんなことで折角の対面の機会にとばっちりを食うのは御免蒙りたい…御免蒙りたいのだが…涙を浮かべた中年に正面から哀願されると、とても断りきれるものでは無い。 「…プロの人の名前、聞いてもいいですか?」 太一が仕方無さそうに頷き、松尾が感謝の言葉を言おうとした時、テントの外が騒がしくなりスタッフが一人駆け込んで来た。 「あ、あの!コーチの方がもう帰られると言われ出して…っ!」 やっぱり…。 「元々時間にルーズなことがお嫌いな方ですから、もう待てないと…っ」 バタバタと出て行くスタッフ達を見送り、太一はやっと大きな溜め息をつけた。 「…すまないね、太一君。嫌ならそう言っても良かったんだよ?」 謝る石田父に、太一は苦笑を浮かべたままそう言うと、松尾達を追ってテントを出て行った。 「ん〜…この借りは『ヤマト奴隷権』十枚つづりでも足りないかな…?」 一人残された石田父は、息子に無断で勝手なことを呟くと、事態を見届けるべく自分もテントを出て行くのだった。 「え〜い、どけ!わしは帰らせてもらう!」 怒声を撒き散らす人物を困り切ったスタッフ達が囲み、一進一退の押し問答が繰り広げられているのを遠巻きに呆然と眺めていた太一は、その声とスタッフが呼んだ名前が聞き覚えのあるものであることに気づいた。 「やっぱり、大平監督!?」 よく通る声が輪を潜り抜け、中心にいた人物が噛み付くように太一を振り返った。 「お久しぶりです、大平監督!」 太一が話し掛けると、先程まで怒髪天をつく勢いだった男が、打って変わったようににこやかに笑い出し、取り囲んでいたスタッフ達を押し退けてずかずかと太一に歩み寄った。 「あの〜…お知り合い…だったんですか?」 事情は分からないものの、太一相手にいつの間にか上機嫌になった大平の様子にとりあえず胸を撫で下ろした…が、次いで聞こえた台詞に心臓は飛び出さんばかりに跳ね上がった。 「あれ?監督帰るんじゃ無いんですか?オレもご一緒しようと思ったのに」 真っ青になった松尾が叫ぶ前に、太一が嬉しそうな声を上げた。 「あれ?君…?」 太一がぺこりと頭を下げた。 「ほれ!選抜の遠征にどーしても参加出来ないと泣きながら電話して来た八神だ!」 太一が羞恥に顔を染め慌てて大平を振り返れば、彼は何処吹く風で意に返さない。 「な〜に、本当のことだろーが。やんごとない事情では仕方無いとわしが慰めとるのに電話の向こうで悔し泣きしとったろーが」 からかいモードの大平に、ついに小椋まで便乗してしまったため、太一はますます赤くなる。 「監督っ!」 これ以上言っても遊ばれるだけと太一は口をつぐんだが、二人はその様子にも楽し気な笑い声を上げるのだった。 「でも驚きました。プロのサッカー選手って小椋さんだったんですね」 小椋の科白に、場が和やかになったことにほっとしていたスタッフ達は一瞬にして緊張した。 「あ、でもおかげでオレ、小椋さんの相手させてもらえるみたいなんです。詳しいことは聞いてませんけど、こんな機会、滅多に無いですもんね!」 実は、半分以上スタッフに向けた嫌味だったのだが、太一があっさりと邪気の無い笑顔で交わしてしまったのでちょっと目を見張る。 「オレの試合、見たことあるんだ?」 熱く語る太一の言葉を、小椋はうんうんと頷いて聞いている。 「な?小椋?八神は見るとこしっかり見とるだろう?」 お互いにやりと笑って太一を見る。 「よし、八神!夏の合宿で教えたことを忘れてないかテストだ!小椋、ディフェンダーにつけ!」 太一はさっと気持ちを切り替えると、本来なら撮影場所になるだろう土手横のミニコートに二人を追って駆けて行った。 「…彼、上手ですね…」 どうやら迎えられそうな撮影の準備にかかりながら、目だけは彼等を追って口元が綻んでいく。 「……………めっちゃ、ラッキー…!」 一人の少年により、彼等は重大な責任問題から職を失う危険まで、一気に回避することが出来たのだ。 「………恩に着る」 その後、順調に撮影を終え、一月後にはCMが放映されることを聞いた太一が苦虫を噛み潰したような顔をしたが、大平・小椋両名に盛大に笑われたので慌てて表情を引き締めたが、その様子をスタッフにまで笑われてしまったのはここだけの話。 きっといいものが出来たのだろうと太一も笑顔でそれに応え、結局最後まで待っていてくれた石田父の車に乗り込んだ。 「すみません、おじさん。仕事大丈夫でした?」 苦笑を浮かべ、ちらりと後部座席に置かれた物を見る。 「…問題は、どうやってこれを家まで運ぶか…てことですよね」 石田父は笑ったが、現実問題としてこれを持ってマンションを上がるのは厳しい。 「そうだな…太一君。よかったら今度局の台車を失敬してくるから、その時までこのまま車に置いておいたらどうだね?」 CMのシチュエーションが夕暮れ時だったため、それまで大平と小椋の二人にみっちり稽古をつけられてしまったのだ。思い返せば随分と身になる貴重な体験だったが、慣れぬ撮影と合わせて精魂尽き果てている状態だった。 撮影自体は順調に進んだが、今はもうすっかり日が暮れて窓の外はビルのイルミネーションが光っている。 「…太一君、一つ聞いてもいいかな?」 窓の外を眺めていた視線を石田父に移すと、彼は何処か困ったような表情をしていた。 「ん〜…選抜…のことなんだが、ちょっ気になってね。どうして、遠征に行かなかったんだい?」 石田父は太一がどれほどサッカーが好きか知っている。 「ああ…おじさんも知ってますよね?今年の夏、何があったか」 ぽすんと納得した。 今年の夏、自分も駆り出されてキャンプの保護者に祭り上げられた。 「まあ、後でヤマト達にバレて、今度そんな理由で遠征を止めたら承知しないって怒られちゃいましたけど」 照れたように笑い、肩を竦める太一の姿を横目に見て、真っ赤になって怒っている自分の息子とその仲間達の姿が容易に浮かぶ。 「…そうか、怒られたか…」 言いながら笑う。 「…太一君」 もうそろそろお台場が見えてくる。 「これからも、ヤマトとタケルを頼むよ」 照れた時のヤマトとそっくりな表情に、太一は微笑んで頷いた。 「ええ、こちらこそ」
今日は退屈な休日のはずだった。 それが、一本の電話からこんなにも変わってしまうと誰が予想出来ただろう。 きっと、ヤマトからは今日の頼み事のお礼の電話が来るだろう。 一緒に過ごさなかった日の休日はいつもそんな感じ。
さて…今日のことを、一月後のCM放映日まで、何人に秘密に出来るだろう?
おわり |
何か…長かったな…。
実はこれ、出だしだけ冬コミの修羅場前に書いてました(笑)
書き上げるのにも時間かかったな〜(泣)
とにかく太一さんが書きたくて書きたくて書いたんですが、
どんなもんだったでしょう?
太一さんの魅力は100万ボルトって感じですかね(笑)←?