何となく、突然予定の空いてしまった休日。
 珍しく仲間達に誘われることも無く、気ままに買い物かサッカーでもしに出かけようかと思った時…傍らに置いてあった携帯が着信を知らせた。

「…はーい、ヤマト〜?どした?今日は朝からバンドの練習で倉庫に詰めてるって…え?」

 電話口から聞こえたのは、何時に無く焦った友人の声。

「……はあ?」

 続くヤマトの言葉に、太一は耐え切れずに爆笑した。

 

 

 

 フジテレビに着くと教えられた通りに受付を済ませ、ロビーで待っていると、大して待つことも無く名前を呼ばれた。

「太一君!」
「あ、おじさん。こんにちは」

 急いで来たのがありありと分かるその人に、太一は立ち上がって頭を下げた。

「いや、すまないね、太一君。うちの馬鹿息子が無理言って…」
「…おじさん。元々はおじさんがこの書類を忘れて行ったからなんじゃないんですか?」
「あはははは…その通りだ。流石太一君!」
「………」

 明るく笑うその人に、太一は少し呆れながらも、何処か憎めない感じの親友の父親を見て笑った。
 目の下に残るクマが彼の仕事の大変さも物語り、責める気になれなかったのもある。

「それじゃ、オレ帰りますから。…おじさんもたまには家に帰って、ちゃんと寝て下さいよ?」
「いや〜太一君は優しいねぇ〜vうちの子にならんかねv」
「…ヤマトがいるでしょ…」
「太一君の方がいいなぁ〜♪」
「………」

 どうやら自分は、彼にとても気に入られているらしいのだが、こうはっきり言われると本気のようで反応に困る。

「おっとそうだ。太一君、プロのサッカー選手に興味無いかね?」
「は?」
「よし!お礼にもならないが、今日暇なら調度いい♪」
「は?え?えぇ〜??」

 突然の展開に訳の分からないまま引きづられ、石田父の運転する車の助手席に収まってやっと、太一は理由を聞くことが出来た。

「CM撮影!?」
「そうなんだ。調度この書類が必要な者が、今日都内でやっているCM撮影の責任者でね、その出演者が某有名サッカー選手なんだそうだ」
「は〜なるほど。で、誰なんです?」
「うっ、いや、それは…その…」
「…おじさん、実はその人知らないんじゃないですか?」
「ははははは!太一君は感がいいな〜!」

 笑って誤魔化す敏腕ディレクターに、太一は隣で呆れた溜め息をついた。

「まあまあ、それでも太一君は見れば分かると思うよ?行くだろう?」

 気障っぽくウィンクを流してくるのは流石ヤマトの父親といった所だろうか。
 上手くすればプロの選手のプレーがスタジアムよりも身近で見れるかもしれない。

「もちろん、行きます!」
「そうこなくちゃな♪」

 元気よく太一が頷いたのは、目的地まで後数分という車の中だった。

 

 

 ついたのは郊外にある土手で、人通りも少なく駅からも遠い…撮影を邪魔されないためには絶好のポジショニングかもしれない。

 たくさんの車や機材、簡易テント等が置いてある場所から少しだけ離れた道路脇に車を止め、二人はそっと車を降りた。
 もし撮影中ならば邪魔にならないようにとドアを閉める音にさえ気を使ったのだか、遠巻きに見る限りその必要は無かったかもしれない。

「そーいやおじさん?そーいう書類とかって、今じゃ殆んどパソコンとかで送ったりするんじゃないんですか?」
「ふむ。本来ならそうするんだが、これを必要な奴が昨日から明後日までパソコンのある所に行けそうに無いそうなんだ」
「ノートパソコンは?」
「一昨日使いすぎで煙を吐いたそうだ」

 企業人は大変だ。
 あれだけパソコンを酷使しているように見える光子郎のものでさえ、煙を吐いた所など見たことが無い。

「…おじさんより忙しい人っているんですね」
「ははは。そんなのは五万といるよ太一君♪」
「だからって、おじさんが家に帰んないこと肯定してるわけじゃ無いですよ?」

 朗らかに笑った石田父ににっこり念を押せば、彼は力無く笑って頷いた。

「それより、何か様子が変じゃないですか?」
「む、そういえばそうだな。何かぴりぴりしてる感じだな…何かあったかな?」

 近付くにつれ伝わってくる妙な空気に太一が不審そうに石田父を振り仰ぐと、彼も首を傾げ、太一に先に行く合図をすると小走りに顔見知りのスタッフの元へと近付いた。

「おい、笹岡!何かあったのか?」
「あ!?石田さん!?どうされたんですか、こんな所に!?」
「いや、ちょっと松尾に用があってな?松尾はどこだ?」
「はあ…今ちょっと…!」

 突然の石田父の登場に驚いたらしいスタッフは、不安そうな眼差しのまま辺りを見回し、彼に説明しようとして太一を見て固まった。

「…石田さん…彼、お知り合いですか?」
「ん?ああ、息子の友人だか…それより笹岡…」
「松尾さ―――んっっ!!」

 太一を見、石田父を見て、そしてもう一度太一を見て、石田父が笹岡に話を促そうとした瞬間、彼は興奮したようにいきなり大声を張り上げた。

「さ、笹岡!?」
「松尾さ――んっ!松尾さんどこです!?」
「何だ笹岡、大声出して!?」

 太一と石田父が同じように驚いたまま固まっていると、人垣を掻き分けいかにも『不摂生な生活をしています』といった感じの男が現れた。

「何だ石田じゃねーか。笹岡、皆気が立ってんだ、石田が来た位でぎゃーぎゃー喚くな!」
「わざわざ書類を届けに来てやったってのに、随分な言い草じゃねーか、松尾…」
「違いますよ、松尾さん!彼!彼見て下さい!」
「あ?」

 額に青筋を浮かべているのにも関わらず、綺麗に無視された状態の石田父はちょっと哀れだったかもしれない。
 そんな彼を放っておいて、今や笹岡と松尾と呼ばれた男を中心に、回りのスタッフ達の視線は太一一人に注がれていた。

「え?…あの??」

 ただでさえ場違いな所に来てしまったのかもと腰が引けていた太一は、一斉に注がれた視線に圧され気味…。
 始めに動いたのは松尾だった。

「君!君!君!何だ?石田の知り合いかね!?」
「え?は、はい」
「オレの息子の友人だ」

 つかつかと近付いて来た男に太一は頷きだけで応えると、仏頂面の石田父が不審者を太一に近づけまいとするかのように襟首を掴みながら説明した。

「そうかそうか!名前は?」
「や、八神太一です」
「そうか!八神太一君か!身長はどれ位かな?いや、それより運動は好きかね?部活は?学校で部活はやっているかね?」
「あ、はい。サッカー部に…」
「サッカーか!!そうか!!」

 圧されるまま応えた太一の言葉に、松尾を中心に声無き歓声が上がった。

「なっ!?え!?」
「チェック!!」
「はいっ!」

 松尾がパチンっと指を鳴らすと、数人の男女が太一の回りにざっと集まった。

「顔!」
「上!」
「肌!」
「にきび無し!くすみ無し!キメ良し!てかり無し!」
「スタイル!」
「良し!」
「総合!?」
「文句無し!」
「ちょっ何がっ!?」

 あちこち触られた太一は未だ話について行けずにパニック絶好調…そうしている間に、若い男三人の手によって抱え上げられた。

「は!?」
「連行っ!」
「ラジャっ!!」
「って、待ってくれ!お、おじさ〜んっっ!!」

 連れて行かれる太一を慌てて追おうとした石田父の前を残りのスタッフが防波堤よろしく立ち塞がり、松尾が彼の肩をがしっと掴んだ。

「…通せ、松尾」
「頼む石田!オレとの友情を続けたいなら、何も言わずに彼の保護者として見逃してくれ!」
「貴様との友情なんぞこの書類と一緒にそこの川に投げ捨ててやるから、今すぐ太一君を返せ!」
「言ったな石田…よかろう、オレも貴様との友情なんぞいらん!だから八神君だけはもらおう!」
「何が『だから』なんだ!訳分からんこと抜かしとらんと説明せんか!」
「望む所だ!来い!」
「だったら初めから通せ!」

 支離滅裂なことこの上無いが、どう見ても二人とも冷静では無く、話し合う必要性があることは感じていたのだろう。
 肩を怒らせながらずんずんと進む中年二人の後ろを、残った者達はほっとした顔つきでついて行くのだった。

 ついた先のテントでは、太一が半分諦めた顔つきで輝かんばかりの笑顔のお姉さん達に着せ替えられていた。

「た、太一君??」
「あ、おじさ〜ん…何でもいいから、とにかくオレに分かるように説明して下さいよ〜」
「いや、俺もこれから聞く所なんだが…」
「おお!よく似合ってるじゃないか!どうだサイズは?」
「はい、足が少しと腕が長めですが、これ位なら直ぐ手直し出来ます!予定してた子より小柄ですけどスタイルいいですよ、彼v」
「そうか!あ〜よかった」
「よかったじゃねえ!」

 二人を無視して交わされる朗らかな会話に、石田父がとうとう牙を剥いた。
 ここまで来れば、太一が巻き込まれた状況は大体の予想はつくが、兎にも角にも話を聞かなければ始まらないのも事実だ。

「あ〜…悪い。八神太一君…だったね?」
「はい」
「もう大方予想がついていると思うが、助けると思ってCM撮影に協力してくれ!」

 やっぱり…思った通りの展開に、太一は小さく溜め息をついた。

「何がどうしてそうなったんだ?」
「よく聞いてくれた、石田!」

 くっと泣く真似をしながらの松尾の姿に、ずっと聞こうとしてただろうという突っ込みを、二人は無駄と諦めた。

「実は、今日はプロの有名サッカー選手を向かえて、スポーツドリンクのCM撮りだったんだが…彼と共演予定だった少年達がまだ入っておらんのだよ…」
「は?何時入り予定で?」
「一時間前だ。事務所に連絡しても本人達につながら無くてね…で、本来はプロ選手との共演にあたって、俄仕込みだがサッカーの基礎を覚えるためにプロ選手が入る二時間前に入り、その後撮影…という予定だったんだが…」
「来ないのか…」

 石田父が深刻そうに唸った。

「それだけじゃない。その馬鹿共のコーチをお願いしていた人が、実は業界では実力と共に怒らせると怖いことでも有名らしいんだが、間が悪いことにそのプロ選手の恩師に当たる人だったらしいんだよ…」
「それがどうして『間が悪い』んですか?」
「…懐かしさもあって…コーチの方と同じく二時間前入りされたんだ…」
「………」

 太一と石田父は嫌な感じに顔を合わせる。
 つまり、一時間待ち惚け…。

「…しかも、十五分前入りで…」

 つまり、一時間十五分待ち惚け…。
 その二人は随分イラついているのだろう…説明を終えた松尾の頭にず〜んという文字すら見える。
 そして、おもむろに太一の両手をがしりと掴んだ。

「頼む!どーか引き受けてくれ!」
「………」

 多少プロのサッカー選手に直接会えるかもとという淡い期待は持ってはいたが、当のご本人が怒り心頭、不機嫌状態となれば話は変わってくる。しかも、自分に預かり知らぬ事柄故に…そんなことで折角の対面の機会にとばっちりを食うのは御免蒙りたい…御免蒙りたいのだが…涙を浮かべた中年に正面から哀願されると、とても断りきれるものでは無い。
 自分を連れて来た張本人である石田父を見れば、彼も申し訳無さそうに両手を合わせている。
 きっと自分は、こういうめぐり合わせにあるのだろう…。

「…プロの人の名前、聞いてもいいですか?」
「引き受けてくれるか!?」

 太一が仕方無さそうに頷き、松尾が感謝の言葉を言おうとした時、テントの外が騒がしくなりスタッフが一人駆け込んで来た。
 太一は本来の者が遅れて来たのかと一瞬期待したが、スタッフの顔を見てそうではないことを瞬時に悟った。
 状況はますます悪くなるばかり…のような。

「あ、あの!コーチの方がもう帰られると言われ出して…っ!」
「何っ!?」

 やっぱり…。

「元々時間にルーズなことがお嫌いな方ですから、もう待てないと…っ」
「お止めしろっ!すぐっ!今っ!早くっっ!!」
「はいっ!!」

 バタバタと出て行くスタッフ達を見送り、太一はやっと大きな溜め息をつけた。

「…すまないね、太一君。嫌ならそう言っても良かったんだよ?」
「…いいです。どうせ暇でしたから」

 謝る石田父に、太一は苦笑を浮かべたままそう言うと、松尾達を追ってテントを出て行った。

「ん〜…この借りは『ヤマト奴隷権』十枚つづりでも足りないかな…?」

 一人残された石田父は、息子に無断で勝手なことを呟くと、事態を見届けるべく自分もテントを出て行くのだった。

「え〜い、どけ!わしは帰らせてもらう!」
「そんなことおっしゃらずに!もう、もう始められますから!」
「ふんっ!今更来ても遅いわっ!稽古はつけてやらんっ!わしは帰る!」
「そんな…大平さんっ!」

 怒声を撒き散らす人物を困り切ったスタッフ達が囲み、一進一退の押し問答が繰り広げられているのを遠巻きに呆然と眺めていた太一は、その声とスタッフが呼んだ名前が聞き覚えのあるものであることに気づいた。
 そうして、押し合う人の隙間から覗いて見ると、予想通りの人物が中心にいることが分かった。

「やっぱり、大平監督!?」
「あ!?」

 よく通る声が輪を潜り抜け、中心にいた人物が噛み付くように太一を振り返った。

「お久しぶりです、大平監督!」
「何だ!八神じゃないか!どうしたんだこんな所に!?…ん?まさかお前か!?遅刻魔の大馬鹿者はっ!?」
「ち、違いますよ!オレはただのピンチヒッターですって!」
「ん?そうなのか?」

 太一が話し掛けると、先程まで怒髪天をつく勢いだった男が、打って変わったようににこやかに笑い出し、取り囲んでいたスタッフ達を押し退けてずかずかと太一に歩み寄った。
 何度か背中を叩かれ痛そうだが、太一も嬉しそうに話している。
 状況の理解出来ないスタッフ達は、押し留めようとしていた手もそのままにぽかんと見守っていたが、話の尽きない様子に松尾が代表して恐る恐る割って入った。

「あの〜…お知り合い…だったんですか?」
「おお!こいつはその内日本のサッカー界を背負って立つ期待のホープよ!」
「監督…それは言い過ぎです…」
「何を言う!それ位の意気込みがなけりゃワールドカップは制せんぞ!」
「は…はは…」

 事情は分からないものの、太一相手にいつの間にか上機嫌になった大平の様子にとりあえず胸を撫で下ろした…が、次いで聞こえた台詞に心臓は飛び出さんばかりに跳ね上がった。

「あれ?監督帰るんじゃ無いんですか?オレもご一緒しようと思ったのに」
「小椋選手!?」

 真っ青になった松尾が叫ぶ前に、太一が嬉しそうな声を上げた。

「あれ?君…?」
「初めまして、八神太一です!」

 太一がぺこりと頭を下げた。
 その太一の肩を叩きながら、大平が楽しそうに小椋に向かって注釈を入れる。

「ほれ!選抜の遠征にどーしても参加出来ないと泣きながら電話して来た八神だ!」
「ああ!あの!」
「って、監督!?そんなこと話してるんですか!?よりによって小椋さんに!?」

 太一が羞恥に顔を染め慌てて大平を振り返れば、彼は何処吹く風で意に返さない。

「な〜に、本当のことだろーが。やんごとない事情では仕方無いとわしが慰めとるのに電話の向こうで悔し泣きしとったろーが」
「してませんよ!そりゃ、確かに自分の都合で参加出来なかったのは悔しかったですけど、別に泣いてません!」
「だけど、声が詰まってたんだろう?」

 からかいモードの大平に、ついに小椋まで便乗してしまったため、太一はますます赤くなる。

「監督っ!」
「ははは!小椋の前だからって照れるな!」
「…〜〜もういいです…」

 これ以上言っても遊ばれるだけと太一は口をつぐんだが、二人はその様子にも楽し気な笑い声を上げるのだった。

「でも驚きました。プロのサッカー選手って小椋さんだったんですね」
「はは。待ち惚けさせられてるのはこっちだけどね」

 小椋の科白に、場が和やかになったことにほっとしていたスタッフ達は一瞬にして緊張した。

「あ、でもおかげでオレ、小椋さんの相手させてもらえるみたいなんです。詳しいことは聞いてませんけど、こんな機会、滅多に無いですもんね!」

 実は、半分以上スタッフに向けた嫌味だったのだが、太一があっさりと邪気の無い笑顔で交わしてしまったのでちょっと目を見張る。
 本当に嬉しそうな様子に小椋も悪い気はしない。

「オレの試合、見たことあるんだ?」
「もちろん!特に一昨日の試合!一点目のアシストされたでしょう?あのマークの数で出した絶妙のスルーパス!」
「二点目のシュートじゃなくてかい?」
「そりゃシュートもすごかったですけど、テク的にはアシストした時のスルーパスの方が絶対難しいでしょう?ゴールの方が派手だしそっちの方が記憶に残りやすいけど、そこに行き着くまでボールを運んで行く技術に見惚れちゃいました。全体を見て、流れを読んで、先を見てなきゃ無理ですもん!」

 熱く語る太一の言葉を、小椋はうんうんと頷いて聞いている。
 どうやら彼の望む答えらしい。

「な?小椋?八神は見るとこしっかり見とるだろう?」
「流石、『名将』大平監督のお気に入りなだけありますね。先が楽しみだ♪」
「ふふん♪そんな風に余裕ぶっこいとると、直ぐに下から追い抜かされるぞ!」
「まだまだ若い者には負けませんよ!」

 お互いにやりと笑って太一を見る。

「よし、八神!夏の合宿で教えたことを忘れてないかテストだ!小椋、ディフェンダーにつけ!」
「お任せを」
「えっ!?マジっすか!?」
「何を尻込みしとる!踏ん反り返っとる先輩のケツを蹴り上げてやれ!」
「うわ〜っ善処します!」

 太一はさっと気持ちを切り替えると、本来なら撮影場所になるだろう土手横のミニコートに二人を追って駆けて行った。
 そのやりとりを口を挟むでも無く呆然と眺めていたスタッフは、練習を始めた三人を見てやっと詰めていた息を吐いた。
 大平の怒声の下、プロ選手相手に太一がしっかりと相手を務めていることが素人目にもよく分かる。

「…彼、上手ですね…」
「ああ…これは、とんでもない拾物だったな…」
「大平さんも小椋さんも…心なしか楽しそうじゃないですか…?」
「ああ、そうだな…」

 どうやら迎えられそうな撮影の準備にかかりながら、目だけは彼等を追って口元が綻んでいく。

「……………めっちゃ、ラッキー…!」

 一人の少年により、彼等は重大な責任問題から職を失う危険まで、一気に回避することが出来たのだ。
 そんな幸運な彼等の一人、松尾がほっとして脱力しきった姿で友の肩を叩いた。

「………恩に着る」
「そうしてくれ。俺にじゃなくて、太一君にだぞ?」
「ああ…助かった!」

 その後、順調に撮影を終え、一月後にはCMが放映されることを聞いた太一が苦虫を噛み潰したような顔をしたが、大平・小椋両名に盛大に笑われたので慌てて表情を引き締めたが、その様子をスタッフにまで笑われてしまったのはここだけの話。
 終始和やかな雰囲気で進められた撮影は、終わる頃には出演者もスタッフも随分と打ち解けリラックスしていた。
 それが誰のおかげかは誰も口にしなかったが、帰り際、誰もが彼に声をかけ、今日の苦労を労っていた。

 きっといいものが出来たのだろうと太一も笑顔でそれに応え、結局最後まで待っていてくれた石田父の車に乗り込んだ。

「すみません、おじさん。仕事大丈夫でした?」
「今は文明の利器携帯電話があるからね、指示出来ることは全てしたから、まあ大丈夫だろう。こっちこそ、とんだことに巻き込んでしまってすまなかったね」
「いえ、オレは小椋選手や大平監督に会えて楽しんでましたから♪それに何か、随分お土産もらっちゃいましたし」

 苦笑を浮かべ、ちらりと後部座席に置かれた物を見る。
 ギャラの方は後日石田父を通して払われることになるが、その前金(?)として今日CMで使った新発売のスポーツドリンク350ml缶の詰まった箱三つを渡されたのだ。

「…問題は、どうやってこれを家まで運ぶか…てことですよね」
「ははは、その通りだな」

 石田父は笑ったが、現実問題としてこれを持ってマンションを上がるのは厳しい。

「そうだな…太一君。よかったら今度局の台車を失敬してくるから、その時までこのまま車に置いておいたらどうだね?」
「あ、そうしてもらえますか?オレも今日これ持って上がる気力無いですから…」
「ははは。そうだろうとも」

 CMのシチュエーションが夕暮れ時だったため、それまで大平と小椋の二人にみっちり稽古をつけられてしまったのだ。思い返せば随分と身になる貴重な体験だったが、慣れぬ撮影と合わせて精魂尽き果てている状態だった。

 撮影自体は順調に進んだが、今はもうすっかり日が暮れて窓の外はビルのイルミネーションが光っている。
 遅くなることは家に連絡しておいたが、さっきやっと首都高に乗ったばかりなので、お台場につくにはもうしばらくかかるだろう。

「…太一君、一つ聞いてもいいかな?」
「あ、はい?何ですか?」

 窓の外を眺めていた視線を石田父に移すと、彼は何処か困ったような表情をしていた。

「ん〜…選抜…のことなんだが、ちょっ気になってね。どうして、遠征に行かなかったんだい?」

 石田父は太一がどれほどサッカーが好きか知っている。
 ヤマト相手に楽しそうに語っている所も何度も見ているし、部活ではキャプテンを務めていることも知っていた。
 そして、今日目の当たりにした彼の実力…そんな彼の力を存分に試せるだろう場を拒否したことが不思議で仕方なかった。

「ああ…おじさんも知ってますよね?今年の夏、何があったか」
「ん?…ああ。デジモンカイザーだったっけ?」
「ええ。まあ早い話、あいつ等が一番大変だった時期と重なっちゃったんです」
「あ…ああ。…なるほどなあ…」

 ぽすんと納得した。

 今年の夏、自分も駆り出されてキャンプの保護者に祭り上げられた。
 確かに、自分の上の息子を初め、彼等が力になれることは多くは無いと聞いていたけれど、それでも、責任感の強い彼が戦っている後輩達を残し遠くに行けるかと言えば…否だったのだろう。

「まあ、後でヤマト達にバレて、今度そんな理由で遠征を止めたら承知しないって怒られちゃいましたけど」

 照れたように笑い、肩を竦める太一の姿を横目に見て、真っ赤になって怒っている自分の息子とその仲間達の姿が容易に浮かぶ。
 きっと、諦めた彼と同じように後で悔しい思いをしたのだろう。

「…そうか、怒られたか…」
「はい。寄って集って責められました。おかげで、何の気兼ねも無く、次は絶対参加出来ますよ」
「そうか…」

 言いながら笑う。
 自分の息子達は、本当に良い仲間達に恵まれたと…その安心感が、彼を家を留守がちにして仕事に行かせているのかもしれない。
 それがいいことなのか悪いことなのかは判断に困るが、心配だけはしていない。

「…太一君」
「はい?」

 もうそろそろお台場が見えてくる。
 彼を家まで送ったら、局に戻る前に馬鹿息子の顔を見に家へ寄ろうか。

「これからも、ヤマトとタケルを頼むよ」

 照れた時のヤマトとそっくりな表情に、太一は微笑んで頷いた。

「ええ、こちらこそ」

 

 

 

 今日は退屈な休日のはずだった。

 それが、一本の電話からこんなにも変わってしまうと誰が予想出来ただろう。

 きっと、ヤマトからは今日の頼み事のお礼の電話が来るだろう。
 空からはクラスメイトとの買い物の戦果が報告されるかもしれない。
 ヒカリは今日観た映画の話がしたくて、自分の帰りを待っていることだろう。
 後、きっと何人かは何かしらのメールが届いているに違いない。

 一緒に過ごさなかった日の休日はいつもそんな感じ。

 

 さて…今日のことを、一月後のCM放映日まで、何人に秘密に出来るだろう?




おわり


  何か…長かったな…。
  実はこれ、出だしだけ冬コミの修羅場前に書いてました(笑)
  書き上げるのにも時間かかったな〜(泣)
  とにかく太一さんが書きたくて書きたくて書いたんですが、
  どんなもんだったでしょう?
  太一さんの魅力は100万ボルトって感じですかね(笑)←?