一緒に歩こう?

 

 手をつなぎ、笑い、怒り、時には泣いて…二人で一緒にどこまでも。

 行けたら…いいね。














「ムカツク」

 彼の気配を感じ、一も二も無く駆け出して来た自分が抱きつく間も無く発せられた言葉に、いぶかしむよりも先にぽかんとした。
 彼の瞳が怒りに満ちていることは分かるが、その怒りが自分に向けられたものでは無いことだけははっきりと分かる。

「どぉしたの?太一ぃ〜?」

 彼を見上げ、立ち尽くすしか出来なかったアグモンに太一ががばりと抱きついた。

「聞いてくれよ、アグモン〜!」

 たたらを踏んで何とか踏み止まり、出会った頃より二周りも大きくなったパートナーを抱き止める。
 当初の予定とは違うが、彼の目論みは太一の行動によって達成されたと言っていい…たぶん。

「何?何かあったの〜?」

 アグモンの心配気な言葉に、抱きついて来た時と同じようにばっと体を離すと、勢いのままに怒声を上げた。

「ヤマトの奴!よりにもよって、オレの頭に手ぇ置きながら『太一は全然背伸びないな〜』とか言いやがるんだぜ!?」

 太一のあまりの剣幕と勢いに、アグモンは彼の言葉をもう一度頭の中でリピートしなければ、とてもではないがついていけない。

「え、え〜と、太一は小さいの?」
「オレは標準!(よりちょっと小さいかもしれないけど)あいつがでかすぎんだよっ!」
「ヤマトは大きいんだ?」
「おうよ!去年まで四センチだった身長差が、今年は八センチに広がりやがった!」
「三倍だね?」
「……二倍だ、アグモン…」

 据わってしまったパートナーの目に気づくこと無く、アグモンは三本しか無い自分の指を曲げたり伸ばしたりしながら考えているが、今一分かってはいないようだ…。

「とにかく、中学上がってから無意味にひょろひょろ伸びやがったんだ!てめーはにょろにょろか、雨上がりの竹の子かってんだ!!」

 怒りに拳を震わす太一を、アグモンは困惑した瞳で見つめる。

「……太一ぃ…」
「何だ、アグモン」
「『にょろにょろ』って…何ぃ…?」
「………」

 ちなみに、アグモンは『竹の子』も知らない。
 ただ、以前現実世界で『たけのこの里』というお菓子を貰ったことがあるので、朧気ながらも何となくイメージがあった。
 実際のものとはかけ離れた想像であることは間違い無いが…。

「あ〜、あれだ。え〜と…『ムーミン谷』って所があってな?」
「『むーみん』??」
「ん〜、カバみたいな生き物なんだけど…」
「『カバ』???」
「そう、え〜と、ほら、エテモンのトレーラー引いてた奴、ゴツモンが進化した奴だっけ?あれ、何て言ったっけ?」
「モノクロモン?」
「そう、それ。あれの仲間だ…たぶん」
「ふ〜ん…?」

 全然違う…。
 蛇足ながら付け足せば、『ムーミン』は『カバ』では無く、『妖精』である。

「で、そのムーミン谷に生えてる、植物だか生き物だか分かんねー白いひょろひょろした奴だ」
「へぇ〜…?」

 説明している太一もよく分かっていないものを、説明を受けているアグモンは余計分からない。

「とにかく!無駄にでかくなったってこと!」
「うん」

 言い切った太一に、よく分からないながらもアグモンがにこりと微笑む。

「…何か、アグモンといるとどーでもよくなって来たな…」
「そう?」

 丘の上にごろんと転がると、その隣に当然のようにアグモンが座り込む。
 最近では、危険の無い時はいつもこうやって話をする。お互いの顔がよく見えるからだ。

「ああ、つまんないことだよな…ヤマトの言い様に腹立っちゃってさ…ごめんな、アグモン。お前にあたっちゃったな」
「ううん、ぼくは太一に会えればそれでいいし、嬉しかったからいいよ♪」
「そうか?」
「うん。『ヤマトにライバル心燃やした』ってことでしょ?太一はあんまりそーいうこと言わないから…だからぼくは嬉しい♪」
「…そっか」

 本当に嬉しそうに微笑むパートナー…彼に触れたくなり、上半身を起こして肩を抱くようにもたれかかる。
 そこから伝わる温もりに、はっていた力が抜け、ほっと息をつく。
 それによって近付いた緑色の瞳が、不思議そうに太一を見つめる。
 その瞳に、ふわりと笑い返す。

「ありがとな…アグモン」
「うん」

 この温もりに護られて、眠った夜がある。
 この優しさに支えられて、戦った日々がある。
 彼にすがりつき、涙した時もあった。

 どんな虚勢も必要の無い、大切なパートナー。

「そーいえば太一…どーやって来たの?」
「ん?偶然ゲート見つけてさ。飛びこんじまった♪」
「…皆、心配してるんじゃない?」
「まーな、かもしんねーけど…いーよ、今日は。アグモンといたいから」

 太一の本心からだろう言葉に、アグモンは一度大きく目を見開いたが、それが直ぐに嬉しそうな色に染まる。

「…珍しいね、太一がそんなこと言うの」
「オレだってたまには、自分のわがまま通したい時だってあんの!」
「そう?じゃぁ、ぼくももう何も言わない。ぼくだって太一といたいもん〜♪」
「そっか?」
「うん♪」

 ごろごろと擦り寄ってくるパートナーを、優しく抱きとめながら心の鎖が解けて行くのを感じる。

 ここはまるで安息の地だ。
 この愛しい生き物がいるだけで、危険な死地が楽園へと変わる…。

 ふと、顔を見合わせて…柔らかな笑いが空気に溶けていった。












「…太一は大きくなりたいの〜?」

 しばらく二人きりでデジタルワールドを散歩し、小腹が空いたので近くに見つけた木の実を採っている時のことだった。

「?…まぁ、小さいよりは大きい方がいいわな」
「そっか…」

 溜め息を零すアグモンに、太一は器用にするすると木を降りると採って来た果実を手渡す。

「どうした?」
「うん…あのね、太一はそうは思ってないみたいだけど、ぼくから見れば太一はすごく大きくなったんだよ」
「まぁ…小五の頃に比べれりゃあな」
「うん…見上げるのに首をいっぱいに曲げなきゃいけない位、大きくなった…。太一達は来る度大きくなってるから、このままどんどん大きくなったら…太一の顔が見えなくなっちゃうなぁ…と思って。あ、顔が見えないからって太一の考えてることが分からないとか、そーいうことは全然無いんだよ?…ただね、ちょっと…ね」

 かしゅり…とかじった果実の甘味が、口中に広がる…。
 だが、太一はその実を落としそうになってしまった。

 アグモンの瞳に浮かんだ、寂しげな色故に…。

「そう…か…」
「うん。ガブモンもヤマトの傍にいれば顔が見えないし、少し離れれば顔は見えるけど落ち着かないって笑ってた」
「ああ、そーいや最近、ガブモンの奴、ヤマトの周りうろちょろしてたな…」
「気づいてた?調度いい距離を探してるんだって」
「…そうか…」

 全く気づかなかったと言えば嘘になる。
 最近は、アグモンと話す時には座るようになった。
 一緒に歩く時は、無意識であれ歩幅を合わせている。

 笑いながら、まるで冗談のように語るパートナーの健気さに、胸が詰まる。
 それを誤魔化すように抱き寄せ、抱きしめた。
 彼等の好意の上に、当然のように胡座をかいているような自分に気づき、頭が下がる。
 気づかせない彼等が悪いのでは無い。気づかなかった自分達が馬鹿なのだ。

「うん…小さいのも、悪くないよな…」
「どうして?太一は大きくなりたいんでしょ?なりなよ〜」
「でも…」
「太一…」

 言い射した太一を、アグモンが首を振ってやんわりと止める。

「大きくなって…いいよ?…ぼくが、ついて行くから」
「アグモン…」

 真実の好意。
 綺麗な心を持った、優しくて強い…愛しい生き物。

「でも、なるべくゆっくり大きくなってね?」

 照れくさそうに微笑む仕草…それすらも愛しい。

「うん…約束するよ」
「約束〜♪」

 抱きしめる腕に力を込めれば、同じだけの強さを返してくれる。
 彼と交わした、たくさんの約束。
 一つ一つを大切にして、彼の好意に恥じない人間になりたい。

 自分を好きだと言ってくれるパートナーのために。

 大好きな彼の温もりを感じながら、心の中で何よりも深い誓いを立てた。














「太一っ!!」

 現実世界に帰ってすぐに、息を切らしたヤマトに見つかった。

「よぉ、ヤマト」
「『よぉ』じゃねぇっ!お前今まで何処にいた!?」
「ん?アグモンのトコv」
「ア、アグモン!?」

 落ち着き払った太一とは反対に、半ばパニック状態のヤマト。
 そんな彼の肩にぽんっと手を置き、太一は溜め息と共に呟いた。

「無駄にでかくなったもんだなぁ…ヤマト」
「なっ!?…?」

 太一が行方を晦ます前の続きかと構えたヤマトだったが、当の太一は挑発するでも無く、どちらかと言えば憐れみを込めた瞳を向けられ、次の言葉を失った。

「…太一?」
「…かわいそうになぁ、ガブモン」
「は!?」
「知らないんだって、さぁ〜」
「ああ!?何の話だよ!?」
「別に〜」

 のらりくらりとかわしたまま、さっさと立ち去ろうとする太一を、ヤマトは強引に肩を掴んで引き止めた。

「太一!」
「…ヤマト、知ってるか?」
「だから何がだよ!?」

 切れる寸前のヤマトは、思いの他真剣な太一の表情に押し黙る。





「ムーミンママは、裸エプロンなんだぜ?」






「……は??」


 頭が真っ白になったヤマトの力が抜けた隙に、するりと体を離して太一は背を向ける。

「じゃぁな〜」

 ひらひらと手を振って退場して行く太一を呆然と見つめながら、ぽつりと呟く。

「…ムーミンママが裸エプロンだと…なんでガブモンがかわいそうなんだ…??」

 きっと、自分が発している言葉の意味も理解してはいないだろう。
 太一にしてみれば、直に会って直接聞けという所か…その辺りの甘えは許さない。
 自分と、自分のパートナーのことなのだから。














 時に、始まりの場所から随分と遠くに来てしまった自分に気づくことがある。

 過去を振り返り、未来に臆し、その場にしゃがみこんでしまいたくなる時もあるだろう…でも、二人一緒ならば震える体でも前に進むことが出来るだろう。
 それこそ、手をつないでいれば…きっと百人力。

 

 例えどんなに遠くに来たとしても…心の距離は、変わらないから。 







  

おわり

 アグモンの健気さを前面にプッシュしてみました(笑)
 この話、全て書き終えて、さーて、Upするかと思った
 瞬間…全て消えました…何で!??(号泣)
 再Upのため、何となく初めに書いたものと違って居
 心地悪いです(苦笑)