「あんた、ホントに大丈夫!?」

 

 部活の帰りに、偶然かち合った大切な仲間。
 嬉しい偶然に弾む会話の中、ヤマトと二週間以上まともに話していないと言った太一の言葉に返って来たのが、幼馴染の心底呆れたような顔と声だった。

 

 

 

「…人を化け物みたいな目で見るなよ…。しょうがないじゃん、お互い忙しかったんだから…」
「それは分かるわよ。状況はね?あたしが言いたいのは…」

 ずいっと顔の前に指を突きつけられる。

「そんなに会ってないのに、何でそんな平気な顔してるの!?」

 彼等の様子を見る者がいれば、恋人同士に見えたかもしれない。
 親密な雰囲気の男女が、頬寄せ合うように近付き、互いの目を見詰めている。

 もしかしたら、男の浮気を咎めているように見えたかもしれない。
 別れ話がもつれて、女が詰め寄っているようにも見えるかもしれない。

 だが、内実はそんな艶っぽいものでは無く、そうなってもおかしくない状況の親友に対する、憤慨を表した姿だった。

「…て言っても…別に平気だし…」
「何で!?あんた達恋人同士なんでしょう!?そんな長い間話してもいないなんて、今時の中学生なら自然消滅間違い無しよ!?」
「空は自然消滅すると思うのか?」

 襟ぐりを締め上げんばかりの勢いだった空が、太一の何気無い一言でぴたりと止まる。

「………そうか、アメーバの如き粘着気質のヤマトが、二週間程度の別離で簡単に太一を手放すわけないか…」
「……仮にも人の彼氏を…アメーバ扱いするか…?」

 ふむ、と腕組みした空に、太一は引きつった笑顔を向ける。

「じゃあ、ゾウリムシ」
「………」

 どうしても単細胞生物に例えたいらしい…確かに単細胞であることは否定しないが。

「あ、分かった!」
「何が?」

 突然ぽんっと手を叩いた空に、不思議そうに問い掛ければ…彼女は全ての謎が解けたような満面笑みで振り返った。

「太一。実はヤマトのこと好きじゃないんでしょう!」

 どさり。

「あ、動揺した〜っ!ホントなんだ?」
「じゃなくて!何でそーいう結論にたどり着くんだ!?」

 鞄ごと前のめりにへこんだ太一が、立ち上がる気力も無く顔だけを上げて反論する。
 だが、そんな太一の様子も空にとっては何処吹く風で…当然のように言葉を続けた。

「だって、一緒にいなくて淋しくないなんて変よ!だから太一は別にヤマトのこと好きじゃないのよ。ヤマトがバンドしてよーが、女の子に囲まれてデレデレしてよーが、その辺で幼稚園児の三輪車にひき逃げされててもどーでもいいんでしょ?ね?」

「………」

「…ね、太一。あたしは太一の味方よ?だからあたしだけには話してくれるわよね?本当のことを…」
「………空」
「なぁに?」

 半ば目の据わりかけている太一に対し、聖母の如き微笑を浮かべて向き合う空。

「…また、頼まれたのか…?」

 ぎくり。

「…口の端が動揺してんぞ、空」
「やぁだ!太一ったらそんなこと〜〜〜………」

 明らかに強張った笑いを浮かべていた空が、ちらりと太一に視線を送る。

 ヤバイ…と思った時、空の右手が太一の左腕をがっちりと掴んだ。

「…太一」
「やだぞ」
「そんなつれないこと言わずに!」
「やなもんは、や・だ」
「泣き落とすわよ!?」
「他の誰の泣き落としに引っかかっても、空とミミちゃんの泣き落としにだけは引っかかんねーよ!付き合い長いからな!」
「太一〜〜っ」
「ダメったらダメ!」

 似たようなことが、前にもあった。

 空が断りきれないコネの方から、太一に『一度だけでいいから』とデートを申し込まれたのだ。
 太一も初めは断ったが、何せ知らぬ仲では無い幼馴染が平身低頭でする『お願い』を断りきることも出来ず、引き受けるハメになった。
 もちろん隠し事が嫌だったため、正直にヤマトには報告したのだが…それがまずかった。

 思いっきり不機嫌になるだけではなく、当日仲間達と共にあらゆる手で邪魔しまくったのだ…。

 相手は訳が分からず混乱していたが、原因を知らされることも無く…太一と一緒にいられることに舞い上がる暇すら無く、肩を落として帰って行くことになったのだ…。

 乗り気で無かった太一も、流石にあれは気の毒だった。
 そのことでヤマトと大喧嘩してしまい、続く冷戦に仲間達は慌てて平謝り…何とか仲直りした二人に、空は二度としないと約束していたのだった。
 それなのに…。

「約束は約束だろ?」
「それはそうなんだけど〜っ」
「空」
「う〜…」
「………」

 まだ諦め切れない空を、太一は静かに見つめる。

「…はぁ〜い…」
「ん」

 しゅんと肩をすくめる空に、太一は優しく笑ってその肩をぽんっと叩く。

「あ〜あ、幻のザッハトルテ〜…」
「………」

 報酬はそれかい。

 心の中で呟いただろう科白は、落胆のためかしっかりと口から出ている。
 太一は聞かなかったことにしてあげた。

「ねぇ、たーいち!」
「ん?」

 突然、空が後ろから太一に飛びついた。
 覗きこんで来た空は、太一が目を見開くほど、心配げな色を瞳に宿していた。

「…ホントに、大丈夫?」

 そこにあるのは先程までの悪戯っぽい表情では無く、紛れも無く親友の顔。

「…空」
「辛い時は、ちゃんと辛いって…言ってね?」
「ああ…サンキュ、空」

 微笑んだ太一に、空もほっとした表情を見せる。

「ヤマトは一人じゃないからな」

「…は?」

 意味ありげな視線を向けて、太一は「じゃあな」と言い残し、空と別れて家路についた。
 空は自分も帰り道を歩きながら、ふと太一と別れた後ろの路地を振り返ってみる…もちろんそこに、太一の姿は無い。
 だが…残っているのは温かな空気だけ。

 大丈夫よね?

 きっと、本当に自分の力が必要な時は、声をかけてくれる。
 今までたってそうだった。
 だからきっと…。

 大丈夫。

「また明日」

 もう見えない姿に向かって囁くと、今度こそ家に向かって歩き出した。
 明日もきっと、太一はいつも通りの笑顔を見せてくれる。

 そうじゃなかったら…ヤマトを只じゃおかないから。

 

 

 

 

 今日は両親の帰りが遅く、ヒカリも友達の家に泊まると言っていた。
 両親が遅いと知った時、ヒカリも泊まりに行くのを止めると言ったが、前々からの約束だったため「楽しんで来いよ」と、頭を撫でて送り出したのは今朝の話だ。
 ヒカリは、折角兄と二人きりでいられるチャンスに不満そうだったが、太一にそう言われては行かざるを得ない。

「………」

 人の気配の無い家は、分かっていても少し寂しい。

 太一は自分の部屋に戻ると、最近入れっぱなしになっているMDを再生して着替えを始めた。
 入っているのは五曲程度…この歌をずっとエンドレスで再生続ける。
 着替えを終え、こてんとベットに頬をつける…少し疲れたかもしれない。

 試合が近いために、いつもの朝練よりも三十分早く集合して練習。休み時間中もフォーメイションの相談やらで休む間無く、教室移動の時…ちらりと姿を見たのが最後。

 コンポから流れる歌は恋愛だか友情だか分からないような歌詞が並び、本人は悦に入って歌っているようだ。
 その様子がはっきりと浮かび、太一はくすくすと笑う。
 たまに裏方をやっている光子郎に頼んで、こっそりと録音してもらったヤマトのライブ。
 ふだんクールのふりをしているくせに、誰なんだお前はと突っ込みを入れたくなる。

 曲が変わり、恥かしいMCの後、バラード調の歌に変わる。

 じっと耳を傾けながら瞳をつむり、そっと心を解放する。
 彼がバンドをすると言った時は呆れたけれど、今はやってくれていて良かったと思う。

 確かに、女子に囲まれて突き放し切れずに曖昧な笑顔を浮かべる姿や、見知らぬ女の誘いを断れない優柔不断さには怒りよりまず、呆れた。
 冷めた目で見てやれば、顔を真っ青にして救いを求めてくる。
 勝手にしろと突き放したことは、実は一度や二度じゃ無い。
 それでも、離れられなかった。

 彼が歌を歌う。
 自分がそれを聴く。
 瞳を閉じると、傍にヤマトがいてくれるような気すらする。
 彼の声に包まれて、一人じゃないことを実感する。
 だから、寂しくは無い。

 彼の声が好きだ。
 その声が紡ぎだす歌は、気持ちいい。
 まるで、抱かれているみたいな気になる…そう言えば、彼はどんな顔をするだろう。
 絶対に、言ってなどやらないけれど。

 バラードは、大切な人に向けた綺麗で汚い心を綴った歌詞だった。

 誰のことを思って書いた?
 愛しさの溢れる、不器用な言い回し。
 あんなにも自分の心の中に入られることを拒絶していたヤマトが、こんなにもストレートに心の中を暴露するなんて、本当にどうかしたんじゃないかと思える。

 一番大切なものは手に入れたから、もう怖くないんだ。

 いつか言っていた言葉。
 自分のことだと、自惚れてもいい?
 応えは無い。
 ただ、彼の歌だけが優しく太一を包み込む。

 ぽろりと零れた涙が伝い、シーツを濡らす。

 寂しくは無い…ただ、この空間が切ないだけ。
 明日は少し、話せるだろうか。

 一人きりの部屋の中、彼はいつもこうなのだと朧気に思いながら…次第に訪れた眠気に身を任す。

 

 

 彼の歌と切なさが満ちる中、小さくメールの受信音が響いた。
 太一は目をこすり、起き上がってメールを開く。

 そこに書かれてあった言葉はたった一言。

 

 彼の顔が嬉しそうに綻んだのは、本当に久しぶりのことだった。

 



おわり


 ヤマ×太原稿の修羅場中、差し入れられた
 ヤマトの歌だけは聴く勇気を持たなかった私
 ですが(笑)、太一さんは…?と思って出来た
 話でした。
 それにしても…最近空、出張ってるな(笑)