「あんた、ホントに大丈夫!?」
部活の帰りに、偶然かち合った大切な仲間。
「…人を化け物みたいな目で見るなよ…。しょうがないじゃん、お互い忙しかったんだから…」 ずいっと顔の前に指を突きつけられる。 「そんなに会ってないのに、何でそんな平気な顔してるの!?」 彼等の様子を見る者がいれば、恋人同士に見えたかもしれない。 もしかしたら、男の浮気を咎めているように見えたかもしれない。 だが、内実はそんな艶っぽいものでは無く、そうなってもおかしくない状況の親友に対する、憤慨を表した姿だった。 「…て言っても…別に平気だし…」 襟ぐりを締め上げんばかりの勢いだった空が、太一の何気無い一言でぴたりと止まる。 「………そうか、アメーバの如き粘着気質のヤマトが、二週間程度の別離で簡単に太一を手放すわけないか…」 ふむ、と腕組みした空に、太一は引きつった笑顔を向ける。 「じゃあ、ゾウリムシ」 どうしても単細胞生物に例えたいらしい…確かに単細胞であることは否定しないが。 「あ、分かった!」 突然ぽんっと手を叩いた空に、不思議そうに問い掛ければ…彼女は全ての謎が解けたような満面笑みで振り返った。 「太一。実はヤマトのこと好きじゃないんでしょう!」 どさり。 「あ、動揺した〜っ!ホントなんだ?」 鞄ごと前のめりにへこんだ太一が、立ち上がる気力も無く顔だけを上げて反論する。
「だって、一緒にいなくて淋しくないなんて変よ!だから太一は別にヤマトのこと好きじゃないのよ。ヤマトがバンドしてよーが、女の子に囲まれてデレデレしてよーが、その辺で幼稚園児の三輪車にひき逃げされててもどーでもいいんでしょ?ね?」 「………」 「…ね、太一。あたしは太一の味方よ?だからあたしだけには話してくれるわよね?本当のことを…」 半ば目の据わりかけている太一に対し、聖母の如き微笑を浮かべて向き合う空。 「…また、頼まれたのか…?」 ぎくり。 「…口の端が動揺してんぞ、空」 明らかに強張った笑いを浮かべていた空が、ちらりと太一に視線を送る。 ヤバイ…と思った時、空の右手が太一の左腕をがっちりと掴んだ。 「…太一」 似たようなことが、前にもあった。 空が断りきれないコネの方から、太一に『一度だけでいいから』とデートを申し込まれたのだ。 思いっきり不機嫌になるだけではなく、当日仲間達と共にあらゆる手で邪魔しまくったのだ…。 相手は訳が分からず混乱していたが、原因を知らされることも無く…太一と一緒にいられることに舞い上がる暇すら無く、肩を落として帰って行くことになったのだ…。 乗り気で無かった太一も、流石にあれは気の毒だった。 「約束は約束だろ?」 まだ諦め切れない空を、太一は静かに見つめる。 「…はぁ〜い…」 しゅんと肩をすくめる空に、太一は優しく笑ってその肩をぽんっと叩く。 「あ〜あ、幻のザッハトルテ〜…」 報酬はそれかい。 心の中で呟いただろう科白は、落胆のためかしっかりと口から出ている。 「ねぇ、たーいち!」 突然、空が後ろから太一に飛びついた。 「…ホントに、大丈夫?」 そこにあるのは先程までの悪戯っぽい表情では無く、紛れも無く親友の顔。 「…空」 微笑んだ太一に、空もほっとした表情を見せる。 「ヤマトは一人じゃないからな」 「…は?」 意味ありげな視線を向けて、太一は「じゃあな」と言い残し、空と別れて家路についた。 大丈夫よね? きっと、本当に自分の力が必要な時は、声をかけてくれる。 大丈夫。 「また明日」 もう見えない姿に向かって囁くと、今度こそ家に向かって歩き出した。 そうじゃなかったら…ヤマトを只じゃおかないから。
今日は両親の帰りが遅く、ヒカリも友達の家に泊まると言っていた。 「………」 人の気配の無い家は、分かっていても少し寂しい。 太一は自分の部屋に戻ると、最近入れっぱなしになっているMDを再生して着替えを始めた。 試合が近いために、いつもの朝練よりも三十分早く集合して練習。休み時間中もフォーメイションの相談やらで休む間無く、教室移動の時…ちらりと姿を見たのが最後。 コンポから流れる歌は恋愛だか友情だか分からないような歌詞が並び、本人は悦に入って歌っているようだ。 曲が変わり、恥かしいMCの後、バラード調の歌に変わる。 じっと耳を傾けながら瞳をつむり、そっと心を解放する。 確かに、女子に囲まれて突き放し切れずに曖昧な笑顔を浮かべる姿や、見知らぬ女の誘いを断れない優柔不断さには怒りよりまず、呆れた。 彼が歌を歌う。 彼の声が好きだ。 バラードは、大切な人に向けた綺麗で汚い心を綴った歌詞だった。 誰のことを思って書いた? 一番大切なものは手に入れたから、もう怖くないんだ。 いつか言っていた言葉。 ぽろりと零れた涙が伝い、シーツを濡らす。 寂しくは無い…ただ、この空間が切ないだけ。 一人きりの部屋の中、彼はいつもこうなのだと朧気に思いながら…次第に訪れた眠気に身を任す。
彼の歌と切なさが満ちる中、小さくメールの受信音が響いた。 そこに書かれてあった言葉はたった一言。
彼の顔が嬉しそうに綻んだのは、本当に久しぶりのことだった。
おわり |