ナイショ ナイショ ナイショの話は あのねのね♪










 八神ヒカリ…八神太一の只一人の妹である少女。

 彼女が、その愛らしい微笑みの下に、常人には理解しがたい妙〜……な力を持っていることは、仲間以外にはあまり知られていない。
 だが、その彼女の兄である太一が、真実彼女の兄たる所以を知るものは……更に少ない。











 爽やかな秋晴れ。
 夏の気配もそろそろ遠のき始め、衣替えを数日後に控えたある日…真夏ならば世間では珍しくも無い話題が、自分の身に降りかかろうとは…本人で無くとも、予想だにしなかった…。

 

 

 石田ヤマトはご機嫌だった。
 最近何故か、ずっと悩まされていた半ストーカー状態の追っかけや、準ストーカー状態のFAN達にも遭遇する事無く、穏やかに日々が過ぎていたからだ。

「ヤマト…最近機嫌いいな」

 向かいでコーヒー牛乳を飲んでいた太一が、普段は見慣れぬ笑顔全開(あくまで太一から見れば…他人から見たら、その差は…さて)のヤマトを覗き込み、呆れたように囁いた。

「まーな♪実はな…」

 嬉々として訳を話し始めたヤマトに、太一は感心したように頷き、ちらりと彼の肩に目をやった。

「というわけでさ♪理由は分かんねーけど、快適なんだ♪」
「へぇ〜良かったな。大切にしろよ」

「…は?」
「いや、こっちの話」

 話がつながらず聞き返したヤマトに、太一はにっこり笑って誤魔化した。

「?…まぁ、いいか。ところで、こないだヒカリちゃんにやってもらったやつだけど」
「ああ、よく効いただろ?」
「…ああ。……でも、ヒカリちゃんって、ホント何でも出来るのな。あの力ってデジタルワールドでだけ発揮されるんじゃ無いんだな…」
「まぁな。ヒカリは普通目に見えないものと同調しやすいんだ」
「…それはともかく、助かったよ。お礼言っといてくれ」
「オッケ♪」











 話は少し前に遡る。

 まだ暑い盛りの頃…ヤマトは連日の猛暑のせいだけで無く眠れない日々を送っていた。
 どんなにクーラーを効かせても、強力な睡眠薬を飲んでも、真夜中に何かの拍子で飛び起きる…そして、それからはどんなに体が疲れていても、どんなに眠くてまどろみかけても、うとうとすることはあっても決して朝まで『眠る』ことは出来なかった。
 特に不眠症になるような理由も無く、訳も分からず精神は極限まで疲労を重ねていた。

 そんなヤマトの状態を心配した仲間達が無理矢理理由を聞き出しても、ヤマトにも分かっていないことだったので要領を得るはずも無く、何の解決も出来ぬまま、悪戯に日々は過ぎていった。

 ある日、考え込んでいた太一がヒカリを連れてヤマトの自宅を訪れた。

「あらぁ〜……」

 家の中を見回し、手を頬に当てながらヒカリが溜め息交じりに感嘆の声を零した。
 ヤマトは、家事をする気力も無く、家の中を散らかし放題にしていたことへの感想だと思い、来るなら言ってくれればと、恥かしさに頬を赤らめて太一を睨んだのだが、その先の太一の表情を見てきょとんとした。

「…分かるか?ヒカリ」
「うん、大丈夫。この程度なら問題無いわ」

 真剣そのものだった太一の問いに、ヒカリはにっこりと兄を振り返る。
 ヤマトには全く話が見えなかったが、太一のほっとしたように笑った顔に、自分まで安心した。

「ヤマトさんのお部屋…こっちですね?」
「ヤマト!入るぞ?」

 八神兄妹の声に、慌てて我に返った。

「まままっ待て!最近全然掃除してねーんだよ!!」
「そんな場合じゃ無いだろう!?」
「そうですよヤマトさん。ちゃんと眠れるようになったら、いくらでも掃除出来ますから」
「そーだぞヤマト。じゃぁ、入るからな?」

 息ぴったりの八神兄妹に逆らえるはずも無く、連日の寝不足もたたって反応の遅れた体は、太一が扉を開けるのに一瞬以上届かなかった。

「………………」

 八神兄妹はゆっくりと後ろのヤマトを振り返る。
 彼は、顔を上げられないのか上げないだけか、床に突っ伏してしくしくと泣いていた。

「……お兄ちゃん、このままじゃ何も出来ないから、掃除してあげたら?」
「そーだな……ヒカリも手伝えよ」
「いいけど…私が見たら、まずいものとかあるんじゃない?」

 まさに足の踏み場も無いといった感じのヤマトの部屋を前に立ち往生を余儀なくされた兄妹は、部屋の主を無視して勝手に話を進めていく。
 最後の言葉はこっそりと、兄にだけ聞こえるように言ったのはヒカリの心遣いだったのが、部屋の惨状にすっかり呆れてしまっていた兄は、事も無くそれを一刀両断してしまう。

「あったって構うもんか。ヒカリは言いふらしたりしないだろ?」
「それはもちろん。…じゃぁやっちゃおーか」
「そーしてくれ。オレ一人の手にゃ余る…ヤマト!いつまでんなトコ転がってるんだよ。邪魔だからソファで死んでろ」

 あまりに有り難い言葉に涙は止まらず、ヤマトはずるずるとソファにのぼり、ごろんと寝っ転がった。
 気分は『どーとなと、好きにしてくれ…(泣)』だ。

 ふと、目の上に冷たいタオルが乗せられた。

「…オレらが掃除してる間、寝れるなら寝とけ。ここにはオレ達しかいないし、オレ達がいるから…」

 どこか意味深な科白だな…と、ぼんやりした頭のすみで思ったが、タオルの冷たさが心地良く…普段は感じられない人の気配にも何となく安心して、いつの間にかヤマトは眠ってしまっていた。










 カタン…という微かな音に意識を呼び戻され、タオルがずり落ちた感触で目が覚めた。

「あ、ヤマトさん起きました?」

 見ると、自分が横たわっていたソファのそばにるテーブルの上に、ヒカリが小さなろうそくを灯している所だった。

「ヒカリちゃん…それ……?」
「いい香りだろ?ヒカリのお手製だ♪」
「…太一…」

 まだぼんやりとしている頭に、柑橘系のいい香りが届く。
 ずいぶんと熟睡していたようだと、他人事のように思う…そんなヤマトの額を前髪をかきあげて、太一がにっこりと笑った。

「…今日からは安眠出来るからな♪」
「…は?」
「それじゃぁ、ちょっと部屋の方に来てもらえますか?説明したいこともあるので」
「…へ?」

 促されて立ち上がると、ヤマトの部屋の方からもいい香りが漂ってくるのを感じた。

「…これも?」
「そうです。香りきつくないですか?」
「いや、いい匂いだけど…アロマセラピーとかってやつ?」
「いいえ、邪霊避けです」

「……は?」

 納得しかけていた頭に、あっさりと爆弾発言が落下した。

「ヤマトさん。最近振った女性の中で、その人に想いを寄せている男性がいて、その男性の方から八つ当たりとかされたことありませんでした?」
「え!?」
「それで、その八つ当たりされてる最中に問題の女性とその友人達が遭遇してしまい、その男性を寄って集っていじめたりしたことって無かったですか?」
「なっ、なんでそれをっっ!?」
「やっぱり…」

 ふぅ…と溜め息をつき合う八神兄妹とは反対に、パニック絶好調のヤマト。

「結論から言います。原因はその男性の生魑魅…生霊のせいです」

「…………は?」

「まぁ、本人が生霊を飛ばしていることについては自覚無しな線が強いですけど…ヤマトさん、よっぽど男性陣に恨みを買っているみたいで、その想いを吸収しちゃって必要以上に肥大してましたから…災難だったとしか言いようがありませんね」
「だけど、もうその生霊も入って来れないんだろ?」
「うん。要所鬼門に結界を張っておいたから。あ、ヤマトさん、これを朝と夕方の二回灯して家中に香りが行き渡るようにして下さい」
「な…なんで??」
「これが結界の強度を維持させますから。すぐ元凶の方に術返ししても良かったんですけど、生霊の力の方が彼が放った時よりも大きくなっちゃってる上に、術返しって術本来の力の数倍にして返しちゃいますから、向こうの被害甚大なんですよ。下手すると命を落としかねませんから、お仕置きだけで許してやって下さい」
「お…お仕置き!?」
「はい。生霊がここの結界に触れる度に、あちら側が悪夢を見るようトラップをかけました。このろうそくが無くなる頃には、無意識に生霊を放つ気力も、誰かさんに向けてた恋心も、ヤマトさんへの逆恨みの心も、悪夢に脅えて綺麗さっぱり無くなっているでしょうから、もう危険はありません」
「よかったな、ヤマトv今日からはゆっくり寝てくれv」

 にっこり微笑んだ八神兄妹。
 ヤマトは完全に話しについて行き損なってしまい、質問する間も無く頷いただけだった。

「それじゃぁ、ヤマト。また明日な♪」
「おやすみなさい、ヤマトさん♪」

 受け取ったキャンドルを片手に出て行く兄妹を呆然と見送った後、ふらりとキッチンに立ち寄り、彼等が掃除だけでは無く、温めて食べるだけになっている夕食まで作り置きして行ってくれたことに気づいた。
 ご丁寧に書置きと、彼の父親の分まである。

 『どーせろくな物食べてないと思って、勝手に冷蔵庫漁らせてもらった。どんなに眠くても食ってから寝ること!いいな!?』
 『お礼は今度のライブチケットでいいですヨvお兄ちゃんと二人分お願いしますネv』

 読み終えて、あたたかい気分になる。
 自分を思ってくれる、優しい気遣いが嬉しい。
 話の内容はよく分からなかったし、もしかとたら単なる気休めなのかもしれないけれど、デジタルワールドで何度も見た、不思議な力を持ったヒカリの言うことなら、信じてもいいかもしれない。
 太一の態度のせいもあるかもしれないが、怖いとは思わないし、ありがたい気持ちの方が数段強かった。

 とりあえず、ご飯を食べる前に貰ったキャンドルを部屋に置いておこうと扉を開け、綺麗に片付いた部屋に苦笑をもらした。
 腐海一歩手前だったのに、よくぞここまで…。
 少し寝れたおかげか、すっきりした頭で部屋の中を見回し…硬直した。

 ベランダも無い、窓の向こう側からつけられただろう…手形。

 そこには、確かに、自分を見ていた、何かが…いたのかも…しれない。

 ヤマトは嫌な汗が大量に背中を伝うのを感じながら、先程ヒカリからもらったキャンドルに、狂ったように火を付けまくり、うちわで家中に匂いを送りまくった。
 その後、久しぶりに帰宅した父が、家中に充満している香りと、血走った瞳でうちわを持って踊っている(ように父には見えた)息子を見て、パニックになったのは言うまでも無い。

 翌日、教室で太一を出迎えたヤマトは、土下座しそうな勢いで八神ヒカリ特製キャンドルの追加をお願いした。
 そして、彼が不眠に悩まされることは無くなったのだった。










「だけどさ、太一。ヒカリちゃんがあれだけ色んな力持ってるのに、お前はいたって普通なのな」
「え…?」

 あはは〜と笑ったヤマトに、太一が一瞬不思議そうな瞳を向けた。
 それは本当に一瞬のことだったが、ヤマトははっきりと見てしまっていた。

「………太一?」
「ん?なんだ?」

 にっこりと笑う太一。
 その笑顔が誤魔化す時特有の顔であることを、長い付き合いの中でヤマトは知っていた。

「…まさか、…お前も……?」
「え?」

 聞こえなかったふりをする。

「『え?』じゃね――っ!太一お前もか!?お前もなのか!?」
「あはは。ヤマト何言ってんだか分かんねーぞぉ♪」
「黙れ、昼行灯!そーだよ、何で気づかなかったんだ!?お前は『八神ヒカリ』の兄貴だもんな!『普通』のわけ無かったんだよ!!」
「恩人に対してすげー言い草だなぁ、ヤマト」

 相変わらず笑っている太一の胸倉を掴んでつめよる。

「…言え。お前はいったい何が出来る…?」
「んな真剣になるなよ。大した事は出来ねーよ」
「大したことじゃ無きゃ出来るってことだな!?」
「言葉尻を取るなって♪」
「え――い、オレをからかって楽しむな!!」

 叫んだヤマトに被さるように太一が爆笑した。
 本当に楽しんでいるのが分かるだけに、悔しい。
 この男は人を自分のペースに乗せるのが、本当に上手いのだ。

「分かった、分かったって。拗ねるなよヤマト。…そーだなぁ〜」

 まだ目じりに涙をにじませながら、太一がヤマトの肩に手を置いた。

「…こいつを撫でてやること位は…出来るかな」

 一癖ある笑顔から、腕を伝って彼の指先に視線を移す。
 彼の手は、彼の肩の上にある…だが、その手の平は宙をかいているようにしか見えない。

「たっ……太一……?おっオレの、かっ、肩のうっえっに……何か………い、いる……のか?」

 ごくんっと喉が鳴った。

「ああ。ここんトコずっと、こいつがお前を…」
「いい!言うな!皆まで言ってくれるな!!」
「…言えって言ったり、言うなって言ったり自分勝手な奴だな〜」
「そぉんなことより!オレの質問にだけ答えてくれ!オレの肩に何かがいると仮定しよう!」
「いや、仮定じゃなくて…」
「とーにかく!それがいるとして、お前は『それ』が取れるのか?」
「は?取ろーと思や取れるけど…」
「じゃぁ取ってくれ!今!直ぐに!一刻も早くっっ!!」
「でも、ヤマト。これは…」
「いぃ〜から、頼むっっ!!」

 つい先日、あるはずも無い手形を見てしまった時の恐怖が甦る。
 そして、目の前の友人なら、出来ることなら必ず自分を助けてくれるという確信もあった…それ故に、恥も外聞も無く平身低頭して頼み込んだ。
 程なくして、ふぅ…と溜め息が聞こえた。

「…本当に、いいのか?」
「ああ!」
「後悔しないな?」
「もちろん!」

 この恐怖から介抱してもらえるというのに、何を後悔することがあるというのだろう。
 ヤマトは一も二も無く頷いた。
 太一は、ヤマトの瞳を見つめると少し困ったようにもう一度溜め息をついてから、ふいっと彼の肩に手を伸ばした。
 そして、彼の手が確かな重量を乗せた動きで離れて行くのを…ヤマトは見た。

「まぁ、いいけど。オレは小学校の方顔出しするけど、ヤマトは何か用があるんだろう?」

 手の上に乗っている『何か』を、太一は頓着無さげに自分の肩に置く仕草をして言った。

「あ、ああ。だけど、すぐ終わると思うから後でオレも顔出すよ」
「そっか、タケルが喜ぶな。早く来てやれよ?」
「おう」

 太一のあまりの自然な仕草にヤマトはほんの少しだけ首を傾げたが、安堵感の方が強く支配していた。

「太一さん!お待たせしました、行きましょう!」
「おう、光子郎!じゃぁな、ヤマト」
「ああ、後でな」

 タイミング良く光子郎が扉を開けて入って来た。
 彼を笑顔で迎えて、身軽く席を立った太一を呼び止める。

「…無理言って悪かったな…サンキュ…」

 礼を言ったヤマトに対し、太一は少し笑っただけで、光子郎と一緒に出て行ってしまった。














 バンドのことでちょっとしたミーティングだけのはずだったのに、何故かそのことが校内の性質の悪いFAN達に知られていたらしく、彼女等に邪魔され思いの他時間を食ってしまった。
 急ぎ足で小学校に向かおうと、校門を踏み出しかけた所を女生徒に呼び止められ…告白された。
 顔も知らないような相手だったので、あっさり断ると…延々二十分近く泣かれ、その場を離れることが出来なかった。
 そして、あの角を曲がれば目的地…という所で、黄色い悲鳴と共に指差され、それが追っかけの中に見た顔だったことを思い出す。

 目的地と反対方向に逃げながら、ヤマトの頭は疑問符でいっぱいになっていた。

「何でだぁ〜〜っっ!???」

 叫んでも帰ってくるのは、黄色い意味不明の悲鳴だけだった…。









 息も絶え絶えに何とか追っかけを撒いて小学校の玄関に辿り着くと、体力はほとんど残っていなかった。
 空も夕暮れがかり、秋の風は火照った体に気持ち良かった…が、このまま放置すると風邪をひくのは火を見るよりも明らかだ。

「あれ?お兄ちゃん?」

 見上げると、弟とその仲間達が階段を下りてくる所だった。

「よ…よぉ…」
「ヤマトさん!?今日はもう来ないかと思ってましたよ〜?」
「…随分疲れているようですが…」
「何かあったんですか?」

 口々に声をかけてくる後輩達に、笑いかける力も無い。

「…お前ら…」
「あ、オレ達は今デジタルワールドから帰って来た所ですvガブモンも会いたがってましたよ?」

 へたり込んでいるヤマトの視線に合わせるように、子供達はヤマトの周りに座り込む。
 額から流れる汗を、タケルが呆れた表情を隠しもせず吹いてやる。

「そうか…あれ?…太一は?」
「お兄ちゃんは藤山先生と話をしてます。…ところでヤマトさん…肩のチビちゃんはどうしたんですか?」

 ヤマトの眉が、ぴくりと反応する。

「…ヒカリちゃんにも見えてたのか?」
「もちろんです。お兄ちゃんも知ってましたよ?」
「そ、そうか…実はさっき、太一に取ってもらったんだ」
「お兄ちゃんに…?」

 考え込むような表情をするヒカリの周りで、他の子供達は不思議そうに顔を見合わせる。

「ヤマトさん。お兄ちゃん何か言ってませんでした?」
「え?あ…『後悔するな』とか言ってたけど…」
「やっぱり…」

 溜め息をつくヒカリに、ヤマトは不安になる。
 あれだけ頼んで取ってもらった『もの』なのに、彼女の言葉はまるで最後の審判のように心を揺さぶる。

「…言い難いんですけど、あれは取らない方が良かったです」
「なっなんで!?」
「実は、とても珍しいんですけど、あれは『女難』とか『水難』とか『難』を呼ぶものを食べてくれるものなんです…ヤマトさん、最近身の回りが静かだな〜とか感じること無かったですか?」
「そ、それは…」

 思い当たることが山とある…ほんの数時間前、太一に『それ』を取ってもらう前までは、身辺の静かさにご機嫌だった自分。
 そして、取ってもらった後の打って変わった災難の数々…。

「たっ、太一!太一が自分の肩に乗せて行ったんだ!たぶんだけど!今からでも返してもらえば…!」
「お兄ちゃんが…?…でも、お兄ちゃんにそんなの憑いてたかな…?」

 後半は独り言だか、ヤマトの耳にはしっかり入っている。
 絶望的な気分に襲われた時、階段の上から耳慣れた声が届いた。

「お待たせ〜♪あ、ヤマト。やっと来たのか?」
「太一〜〜〜〜っっ!!」

 走り寄る気力は無いため、ただ震える腕を出来る限り伸ばしているだけなのだが、本人必死のため、周りは状況が分からなくても面白い。

「何だヤマト?デジモンにでも襲われたか?」
「デジモンに襲われた方が攻撃出来る分まだマシだっ!」
「じゃぁ、FANに追っかけ回されたか?」
「そのとーりだよ、ちくしょう!それより太一!さっきの!さっき取ってもらったやつ!」

 間近で繰り広げられる息ぴったりの漫才。
 普段すかしているだけに、余計笑える。

「何だよ、後悔しねぇって言ったじゃん」
「前言撤回だ!後悔した!後悔したとも!オレが後悔することなんて、もう珍しくも無いだろーが!」
「そりゃそーだけど、たまには男らしく言ったことは貫いてみせるとか…」
「そんなもん、事と次第によるわっ!まだ持ってんだろ、あれっ!?」

 今にも泣き出しそうなヤマトに、太一が気の毒そうに言った。

「…あれはな、『難』を好物としている貴重種だから、大した『難』も持ってないオレの所に、いつまでもいたりしねーよ…」

 話の内容は分からないまでも、太一がヤマトの希望を打ち砕いたのはヤマトの表情を見れば一目瞭然だった。
 次どうなるのか、子供達は期待に溢れた瞳を彼等に向ける…この状況を楽しんでいることは間違い無い。

「…が、ヤマトがそー言うと思って、説得して残って頂いておいたぞv」

 にっこりと見えない何かを取り出し、意地の悪い瞳が煌めいた。
 石化したヤマトの魔法が次第に解けて、顔が真っ赤に染まる。

「てっっ…んめぇ〜〜……!」
「あ、そーいう言い方すると、憑け直してやんないぞv」
「〜〜〜〜っっ!!」

 絶句して拳を振るわせる彼に、同情的な視線を向ける者はいても、味方はいない…。

「…お兄ちゃん。よく分かんないけど、素直に『お願いします』って言った方がいいと思うよ?」

 実の弟でさえこうだ。
 彼は脱力して呟いた。

「……お願いします」
「ほいよ♪」

 その瞬間…首筋をざわりとしたものが過ぎたのを感じたが、気色悪いとは思わなかった。
 もともと太一に無理矢理取らせたのは自分だし、『それ』のくれた恩恵を無にしたのも自分だった…そのお礼と言っては何ですが、どんっどん『難』を食べて下さいませと祈らずにはいられなかった。

「つまり、太一さん。お兄ちゃんに『何か』が憑いてて、それは別に害になるものじゃ無いってことですね?」

 話の内容を、詳細は分からずとも整理したタケルが振り返って言った。

「まーな。ヤマト怖がりだから♪」
「へぇ♪どんなのが憑いてるんですか?」

 興味津々といった様子の京…知りたがり一代目光子郎と、二代目伊織、そして好奇心旺盛な大輔も期待に染まった瞳を向けている。

「簡単に言うと、動物霊みたいなものよね?」
「…動物霊って、人間に祟るんじゃないんですか?」

 素朴な疑問を口にした光子郎の言葉に、ヤマトがひくりと反応する。

「普通はな。それがあれの珍しいトコだけど、動物っぽい外見をしてるだけで、普通の動物霊とは違うんだろーなぁ」
「そうねえ…見たことない形だし」
「へぇ〜、どんな外見なんですか?」

 八神兄妹は互いを見つめて、にっこりと笑った。

「そーだな。オーガモンとホエーモンを足した感じかな?」
「あら、目の辺りはピッコロモンに似てない?」
「そうそう♪口元はヴァンデモンだな♪」
「色はミノタルモンとゴツモンとプニモンに…」
「レアモンとゲソモンを重ねた感じかな!」
「そう!そんな感じv」

 嬉々として語り合う八神兄妹の言葉に、子供達は途中で想像するのを止めた。
 出来上がり予想図は…きっと夢見が悪くなる…。

「だから!オレをからかうのがそんなに好きかっ!?」

 ヤマトのマジ切れ寸前の叫びに、楽しげな笑い声だけが廊下に響いて消えていった。
 一つだけ分かったのは、『八神太一』は、間違い無く『八神ヒカリ』の兄だということだろうか…。













 翌朝…石田ヤマトはまどろみの中、愛らしい姿の生き物の、可愛らしい声を聞いた……気がした。







 

おわり

 ちょっとヤマトをいじめてみたかっただけだった
 んですけどね…(笑)
 それなりに楽しかったけれど、次の話ではまた、
 違う角度からヤマトをいじめてみようかな(笑)
 幸せは遠いね…(笑)