最大の敵だと思っていたヴァンデモンを何とか倒し、八人になった『選ばれし子供達』は、真の敵…ダークマスターズと戦うためにデジタルワールドに戻って来た。

 彼等と、彼等の愛する者達の住む世界を護るために…。

 

 

 

「あ〜疲れた〜…」

 真実疲れ切った声音と共に、子供達は次々とその場に座り込む。

「ここまで来れば、とりあえずは大丈夫かな?」
「そうですね、今日は運良く途中ワープゾーンをくぐれましたから、いくらダークマスターズでも直ぐには僕達を見つけることは出来ないでしょう」
「だといいんだけど…」

 度重なる襲撃を迎え撃ち、何とか逃げ延びて人目に付かなさそうなこの洞窟を偶然見つけれたのは運が良かった。
 それでも、どうやってか自分達を見つけ出しては攻撃してくるダークマスターズ…今は逃げ切れたようだけれど、子供達の表情は決して明るくは無かった。

「タケル…大丈夫か?」
「うん…でも僕、おなかすいた〜…」
「あたしも〜…」

 そういえば、今日は昼前に襲撃されてからずっと防戦一方で、朝食べてから何も口にしていなかったことを思い出した。

「あ、ボクごはん探して来るよ〜」
「おい、アグモン大丈夫か?お前ずっと戦いづめだったのに…」
「大丈夫だよ〜、遠くには行かないし。太一達はここで休んでて〜」

 軽く腰を上げたアグモンに、太一が心配そうに声をかけたが、そのパートナーそっくりの笑顔でやんわりと制されてしまった。
 無理はしているだろうけれど、本当に無理なことは言わない。
 それはパートナーである自分が一番よく知っている…だから、太一が止めても『大丈夫』と言うのなら、本当にその程度の余力は残っているということなのだろう。

「…分かった。それじゃ、悪いけど頼むな」
「うん、まかせて〜!」

「あ、私も行く!」
「アグモン達だけじゃ危ないよ!ぼくも行くよ!いい?ヤマト」
「あ…ああ、頼む」

 さっさと飛び出して行ってしまったアグモンとテイルモンの後を、急いでガブモンを追う。
 他のデジモン達は、先程までの戦いでエネルギーを使いきり、幼年期になってそれぞれのパートナーの腕の中で休んでいる。

「ヒカリ、どうした?」

 ふと、太一の声に最近仲間になったばかりの少女に視線が集まる。
 自分達はまだ、戦闘経験もそれなりに積み、自分達で考えて選択し、この世界に戻って来た。
 だが彼女は、実の兄が『選ばれし子供』だったこともあって、半ば強制的に…成り行きに流されるようにこの世界に来てしまったような気がしていた。
 確かに、彼等とて望んで『選ばれた』わけでは無いが、それでも、現在の敵の強さは半端では無く…こちらに来て初めての敵が奴等だと思うと、ついつい同情的な視線を向けてしまう。

 だが、当の本人はすっかりこの逃亡生活にも慣れ、太一の側を離れないのは心細いからでは無いということに、気づいている者は少ない。

「お兄ちゃん…ヒカリお風呂入りたい…」

 自分の服を摘みながら、悲しそうにヒカリが太一の服を引っ張った。
 そうそう、自分達もここに来たばかりの時は着替えられない服や、まとわりつく汗の臭いが気になって気になって…多少の懐かしさを遠い目の中に混ぜながら思い返す。
 誰もが通る道…と、訳知り顔で頷く面々。

「そうだな〜、今日は随分走り回ったからなぁ〜…あ、光子郎」
「え!?…はい!?」

 自分の世界に入りかけていた光子郎に、太一の声が一拍置いてから一応届いた。
 そんなパートナーの二の腕を、モチモンが溜め息混じりにぽんっと叩いた。

「何でしょう、太一さん?」
「ああ。そーいやさっき、こっち逃げて来る時に川があったよな?」

 言われて思い出す。
 洞窟を見つけるほんの少し前、川のせせらぎを確かに聞いた。

「あ…はい。ありましたね、そういえば…」
「それって確か、ここから十Mも離れてなかったよな?」
「はい。すぐそこだったと思います」
「よし♪」

 何となく言いたいことが分かって太一を見ると、彼は晴れ晴れとした顔で妹の頭にぽんっと手を乗せた。

「ヒカリ、兄ちゃんと川で水浴びするか?」
「うん!」

 全員の度肝を抜いたこの科白に、ヒカリは嬉しそうに頷いている。
 
自分達に「一緒に行ってくれ」という言葉が来るだろうと思い、腰を浮かしかけていた空とミミが尻餅をついた。

 

 ちょっと待て!

 

 疾風のようなチームワークで、男組が太一を引き寄せて小声で詰め寄った。

「何考えてんだよ、太一!?」
「はぁ!?」

 わけの分からない太一は、素っ頓狂な声を上げる。

「はぁ?じゃねーよ!ヒカリちゃんは女の子なんだぞ!?」

 うんうん、と左右で頷き合う丈と光子郎を従えてヤマトが力説する…それに太一は呆れたような、不思議そうな顔で見つめ返してこう言った。

「当たり前じゃん…『妹』なんだから…」

 それとも、お前等には『男』に見えるのか?とでも言いたげな太一。
 思わずフリーズしてしまった男共に背を向けてヒカリの元に戻ろうとした太一だったが、女性陣がすかさず間に割って入った。

「ねぇ、ヒカリちゃん!ここはやっぱり私達と一緒に行かない?」
「そうそう、女の子は女の子同士ってネv」

 にこやかな笑顔を貼り付けたお姉さん達に、ヒカリは一瞬きょとんとしたが、これまた兄とそっくりな表情を浮かべてこう言った。

「空さん…髪の毛洗ってくれる?」

「………かみ…の、毛……?」
「うん」

 

「………洗えない…」

 

 たっぷり空いた間の後に、ぽつりと空が呟いた。

「ヒカリ〜、行くぞ〜」
「うん♪」

 固まっている仲間達を尻目に、八神兄妹は仲良く手を繋いで洞窟を出て行った。

 

「……何で、止めないんだよ…」
「仕方無いでしょ…人の髪の毛なんて洗ったことないもん…」

 この場にいる者は、皆一人っ子か末っ子ばかり…例外はヤマトだが、彼も両親の離婚から四年がたち、弟と一緒に風呂に入っていたのは遥かな昔の記憶になっている。

「だからって、いくら兄妹でも!」
「だったらヤマトが止めなさいよ!自分だって出来なかったくせに!」
「シャンプーもリンスも無いのに何が怖いんだよ!?」
「あんなちっちゃい子なのよ!?理屈無しに怖いに決まってるじゃない!」

 言い争いを始めたヤマトと空を止める気力も無く、丈と光子郎とミミの三人は、三者三様の溜め息を零した。

「…太一って、やっぱ何か、よく分かんないけど、すごいよね…」

「太一さん…家でもヒカリさんとお風呂に入ったりしてるんですよね…やっぱり…」

「いいなぁ〜ヒカリちゃん〜っ!私も太一さんみたいなお兄さん欲しい〜っっv」

 ミミの言葉は、ただでさえ脱力している二人に追い討ちをかけるには充分で…二人は声も無く地面と仲良しにならざるを得なかった。

 洞窟の外からは、水浴びする八神兄妹の楽しげな笑い声がする。
 洞窟の中では、言い争いが日頃の鬱憤まで及び、ますますヒートアップする二人と、背中を合わせることで何とか座り、力無い笑いを浮かべている二人、そして非現実世界から更に夢見る世界へと旅立とうとしている者一人。
 デジモン達は、そんな彼らを静かに見つめていたり、無視して眠っていたり、ただ疲れて口を挟めないだけだったり…。

 そんな彼らを不思議そうに見つめ、自分のパートナーを抱きかかえながらタケルは…おなかすいたなぁ〜と、アグモン達の帰りを待っていた。

 

 

 

 

 時は移って三年後。

 新たな敵と共に新しい『選ばれし子供』達も選出され、戦いは小康状態のまま一見穏やかに過ぎていた。
 『選ばれし子供』の総司令本部となったお台場小学校のパソコンルーム…一台のパソコンのキーを叩く軽快な音が響いていた。

 委員会で遅れているらしい大輔・京・伊織を待って、光子郎は自分が組んだ新しいプログラムを入力していた。
 その隣では、タケルがその様子を半ば感嘆した瞳を向けながら、つらつらと昔話に耽っていた。

「ああ〜、ありましたねぇ、そんなことも…でも、いきなりどうしたんです?タケル君」

 タケルの話に相槌を打ちながら、懐かしそうに光子郎が笑った。
 反対に、タケルは深〜い溜め息をついて声を潜めた。

「いきなりって訳じゃ無いんですけど、思い出しちゃって…。あの時のお兄ちゃんと同じ年になったせいか、お兄ちゃん達がうろたえた理由も、今なら分かりますしね」
「あはは。そういえば、タケル君も不思議そうにしてましたもんねぇ」
「……それで、光子郎さん」
「はい?」

 ちらり、と窓際に視線を向けて、一層声を低くして頭を寄せた。

「…今でも、太一さんとヒカリちゃんって…一緒にお風呂に入っているんでしょうか…?」

 P―――――――――――!

 思いっきり関係ないキーを押してしまい、パソコンが非難の悲鳴を上げる。

「何だ!?大丈夫か、光子郎!?」
「だっ大丈夫です!何でもありませんから、気にしないで下さい!」
「そ…そうか…?」
「はい!」

 窓際で座っていた太一が驚いて声を上げたが、それ以上に裏返っている光子郎の方が吃驚していた。
 あからさまに不審な光子郎だったが、太一は深く突っ込まずに放っておいてくれた。
 視線を戻した太一に、光子郎はほっと息をついてタケルを伺うと、彼はすまなそうに苦笑しながら両手を会わせている。

「……何だって突然、そんなこと言い出したんですか?」

 溜め息混じりの光子郎の科白に、タケルは乾いた笑いを漏らす。

「突然っていうか、あれを見て…」

 タケルの視線を追ってそちらに目を向ける。
 その目に映ったのは…小学生用の、彼には少し小さな椅子に浅く座り、ゆったりと窓枠に肘を付いてもたれかかっている太一の膝の上に、当然のようにちょこんと座り微笑んでいるヒカリの姿…。

 意識して見ていなかっただけに、思わず目が点。

 彼女のバランスを支えるように、腰にはさり気無く腕が回され、調度目線が同じになった二人が何かの拍子に笑い合ったりすると…前髪が触れる所まで接近する。
 二人の仲を知らなければ、恋人同士と誤解してもおかしくないほどの親密ぶり…。
 世間一般の兄妹はこうなのか!?

「…………」
「…どう思います?」

 困惑したようなタケルの声。
 無理も無い…光子郎とてはっきりと否定出来る材料を持ち合わせていない。それ所か、肯定してしまえそうなものなら山ほどある。
 だがしかし!

 ふと、彼等を見つめていた視線に気づいたのか、それとも只の偶然か…八神兄妹が示し合わせたように振り返った。
 心臓が大きく震えるのを感じたが、何も言葉は出て来ない。

 探るでも無く、いぶかしむでも無い二つの視線が、動揺指数85%の視線と交差する。
 そして…。

 八神兄妹は何を言うでも無く、にっこりと微笑んで視線を外した。

「……光子郎さん…」
「…はい、…何ですか?」
「今の……どういう意味だと思います…?」
「……僕に聞かないで下さいよ……」

 まぁ、いいか…と思う。

 謎が謎を呼ぶ、神秘と混沌の世界『デジタルワールド』、そこは大いに光子郎の知識欲を掻き立て、かつ、満足させてくれる。
 だが、そこで得た大切な仲間達の中でも一際特別な二人は、『デジタルワールド』よりも謎だった。

 信頼しているし、誰よりも頼りにしている。
 その人柄には惹かれずにはおれない…たが、どんなに近付いても謎は埋まらない。
 彼等の全てを解き明かすには、一生を費やしても足りないのかもしれない。

 望む所だ…と、光子郎は思う。

 それは、どんな形であれ自分が一生彼等と関わっていたいと望んでいることなのだから。
 そんな彼の隣で、同じような想いを胸に晴れやかにタケルが微笑んだ。

 

 

 彼の下に人が集い、彼がいたから乗り越えられた、数々の試練。
 『依存』と人は言うかもしれない。
 それでも…。

 彼等がいてこその、自分達の存在。

 

 それが、あるべき姿。

 



おわり


 漫画ネタ第二弾(笑)
 これは結構気に入っている部類に入っていたので、
 漫画にするつもりだったのですが、登場人物があまりに
 多いので、小説化(笑)
 そして小説用にちょっとアレンジ…て、そんなの分かるのは
 自分だけっすね…(苦笑)