『選ばれし子供』の条件…それは『純粋』であると言うこと…。





 誰もが心に傷を負い、周り全てが信じられなくなる時があるというのは…存外特別なことでは無いのかもしれない。

 下を向き、膝を抱え、声を殺して泣く子供がいる。
 誰にも分かるようにあたり散らし、泣き叫ぶ子供がいる。
 全てを心の中で押し殺し、表面では平気なふりをしながら、見えない傷口から血を流し続ける子供もいる。

 誰が正しいとか、優れているとかいうことでは無い。

 ただ、その後差し出された温かな手を、信じられるか否か…その手を取れるかどうかに、分かれ道がある。
 自分に向けられる笑顔を信じられる者…それが選ばれる第一歩。

 孤独の中、人を信じられる勇気を持つ…その心の名前を『純粋』という。

 

 

 

 

 初めの『選ばれし子供』の数は八人。
 最近の歴史では、最も過酷な試練を負わされ…そして、それを見事乗り越えた者達。
 彼等は後に続く子供達の目標であり、憧れでもあった。
 彼等は、自らその旅の過酷さを吹聴することは無かったが、その眼差しや言葉使い、何よりも物事に対する姿勢が他の同じ年齢の子供達とは明らかに違って見えた。

 いるだけで安心する…そんな存在。

 そんな彼等に、『仲間』として扱ってもらえることがどんなに嬉しかったことか。
 新しい『選ばれし子供』達は、その誇りを胸に抱いて、戦場の恐怖と戦っている。

 

 

 

 

 『勇気』と『友情』の紋章のデジメンタルを継承したが、まだ何所か頼り無い所のある少年…大輔は、ウキウキとしながらパソコン教室の窓から外を眺めていた。
 教室の中には大輔の他に、ヒカリ・タケル・伊織の姿があるが、明るさがトレードマークの京の姿は無い。
 だが、それを気にした風も無く、三人は少し呆れ気味な視線を大輔の背に向けながらも、何を言うでもなくパソコンで作業をしていた。
 それというのも、実はこの三人とて、大輔ほどはっきりと表に出さないだけで、内心は彼と大差無い状態なのだ。

「太一先輩、早く来ないかな〜♪」

 鼻歌交じりに呟かれた言葉がはっきりと聞こえた三人は、思わず目を合わせてこっそりと笑い合う。
 彼等のパートナー達は、これからの一仕事に向けて栄養補給中で、周りの雑音は耳に入っていないようだ。

 今日は普段忙しくて中々会えない中学生組、太一・ヤマト・空、そして光子郎が手伝いに来てくれることになっていた。
 そのことを朝ヒカリから聞いた大輔の喜び様は並で無く、放課後になったこの時まで、ずっと浮かれ状態が続いている。

「あ、太一先輩!」
「え?来た?」

 大輔の声に、ヒカリとタケルが席を立ち窓際に駆け寄る。
 一拍遅れて、伊織も遠慮がちに顔を覗かせたが、普段あまり表情豊かでは無い彼にしては、珍しく嬉しそうに見える。

「太一センパ―――イっ!」

 窓から大きく手を振ると、下校中やクラブ中だったろう生徒達に囲まれた太一がにこやかに手を振った。
 大輔の大好きな先輩は、卒業した今も『憧れの先輩』として人気の衰える様子は無い。
 そんな彼に気安く声をかけられることが嬉しく、それを羨ましそうに見つめてくる視線に、いけないと分かっていても優越感が湧く…。

 太一の側にはヤマトと空がおり、そこから二歩ほど下がった所に光子郎と京の姿があった。
 嬉しそうに光子郎と話している京に、初めて彼女の不在に気づいた大輔が声を上げた。

「何だ、大輔君知らなかったの?京さん待ち切れないから迎えに行くって出てったじゃない」

 きょとんとした風に言いのけるタケルも、実は大輔が気づいていなかったことなど先刻承知。
 同じクラスである自分達とは違って、京と伊織は放課後になってから彼等が来ることを聞かされた。
 京はその足で「迎えに行くっ!」と叫んで出て行ってしまったのだが、舞い上がっていた大輔には聞こえていなかっただけなのだ。

「くそ――っ、オレも行けば良かった!」
「それじゃ、今からでも行く?」
「んなことしたら、かっこわりぃじゃんか!」

 本気で悔しがっている大輔の姿を微笑ましく見て、ヒカリはついっと兄の姿を追う。

 一足所か、随分先に小学校を卒業してしまった兄…もう二度と同じ学び舎で過ごすことは無いと思っていた彼と、ほんの一時とはいえ、共に過ごすことが出来る。そのために彼が扉を開ける瞬間が、ヒカリはとても好きだった。
 それは、一度とて兄と同じ学校に通ったことの無いタケルも同じらしく、京の後を追わず大人しくここで待っている。
 それでも彼等が来たと聞けば、心浮き立つのは止められない。 

 文字通り、天使のような笑顔を浮かべていた二人が、ぴくりと反応する。

 一人の可愛らしい少女が、友人に付き添われながらおずおずと進み、控えめに太一を呼び止めた。

「…………」

 その様子に、大輔は何だぁ?と能天気に声を上げたが、その横の二人の周囲は一気に気温が下がっている。賢い伊織は二歩分ほど距離を取った。
 それ以上は『誠実のデジメンタル』が邪魔をして離れられない。

 

 太一を呼び止めたものの、少女は赤くなって俯いたままだった。
 傍らの友人達も、憧れの先輩方を目の前にしてぽう…としてしまい、行動を促すことも忘れてしまっている。
 太一はヤマト達に先に行ってくれるよう言うと、少しだけ距離をおいて向かい合った。

「何?」

 溺愛する妹のため、年下には必要以上に優しくしてしまう太一は、柔らかい笑みを浮かべて少女を見つめた。
 その笑顔に目の前の少女だけでは無く、周囲の後輩達もノックアウトされてくらくらしている。

 ふと、太一は少女が握り締めている可愛らしい封筒に目を止める。

 ははぁ〜ん…

 何となく事情を察して、怖がらせないよう絶妙のタイミングで少女に近づいて囁いた。

「…それ、ヤマトにか?」

 弾かれたように顔を上げた少女に、更に優しく微笑む。

「気持ちは分かるけど、そーいうのはちゃんと本人に直接渡さないとダメだぞ。今呼んでやるからさ」
「えっ、あの…っ」

 赤いのか青いのか分からない顔色になってしまった少女の焦りを、照れていると解釈した太一がヤマトを呼びつける。
 不思議そうな顔をして歩いてくるヤマトを確認し、太一は励ますように微笑んで肩を軽く叩いた。
 つい、その流れるような仕草にうっとりとしていると、入れ替わるようにして太一に何か言われてヤマトが目の前に立つ。

「何?」

 同じ科白なのに、どうしてこんなに受ける印象が違うのだろう。
 まぁ、太一の場合は相手がどんな用件であれ、とりあえずは好意的に接してくれるので威圧感を感じ無いのだが、ヤマトは不信感を隠そうともしない。
 とはいえ、彼女が用があったのは確実に今目の前にいる男では無く、去ってしまった彼の方だった…だが、彼が自分のためを思って呼んでくれたのがヤマトであり、その善意を無にすることは、彼女にはどうしても出来なかった。

「あの…バンド活動頑張って下さい…応援してます」
「あ…ありがとう」

 突然の激励に、バンドを始めてから俄か嘘フェミになった彼は、思い出したように少し引きつった営業用スマイルを浮かべる。
 少女はその言葉にぺこりと頭を下げると、友人達と一緒に駆けて行った。
 その後姿を呆然と見送っていたヤマトに、太一の声がかかる。

「どうだった?」

 既に玄関に上がりかけていた仲間達に小走りに近付いたヤマトは小首を傾げる。

「…バンドがんばれってさ…小学生が、ライブに来てるのかな?」
「あれ〜?おかしいな、告白じゃなかったのか?」
「はあ?」

 ヤマトの呆れた声に、太一はぽりぽりと後ろ頭を掻く。
 太一は、事実に反して自分がモテるとは思っておらず、自分に用がある女の子は大体ヤマトへの橋渡しのお願いだと思し込んでいる。
 小学校時代、今よりも数倍話し掛け辛かったヤマトへの橋渡しを、数えるのもバカらしくなる位にやらされた経験の弊害だが、本人は気づく気配は無い。
 もちろん回りは気づいているが、教える気は全く無い…理由は、その方が面白いし、万が一にも他者に太一を盗られるのが嫌だから。
 その分ヤマトが問題を抱え込むが、その辺は誰も気にしない。

「太一さんって優しいんですねv」
「そうですね」

 結果がどうという所は綺麗に無視し、『女の子の気持ちを汲んで』という所のみを上げて京が言った言葉に、光子郎がにっこりと意味ありげに微笑んだ。

「ほら、ヒカリちゃん達が待ってるわ。行きましょ太一、ヤマト!」
「おう」
「光子郎〜、京ちゃ〜ん、行くぞぉ!」
「はい♪」

 込み上げる笑いを必死で押し隠し、空が促して一行は校舎に入って行った。

 

「上手いこと交わしたみたいだねv」
「ええ、流石お兄ちゃんv無意識な所がステキv」

 一部始終を上から眺めていた四人は、内二人の意味ありげな言葉に首を傾げる。

「え?何が?何の話?」
「ううん、何でもないの。気にしないで?大輔君v」
「そう、何でもないよ、大輔君v」

 先程までの重苦しいオーラを払拭して、一転して晴れやかな笑顔を向けるヒカリとタケル。
 不思議そうにしながらも、大輔の興味は長くは続かない…ガタンと立ち上がって扉に目を向ける。
 微かに届く楽しげな話声…すぐそこまで来ているであろう大好きな先輩へと意識を飛ばしてしまったからだ。

「…お二人とも、あの会話が聞こえたんですか…?」

 パソコン教室の窓から太一達の場所まで、悠に五十Mはあっただろう…張り上げれば声も届くだろうが、その意志も無く三階の教室にいて聞けるだろうか…。
 伊織の問いに、二人は曖昧な笑顔を向けるだけ。
 知りたがりの心は疼くが、世の中には知らなくても良いこともあるということを、彼は生まれて十年経たずして知っていた。

 この先は未知の領域…。

 彼が知識の蓋を閉じだ時、にこやかな声と共に扉が開いた。

「待たせたな!行こうぜ!」

「太一先輩!」
「お兄ちゃん!」

 嬉しそうな出迎えの声に、芝居がかったようにポーズを決めてみたりする。
 温かな笑いが場を埋めて、誰もがほっと息を吐く。

 彼といる時は、誰もが優しい顔をした。
 信じる勇気と、信じられる雰囲気を醸し出す。
 伝える好意に、それと同じだけの好意を返してくれる。

 人と人の心に敏感で、誰よりも純粋な心を持つ人。

 

 デジタルワールドへの扉を開き、デジヴァイスを掲げた時、妹がそっと兄に囁いた。

「お兄ちゃん、さっきの女の子どう思った?」

 既に忘れかけていた少女の話題に、一瞬きょとんとした太一だったが、すぐにふわりと笑って優しく妹の頭を撫で上げた。

「相変わらず、ヤマトはモテるよな♪」

 その言葉が聞こえた空・光子郎・タケルの三人はこっそりと忍び笑いを漏らした。

 

 

 

 どんな宝にも勝る、『純粋』という名の心。
 『純粋』の別名を、『天然』というのではないかと、仲間達は思わずにはいられなかった。






おわり


 漫画で描こうと思っていたネタだったのですが、小ネタのため、
 描く機会が無さそうなので小説としてUpしてみました(笑)
 ア○メ○ィアに載っていた『選ばれし子供』の条件を見て思い
 ついたものです。
 太一さんを賛美したかっただけ…というのもあります…(笑)