『モテル男』と言えば、まず誰もが上げる名前に『石田ヤマト』がある。




 だがこの学校では…表立って騒がれることは少ないが、その彼以上に人気があり、かつ、ある意味非常に目立つ存在がいた。
 しかし彼は、ヤマトが日に何度も告白され、辟易と憔悴する日がままあるのに比べ、自分が『モテル』という自覚すら無く、押し付けられる好意を持て余すことも無く、ごく普通に日々を送っていた。

 何故か。

 それは、学校内の影で広がった…とある選択の条件のためなのだが…その究極とも呼べる条件のため、どうしても告白を躊躇してしまうお嬢さん(もしくは息子さん)方の複雑な心境を…彼は知る善しも無い。








「八神君♪」

 聞き覚えの無い弾んだ女子の声に、ヤマトは声の主を確認するよりも前に、横を歩いていた太一の表情を見た。

「あれ?眞鍋。どうした?」

 ふわっと優しげな笑みを浮かべ、自分を呼んだ少女に向き直る太一に、ヤマトは少し嫌な予感を覚える。
 少女はその笑顔に心なしか頬を染め、親しげに自分の名を呼んでくれたことに対して嬉しさを隠し切れない様子だった。

「あのね、このプリント。八神君に渡してくれって佐山先生が」
「監督が?ああ、部活の日程表か…わざわざありがとな」

 笑顔つきで礼を言われ、少女はますます頬を染めた。
「ううん、部活頑張ってね。もうすぐ試合なんでしょ?」
「まぁな。おかげでほら、練習予定びっしりだぜ」
「やだ本当…大丈夫?」
「平気平気♪この程度でへこたれるほど、やわには出来てねーよ」

 受け取ったプリントを少女にも見せながら、二人は楽しそうに談笑している。
 そんな二人からは完全に蚊帳の外に出されてしまっているヤマトだったが、今は別のことが気になっているようで、落ち着き無く目が泳いでいた。
 そして、そんな彼らを見つめる複数の視線があったが、その視線にも、そこに込められている多種多様な複雑な感情にも、三人は誰一人気づいてはいない…たぶん。

「じゃぁ、試合に応援に行ってもいいの?」
「確か部外者も入れたし、大丈夫だと思うぜ?」
「ありがとう!皆誘って行くから、頑張ってね!」
「ああ、サンキュー」

 嬉しそうに手を振って去って行く少女を見送って、太一は向きを変えて歩き出す。

「ヤマト、行こーぜ」

 廊下の端で、かすかに黄色い声が上がったが、太一は気にしていないのか反応しない…逆にヤマトは聞こえなかったフリをした。

 彼女に会う前と後と、何事も無かったような太一の態度。
 だが、ヤマトは彼女のことを知らない。

「……なぁ、太一。…あの子誰だ?お前の知り合いにいたか?」

 不審そうに眉を寄せ、小声で聞いてきたヤマトに、太一は初めきょとんとしたが、すぐにああと頷いた。

「昨日帰りにさ、友達になってくれって言われたんだ。んで、今日からダチになった。…確か、クラスはヤマトの隣とか言ってたかな?」

 さらりと言われた科白に、ヤマトは太一に気づかれないようにそっとため息を零した。



 ある日突然太一に友人が増える。



 はっきり言ってこんなことは珍しくない…いや、それ所かしょっちゅうだった。
 太一を慕う女子の間で密かに広められている、ある選択…。
 それを知った時、ヤマトは人知れず大きなため息を零した。

 それは、部活と友達が大事だから『彼女』は作らないと公言している太一に、『ダメで元々、いちかばちかの告白であわよくば彼女の座をゲット!』か、『初めから諦めて、友達で我慢』というものだった。
 普通に考えれば、例えその可能性が虫ピンの先ほども無くても『あわよくばの告白』を選ぶ者の方が多そうなものだが、いかんせん…後者の『友達で我慢』の方には…告白に挑もうとする者達の心を揺るがせる大いなる特典がついていたのだ。

『八神太一に友達として笑いかけてもらえること』…だった。

 太一は『友達の好き』と『恋愛の好き』を、それはもう見事なほどにきっぱりと分ける所があった。
 それ故に、『付き合って下さい』と言ってくる者に対してははっきりと断ってそれでサヨナラなのだが…『友達になって下さい』という申し込みに対しては…あっさりOKを出すだけでは無く、笑顔で簡単な自己紹介の後友達として握手。更に顔と名前をしっかりと覚えてくれて、廊下で会えば挨拶もするし、困っていれば手を貸してくれる…気軽に話し掛けてくれ、相談にも乗ってくれる上に差し入れもこだわり無く受け取ってくれた…そして、極めつけのあの笑顔…。

 『彼女』の座を手に入れ、彼を独り占めするために、なれる確率の果てしなく少ない『告白』に挑むか。
 独り占めは出来ないけれど、『確実に親しくなれる』『友人』の座に甘んじるか。

 これほどの苦痛を強いられる選択が、他にあるだろうか…。

「何だよヤマト、ため息なんかついてさ?」

 不思議そうに覗き込んでくる『親友』の顔に、内心心臓が飛び出そうになったのを必死に隠しながら平静を装う。

「…べつに。なんでもない…」
「ふ〜ん?変なヤマト」

 にっこりと笑った彼に、ぐらつきそうになる心に頑丈な鍵をかける。
 二重三重に巻いた鎖も、もういつまでもつか…分からない。

 教室の影から自分を見つめる視線。
 彼を見つめる視線。
 すれ違い様振り返る、熱い想いの込められた視線…。

 彼に友人が増えるたび、小さな安堵を感じながらも不安は決して消え去らない。
 次こそは奪われてしまうかもしれない彼の隣。
 その場所を乾くほどに欲しながらも、ゼロを選べない自分達。

 そうして、決断していくライバル達に向けられる笑顔に嫉妬しながらも、まだ迷っているのはそれ以上のライバル達。

「ヤーマト!早く行こうぜ、光子郎が待ってんだから!」

 太陽よりも眩しい笑顔。
 そんな顔を見せてくれるから、それ以上を求めてしまう欲が出る。
 そして、その先を欲しながらも今あるものを失うことを恐れている。

 ゼロか全てか。

 ここにも、随分と長い間決断出来ずに悩んでいる男が一人。
 そんな想いを知っているのか、知らないのか…彼の笑顔は変わらない。



 そして今日も、究極の選択は持ち越しにされてしまうのだった。






 
おわり

 太一さんを褒めたかっただけ…なのかもしれません(笑)
 でも、太一さんの笑顔はこの世の至宝だっ!(笑)