大好きな、大好きな人…。



 本当は分かっていた。

 いつだって飛び出していきそうだったのは知っていた。

 ここはあの人には狭すぎて、いつだって窮屈そうだった。

 そんなこと、表に出したことは無かったけれど…。

 大好きで大好きで…ただ側にいたくて…見つめて欲しくて…。

 あの人の瞳に自分が映っていれば、それだけで幸せだった。

 自分を見て微笑んでくれて、頭を撫ぜてくれる。

 その温もりが、何よりも大切な宝物だった。

 だけど知っていた。

 ここはあの人のいる場所では無いことを。

 いるべき場所では無かったことを…。

 それでも大切で、無くしたくなくて、必死に縋りついて…ただ自分の我儘でだけ、ここに繋ぎ留めていた。

 そんな自分勝手な我儘を、笑って許してくれる優しいあの人が、誰よりも愛しくて、誰よりも悲しかった…。

 振り切って行ってしまってくれていたら、何もかも捨てて振り返らずに行ってしまっていたら…こんなに苦しく無かったのに。


 このままではダメ。

 大人にならなくちゃ、ダメ。

 強くならなくちゃ、ダメ。


 日々強まる思いは、私を苦しめて…それでも痛みすら伴う甘美な誘惑…。

 私がこのままなら、あの人は決して何処にも行かない。

 私を置いて、行ったりしない。

 だけど、その誘惑に屈するには、私はあの人を知りすぎていて、愛しすぎていた。

 そんな言葉に負ける私を…あの人は絶対に好きでいてくれない。

 本当は知っていた。

 本当は分かっていた。

 何も知らないふりをして、全てを知りながら、ただ、待っていてくれていたことを…。

 私が答えを出さなくてはいけない。

 あの人に甘えて、ただ護られていた自分に、それを甘受してきた自分に…決別しなくてはいけない。

 そんなこと、自分のためだったならば、絶対に答えなんて出せなかった。

 自分自身のためだけだったならば、答えなんて出さなかった。

 あの人のためだったから。

 あの人のためだけに、この悲鳴を上げそうな心を押さえ込んで、答えを出せる。



 大好きです。

 大好きです。

 大好きすぎて、心が壊れてしまいそう…。

 この世の誰よりも、あなただけを…あなただけが、大好きです。

 だから、全てはあなたのために…。




「…お兄ちゃん」



















 蒼い空…昔私を置いて、あの人が消えていってしまったのも、こんな空だった。


「……行っちゃったわね」

「………はい。…でも……」

「…でも、何?」

 振り返って笑ってみる。


 あ、笑えた…。


 少し不思議で、でも何となく分かっていたみたいに自然で、おかしくなった。

「なぁに、ヒカリちゃん?」

 不思議そうに小首傾けた、誰よりも自分に近しい感情を持っていたはずの女性に、さっきよりも自然な笑みを向けた。

 近しいとは言っても、私の想いが私だけのものであるように、彼女の想いもきっと、彼女だけの大切な宝物。

 だから、こんなにも自然に側にいられる。

「でも、『サヨナラ』じゃないですから」

 いつだって側にいた。

 いつだって笑っていた。

 そして支えてくれていた。

 でも今はもう、そこにいない…だけど、そうして今の居場所を手に入れた。


「……そうね」


 笑って同意してくれる。






 側にいない。

 手を伸ばしても届かない。

 でも、だからこそ決して忘れない。

 離れているから、もっと、大切な存在になっていける。

 きっと。





 振り向いて笑ってくれる。

 差し伸べてくれる、その手が何よりも大切だった…。

 それを永遠に失わないために…この痛みに堪えて生きていく。






 
おわり

  ごめんね、ヒカリ…。
  次はちゃんと幸せにしてあげるからっっ!()