「そうか?」 きょとんと答えた太一の姿に、光子郎は不思議そうに太一を振り返った。 「…ええ。…太一さんはそうは思わないんですか?」 「ええ??っ!?ヤマトだぜ??」 先ほどから二人が話題にしているのは、彼らの大切な仲間である石田ヤマトのことなのだが…どうやらその認識について二人の間では食い違いがあるようだ。 あのデジタルワールドの凄惨な戦いから三年…身も心も成長し、互いの絆も信頼も、二つと無い宝のように大切なものになっていた。そんな中で、その宝物が大きくなりすぎて…いわゆる世間の常識を蹴っ飛ばしてしまった人達もいる。 石田ヤマトと八神太一。 この二人は互いを思いやる心が重く、深く、強くなりすぎて、いつしか『友情』は、『恋』にアーマー進化してしまったのだ。 周りの仲間達は、報告を受けたわけでも問い詰めたわけでも、ましてや彼等がいちゃいちゃのバカップルぶりを披露していた訳でも無いのに…しっかりと気付いて、応援や邪魔や話のネタやお茶の友なんかにしてしまっていたりする。 本当にいい仲間達だ…。 つまり、誰の目から見ても、心情的に許せるか否かは置いておいて、そうなることが至極当然だったわけなのだ。 それはさておき、そんな二人だったからこそ、光子郎は太一に自分の考えを否定されたことに驚いていた。 三年前からつい最近太一と両思いになるまでの彼は『cool』じゃなくて『fool』だろうと言いたくなるような醜態をさらすことしばしだったが、太一と想い叶ってからは随分と落ち着いて…。 「我慢強くなったと思うんですがねぇ…」 ぽつりと呟いた光子郎のセリフにも太一は渋面顔…。 以前のように太一に近づくもの全てに嫉妬したりしなくなった。(もちろん無視していたけれど) 太一が誰かと話していても邪魔しに来ることも無い。(今では全面的に邪魔される側になった) 影から太一に想いを寄せる者に対して、手当たり次第の闇討ちも減った。(厳選して危ない者にだけ実行。協力者&実行犯多数) これらは光子郎から見れば、革新的と言ってもいい位の飛躍的成長だったのだが。 まぁ、この事実を半分も知らないであろう太一から見たら、あまり変わりがないのかもしれないが…しかし。 「…気になることでもあるんですか?」 「う?ん…どうだろ…ちょっと確かめてくるよ」 「あ!太一さん!」 「またな、光子郎!」 そう言うと、颯爽と…彼等の愛する太陽の微笑を残して太一は駆けて行ってしまった。 久々の邂逅。 珍しくヤマトのいない放課後。 二人だけの帰り道。 そんな時にヤマトの話題など出してしまった自分に…光子郎は心の底から後悔のため息をこぼした。 だけど…ヤマトさんの話題が出る出ないでは…太一さんの笑顔が違うんだ…やっぱり、あの人の最高の笑顔が見たいじゃないか…。 人はそれを『ジレンマ』と言う。 石田ヤマトは疲れ果てていた。 鉛のように重く感じるギグバッグを背負い、よろよろと家路を進んでいた。 次のライブで新曲を二曲も演るために、ここの所暇無しに練習に追われ、もう三日も太一に会っていない。 自分が居ない間、彼を大切に思う他の者共が、入れ替わり立ち代り彼の側に磯巾着よろしく張り付いていたであろうことは想像に硬くなく、見てもいない場面が目の前をちらつき…はらわたが煮え繰り返りそうだった。 しばらく会えない…太一にそう言った時、彼は「そっか。がんばれよ」と朗らかに笑った。 一つ言えば十理解して、人の先を読んでしまう彼。 自分に負担が掛からないよう気を使ってくれたのは分かる。 …それでも。 少し位、淋しそうにしてくれてもいいのに…。 そう思ってしまうヤマトを誰が責められようか。 いや、某子供達ならばその心情を理解していても、「贅沢者!」とか「ずうずうしい!」とか思う存分詰ってくれるかも知れないが…生憎この場には誰もいなかった。 自分の想像と考えに、倍疲れながらエレベーターのボタンを押し乗り込む。 本当なら、帰ったらすぐにベットに転がって寝てしまいたい所だが、こんな日に限って課題の提出は迫っているし、家事も堪っている。新曲もダメだしが出た所もあって、歌詞を一部変えることになっていた。 静かな機会音と共に上がっていくエスカレーターの中で、やることを数えていたヤマトの心は何処までも下降線を下っていった。 自宅のあるフロアにつくと、家までもう少し!と自分を奮い立たせながら歩いていたが、ふと、玄関前に誰かが佇んでいるのが目に入った。 「…太一!」 「…よぉ、ヤマト」 ヤマトの声に気づき、ふわりと太一が微笑んだ。 つき合う前は三日会わないなんてざらだった。 心を殺しきれなくて、避けていた時期もあった。 それなのに、どうして今はたったの三日が…こんなにも苦しいんだろう。 そして、どうして、彼の笑顔を見ただけでこんなにも安心できる自分がいるんだろう…。 「どうしたんだよ、太一」 「…ん?まぁ、何だ」 照れたように笑うその顔が愛しくて、抱きしめたい衝動にかられてしまう。 だが、家の外では絶対にしないというのが二人で決めた、たった一つの約束。 「入れよ。いつからこんなトコにいたんだ?」 「…ヤマト怒るから、秘密」 「なんだよ、それ」 少ないやり取りに、心が温かくなっていくのがはっきりと分かる。 太一が来てくれたというだけで、絶対に怒ったりしないのにと思いながらも、約束も連絡も無く訪れたことに不安も生まれる。 何かあったんだろうか…。 部屋に入って荷物を置き、手を洗い、コップを二つ出して麦茶を入れると、既に太一の定位置になってしまっているソファで寛いでいた彼に一つ渡す。 「サンキュ」 嬉しそうに受け取って一口飲む。 その唇が気になって仕方の無い、ダメダメなヤマト。 太一の表情に影は見えない…だが、先ほど感じた不安は消えてはいなかった。 「…太一。…何かあったのか?」 「え?なんで?」 返って来たのは思いの外明るい返答。 思い過ごしか? 「…何となく…だけど」 「ああ、悪かったな、突然。…今忙しいんだろ?」 「それはいいけど…」 「なんも無いって!…ん?まぁ、ただ…」 「ただ?」 言いよどんだ太一を上から覗き込んでみると、ほんのり頬を染めた恥かしげな顔が飛び込んできた。 「…ただ、…会いたかったんだよ」 顔を隠したままそう呟いた声に、ヤマトはどこか遠くで何かが切れる音を聞いた気がした。 「太一!」 「わっ!…ちょっ、ヤ、ヤマト!?…まっ…!」 どさり。 彼を止められる者は、どこにもいない…。 爽やかな晴天の下、この陽気に誰よりも相応しいくせに、何処か似つかわしくなくよろけた感じで歩む見知った姿を見つけ、光子郎は彼に駆け寄った。 「太一さん!おはようございます」 「…光子郎か。おっす」 気のせいでは無く疲れた感じのする彼の姿に疑問が浮かぶ。 「…元気無いですね。どうかしたんですか?」 「あぁ……、光子郎……」 「はい」 生気の薄い横顔が一つため息をこぼすと、少し億劫気に光子郎を見つめた。 「…やっぱ、ヤマト全然我慢強くなんかねぇぞ…」 「………どんな確かめ方をしたんですが…?」 太一は、答えの変わりに大きなため息を一つ、慎ましやかにこぼすのだった…。 |
おわり |