「………………げっ………」



 引き抜いた紙に書かれた言葉を見た途端、太一はヒキガエルが潰れたような声を出した。

「おい何だ?何を引いたんだ?」

 常に無い動揺ぶりに興味をそそられる仲間達。
 覗きこんで来た彼等に、隠しても仕方が無いとそのまま紙を渡した。

「………『ティーンエイジウルフズのヴォーカルとして参加』……?」
「「「えええぇぇええっっ!!??」」」

 驚きが支配する場の中、ヤマトが悠然と微笑んだ。

「…楽しみにしてるぜ、太一♪」
「………ヤマト……」

 睨み付ける太一の視線を物ともせず、ヤマトはバンド仲間達にアポを取るためにケータイを取り出した。
 勝負は勝負…今更何を言っても仕方が無いが、よりによって何というものを引いてしまったんだと、太一はやり切れない怒りを電話中のヤマトの首を絞めることで発散した。

「っお前!オレを殺す気かっ!?」
「…そーすりゃこの勝負はチャラだよな…」

 …少し目がマジだった。












 朝の校内を疾走する生徒がいる。

 たまにすれ違った教師に叱り付けられても、めげる事無く一階から屋上までを爆走する。

「号外、号外、号外!号〜外っっ!!」

 何事かと振り返る生徒達の間をすり抜け、彼は大声で宣言する。

「二年の八神がとうとう身売り!同じく二年の石田率いるバンドに身売りしたぞーっ!!」
「誰が身売りだ」

 調度二年の教室の前に差し掛かった時、叫ぶ彼の足元を通り抜け様に素早くはらった者がいた。
 彼はそのまま転倒し、十数mほど廊下をペンギンのように腹すべりして行った…通行人達は当然のように止める者は無く、自然に止まるまで見送った。

「………〜ってぇ〜〜〜っっ!!」
「…い〜い度胸だなぁ、新聞部、金井……」
「え!?あれ!?…八神クン…」

 額と鼻と顎と下っ腹を強かに打ちつけた彼は、頭上から聞こえた剣呑な声に頭を上げるが、それ以上起き上がることが出来ない。
 太一が背中を踏みつけているからだ。

「言うに事欠いて、『身売り』?よりによって『身売り』?そうきやがったか、新聞部金井…」
「や、やだなぁ八神クンvボクは信用出来る筋からの、確かな情報から…」
「ほお〜う…どこのどいつがそう言いやがったのか、フルネームで教えてくれよ。なあ、新聞部金井?」
「え、えーとぉ…」
「貴様のトコのインタビューには二度と答えてやらん!」
「ぎゃああっっ!!」
「!?」

 しつこい位に名前を強調し、彼の所属部との絶縁宣言をして立ち去ろうと背を向けた瞬間…背後で断末魔の叫びか起こった。
 驚いて振り返ると、新聞部金井が同じく新聞部の者達にタコ殴りにされている。

「すまない、八神君!この通り吹聴しまくった愚か者には我々の手で制裁を加えた!どうかその怒りを解いて、詳しい事情を聞かせてはくれまいか!?」
「………ん」

 必死に訴える新聞部部員に、太一は半眼のまま手を出した。
 握手かと一瞬喜んだが、太一の雰囲気はそんな友好的なものでは断じて無い。

「…それ。その号外見せな?」
「え!?いや、これは、そのっ」
「………」
「あ……はい」

 無言の圧力に屈し、そろそろと、ついさっきまで配っていたのだろう号外を太一に手渡す。
 それにはでかでかと『八神太一(2-B)身売り!?お相手は女生徒の憧れv石田ヤマト(2-C)!!』そして小さく『率いるバンド、ティーンエイジウルフズ!』と記してある。

「…………」

 祈るように両手を組んで冷や汗をだらだらと流す彼に、太一はにっこりと微笑みかけ…そして。

「ぐほっっ!?」
「…返すぜ」

 号外越しに鳩尾への強力な一発をお見舞いした。
 既に相当数が出回っていると予想される『号外』…今更回収して回るような無駄なことはしない。
 そうして、怒りに燃える太一が向かった場所は、二年C組、隣のクラス。

 かつて知ったるとずかずかと他人のクラスに入り込み、目的の席に向かうが…目当ての人物の姿は無い。
 現在校内一番の噂の人物の登場に、C組は水を打ったように静まりかえり、怒りのオーラを発している太一の一挙手一動足を見守っている。
 椅子を足で蹴って出し、その座席の上をどすんっと踏みつけた。

「…バカト知らないか?」
「ば?」
「ああ、ごめん。間違えた。ヤマトだ、ヤマト。馬鹿田ヤマト」
「え、えっと…石田君なら…今…」

 近くの席の女子が、脅えたようにドアの方を指差した。
 見ると、向こうも太一に気づいたらしく、自分の席に足を乗せている太一を不審そうに近づいて来た。

「どーしたんだ太一?」
「腹と顔、どっちがいい?」
「え?」

 ヤマトが来るまで待つことはせず、太一自らも彼に歩を進め、ぐっと右手を握って口の端だけで笑う。
 身振りと言葉から太一が何を言いたいのかは分かるが、その理由がさっぱり分からない。
 問い質そうと口を開きかけた時、既に受け取っていたのだろうクラスメイトが、太一の後から号外を広げて見せた。
 それに書いてある言葉を読んだ途端、血の気がさーっと降りていくのが分かった。

「腹と顔、どっちがいいんだ?」
「や!ちょっ、待て!待ってくれ!オレじゃないぞっ!」
「そんなのは分かってるさ。何たってお前は友情の紋章の持ち主だ。モラルのねぇ新聞部に話しゃ、どんなあること無いこと書かれるか分かんねぇってことが分かりきってるのに、それでも話すほどバカでアホでカスでドジでマヌケなわけねぇもんなぁ?」
「も、もちろんだ!」
「で、てめーのバカでアホでカスでドジでマヌケなバンド仲間にアポとった後、口止めすんのを忘れた救いようのねぇスカタンヤローは…」
「…あ゛…」
「どーこーのーどーいーつーでぇ、ごぉざいましょおかねぇぇ??」

 握り締めた拳を更にぎりりと握り締め、目だけが笑っていない笑顔を近づける。
 半端で無く、怖い…。

「悪かった!オレが悪かった!いやもう、ホンッットに!すまん、太一!このとーりっ!」

 がばりと頭を下げて、見も世も無く平謝りする。
 それをじっと見つめていた太一が、瞳を閉じて息を吐いた。

「………っの、バカが。……次はねぇからな?」
「ああ…ホントにすまん」

 心から反省しているらしいヤマトに、太一は上げていた右手をゆっくり降ろす。

「その代わり、一つオレのゆーこと聞いてもらうからな?」
「分かった、何でもする」

 殊勝に頷いたヤマトに大きく溜め息をつくと、太一は彼の胸元を手の甲でぽんぽんっと叩いて教室を出て行った。
 『許してやるよ』の合図。
 ヤマトはそれを理解し、どっと疲れて机にへたり込むのだった。










「…策士ね、太一」

 C組を出た所で、空が教室側の壁にもたれたまま太一に話しかけた。
 太一も彼女と目を合わせないままにっと笑い、そして並んで自分達の教室に戻る。

「何たくらんでるの?」
「ヤマトに責任とってもらう方法」
「そう仕向けたの太一なんじゃない?」
「元はと言えば、あいつのポカが原因だ。それ相応のもんをもらうさ」
「あ〜らら。ヤマトも馬鹿ね〜一発殴られとけば済んだのに」
「そう言うなよ。誰だって痛いのは嫌なもんなんだよ」

 殴ろうとした本人のくせに、とくすくす笑う。

「ま、おいおい話すよ。協力してくれるんだろ?空」
「もちろん♪」

 そこで二人は目を合わせ、にっこりと微笑み合った。










 昼休み…いつものメンバーで弁当を広げていると、今度はマイクを持った少女と音声機具を携えた男子二人が近づいて来た。

「あ、いたいた!八神君!石田君!ちょっとお話伺えますか?」
「お前等確か…」
「はいv低俗な新聞部とは志の時点で天地ほど違う報道部ですv」
「…………」

 突っ込んでやる気力も無い。

「んで、その報道部が何の用?」
「はい!単刀直入に伺います。今校内で噂になっている『八神君が石田君のバンドに加入する』っていう噂、本当ですか!?」
「…新聞部とどう違うわけ?」
「違いますよぅ!私たちは基本的人権を守り、誤道など無いようご本人に真実を伺ってから報道致します!真実を知りたい人のために、真実を伝える活動です!スクープ重視の想像だけ豊かな新聞部と一緒にしないで下さい!」
「ふーん…。で?」
「え?ですから、本当ですか?」

 めげない少女に、太一達はそっと溜め息をつく。
 さっさと消えてもらうには、ある程度ばらしてしまった方が得策だろう…すれ違う者全てにこそこそと噂話をされるのにも飽きてきていた所だ。

「…半分ホントで半分ウソ」
「半分とは?」
「ヤマトのバンドで歌うのはホントだけど、加入はしない。一回こっきり、二度と無い」
「それはまたどうしてそういうことに?」

 聞かれながら、こいつは絶対将来芸能リポーターになるだろうなと思った。

「ただの罰ゲームだよ。仲間内のゲームでドンジリで、そん時の罰ゲームがそれぞれが書いた紙をくじみたいにして引いて、そこに書いてあったことをするっていう…それが今回のそれ。そんだけ」
「なるほどぉ!罰ゲームによる期間限定のバンド活動なわけですね!?ということは、そのチケットを手に入れられた人は超レアですね♪というわけで、今日の突撃リポートを終わりまぁす♪新聞部が取材拒否をされているため、このネタは我報道部が独占取材v続報を待て!屋上から成瀬がお伝えいたしましたぁ♪」
「………え?」
「どうもありがとうございましたvそれじゃまた〜♪」

 パタパタと去って行く報道部を呆然と見送る。

「もしかして、今のってお昼の全校放送…?」
「みたい…でしたよね…?」

 マスメディアって!

 痛む頭を押さえつつ、太一が同じように額を押さえているヤマトにぼそりと言った。

「…ヤマト、今度お前の親父と、報道についてサシで話させてくれ…」
「ああ…オレも今そう思ってた所だ…」

 演目も日程も、全てはまだ闇の中…噂だけが走って行く…。













 太一の提案に、ヤマトは愕然とした。

「…正気か…!?」
「いたってな」

 明朗快活な返事に、ますます頭が混乱する。
 同席した仲間達とバンドのメンバー達は、面白そうに両者を見比べた。

 『八神太一罰ゲームライブ(報道部命名)』は、二週間後に決まった。
 場所はいつもヤマト達が使っているライブ会場で、てっきり中学の講堂とかを使うと思っていた太一は、『金を取るのか!?』と驚いた。
 だが、かえってただ見にしてしまう方が人数の収拾がつかなくなりそうだし、『有料制』ということで少しでも抑止力に繋がれば…という光子郎の提案で決定した。

 今回ティーンエイジウルフズのメンバーは、ほぼ『伴奏』という形での協力になる。
 騒ぎの発端となった失態があるからか、誰もが非常に協力的で、ライブの告知にも自分達の名が出なくてもいいとさえ言った。
 実はその方がティーンエイジウルフズ目当てのお嬢さん方の来場を防ぐ意味でも助かるので、ありがたく謎のバンド『Ω(オメガ)』として会場には登録してある。
 『Ω』とはもちろん、アグモンとガブモンのジョグレス究極体の名から取ったものだが、『Ω』には『終わり』という意味があり、最初で最後になるだろう舞台のバンド名としては相応しいだろうと、この名に決まった。

「…もうちょっと簡素なものになってもいいはずだったのになぁ〜」
「………」

 押し黙ってしまったヤマトに、太一は大きな溜め息を零す。

「何たってさ、たかだか罰ゲームのリストだったんだぜ?それがライブ会場まで借りて、しかもお前等のゲストじゃなくて、いつの間にオレがメインになったんだ?」
「…そ、それは…」
「全部で何曲だっけ?十曲?事と次第によってはそれ以上?…歌が本業のお前等と違って、オレはしがないサッカー少年だ」

 しがない?

 と、思う者多数だが、口に出す者はいない。

「そんなに長い間、ステージングになれて無いオレがもたせられると思うか?」

 思う。

 心ではきっぱりと言えているのに、どうしてか喉に張り付いて言葉が出て来ない。
 そこで太一の最終兵器の登場。

「…ヤマト。『何でもゆーこと聞く』って、言ったよな?」
「………言った」
「…なら、一緒に踊れ」
「……………分かった」

 ヤマトはがっくりと項垂れ、太一の提案を飲んだ。

「…決まっちゃいましたねぇ〜」
「お兄ちゃん達、ホントにステージで歌って踊ることになるんだ?」
「そうみたいですね」

 感心するというか、呆れるというか…とにもかくにも決定した事柄に、選ばれし子供達側サイドはこそこそと語り合う。

「空さんは知ってます?太一さんが何でいきなり『踊ろう』なんて言い出したのか」
「ま、ね。太一がステージなんかに立ったら、物珍しさも手伝って、幾ら他のメンバーがヤマトのバンドでも皆太一に目が行っちゃうでしょ?それ対策」
「…まさか」
「もっと珍しいものステージに置いとけという…」
「はっきり言っちゃえばね♪」

 ちょっと酷いかもしれない…。

 確かに、一応クールで売っているらしいヤマトが、歌って踊って、更に笑ったりしようものなら、ついついヤマトの方に目が行ってしまうかもしれない…そんな心理作戦で身を守ろうとは、天晴れというか鬼畜というか…唯一の救いは、ヤマトがその魂胆に気づいていないらしいことだろう。
 あくまで、ステージに不慣れな太一を助けるために踊るのだと言い聞かせているもよう…哀れだ。

「さ〜て、んじゃさっそく今日から練習始めるか〜!」

 背伸びをしてカキコキと腕を鳴らす太一に、ヤマトもノロノロと付き従う。
 バンドのメンバー達は、既存の歌をダンスミュージックにするために急いでスコアを書き直さなければならない。
 やることだけは山済みだ。

 動き出しさえすれば後は早い。
 そうして二人は、覚悟を決めた。














 ライブ当日。

 会場の前には予想以上の人が集まっていた。
 ほとんどがお台場中学の者だろうが、どこから聞きつけたのかウルフズのFanの姿もそこかしこにひしめき合っている。

 控え室で空・ヒカリ・京の共同作である衣装を着、ぼんやりと座っていた太一が途方に暮れたように呟いた。

「参ったな…」
「どーしたの?太一」
「金取れるほどのもんを観せれる自信はねーぞ…」

 俯いたままの太一の言葉に、居合わせた仲間達は困ったように目を合わせる。
 どんなに上手だと褒め称えても、太一は自分を『素人の域』と信じて疑わない。
 それ故に、『有料制』というシステムが今になってプレッシャーになってしまったのだろう。

「おい、そろそろ出番…太一?」

 扉を開けて迎えに来たのはヤマト。他のメンバーは既に袖の方にスタンバイしているのだ。
 彼は太一と少しだけデザインの違う、ほぼ色違いの衣装を着ている。
 ちなみに、彼のバンドのメンバー達にも少しずつデザインを変えた空達の力作が配られた。

 様子のおかしい太一にヤマトが首を傾げると、空がそっと事情を説明した。

「何やってんだ。リハだって上手くいっただろ?学園祭や体育祭だってお前の天下なのに、何怖気づいてんだよ」
「体育祭とは種類が違うだろう〜?」
「同じだよ。自分以外の奴等を全部惹きつけてやりゃいーんだから。太一の得意分野じゃないか」
「へ?」

 なるほど…と仲間達が頷くのを、太一は少し唖然と見つめた。

「得意分野…なのか?」
「そうだろ?まあ、そんなの気にしなくても、太一はいつも通りしてれば客の方が勝手についてくるだろーけどな」
「あ?」
「一昨日、大輔達に通しで見せてやっただろ?あいつすげー興奮してたじゃないか」
「や、だって大輔はさぁ…オレに懐いてるし…」
「関係無いだろ、それは。大輔は感情を隠せないタイプだからな。ダメだったんなら口で言わなくても顔が語るだろ?そのあいつがあれだけはしゃいでたんだ。もっと自信持ってけよ」
「…………自信…」
「最前列で観るって言ってたぜ?」

 大輔・賢・伊織・京、そして保護者の丈は客席で観ると言っていた。
 残りの仲間達はギリギリまでここで傍にいてくれている。

 大丈夫。
 彼等が自信を持てと言うのなら、過ぎるほどの自信を持とう。
 意地でもかっこ悪い所など見せられない。

「おっし、行くか!」
「その意気だ」
「頑張って!二人とも!」
「お兄ちゃん!ちゃんと観てるから、かっこいいトコ観せてね♪」
「おう!」

 そして舞台へ上がる。
 真っ暗な会場の中、いっぱいに埋まった人達がいることを感じる。

 目ぇ見開いて、しっかり見やがれっ。

 心の中でそう自分を叱咤し、一斉についたスポットライトの下真っ直ぐに立つ。
 歓声と伴奏が同時に上がった。
 太一とヤマトは目を合わせ、次いで一気に体を動かす…静から動への一瞬の移り変わり。

 技術的にはそう高いわけでは無い…だが、そのぴったりと息の合った踊りに会場中から息を飲む音が聞こえた。

「…なーによ。心配かけといて、楽しそうに踊ってんじゃない」
「ですよねv元々お兄ちゃん本番に強いけど、今日は更に調子いいみたい♪」
「本番前のヤマトさんの言葉が効きましたかね」
「お兄ちゃんもたまにはいいこと言うんだね〜♪」

 軽く笑い合いながら、それでもステージから目を離さない。
 少しでも見逃すのがもったいないほどいい顔をしている。

 ハモリのパートが綺麗に決まり、それを得意気に微笑む姿までがかっこいい。
 興奮して飛び跳ねている大輔に笑って手を振る大サービス付き…あちこちで歓声が上がり、ヤマトまで普段見せない笑顔の大安売りだ。

「この分なら、成功しますね」
「ええ、きっと大成功よ♪」

 ヤマトのソロ曲の時に袖に引っ込んだ太一に、ヒカリがタオルを被せ、空がスポーツドリンクを手渡した。

「お兄ちゃんっ♪すっごくかっこよかったよv」
「サンキュ、バテバテだけどな」」
「はい、水分補給!途中で倒れたりしないでよ?」
「善処はするよ」

 そう言った太一は、もうどこにも固い所は無く、いつもの太一らしい太一だった。
 このヤマトのソロの後太一のソロがあり、その後に歌うのがヤマトがわざわざこの日のために創ったというデュエット曲。
 他のダンスミュージックと違い、これだけは柔らかなイメージのバラード。

「本邦初公開♪お兄ちゃんが夜なべして創った曲なんだから、太一さん間違えないでね?」
「よなべって…徹夜とかにしてやれよ」
「はは♪でも期待してますね、太一さん」
「あんまプレッシャーかけんなよ〜?」

 苦笑する太一の首筋に伝う汗を、ヒカリが背伸びをして拭き取る。
 それを礼を言って受け、飲み終わった水筒を空に渡した。

「サンキュ。さて、もう一頑張りしてくっか」

 そろそろヤマトの歌が終わる。
 この後ステージに出たら、終演まで出ずっぱりだ…これが最後の休息になる。

「太一」
「ん?」
「実はあたしも次のバラード気に入ってるの」
「ああ…空達は聴いてるもんな」
「そ。だから、しっかり会場中に魅力が伝わるように…」

 今更言うまでも無いけれど…。

「酔わせてネv」

 空の言いように、太一はぶっと吹き出した。

「無茶言うなよなぁ!」
「太一なら楽勝よv頑張って!」

 背中を押して送り出し、変わりにヤマトが袖に入った。
 今度はタケルがタオルを渡し、水筒は同じように空が渡した。

「何話してたんだ?向こうからでも楽しそうなのが分かったぞ?」
「あ、ダメだよお兄ちゃん!ちゃんと集中しなきゃ!」
「悪い悪い。でもちゃんと歌ってたぜ?」
「じゃあ、もっと頑張って下さいね」
「もっとかよ〜」
「太一さんとも、そういう話をしていたんですよ」
「了〜解」

 太一のソロは短いものを選んだので直ぐに終わる。
 流れて来たバラード調の演奏に、ヤマトがゆっくりとステージに上がっていく。

 時間が無かったのにどうしてもこの曲を入れたくて、無理をしてメンバー達に練習してもらった。
 ステージで歌うことはこれ一度きりしかないけれど、だからこそ今日歌いたかった。
 仲間達に見守られて、太一と二人で…。

 それは、かけがえの無い誰かと出会えた奇跡、そこから生まれた勇気と絆を歌い上げたものだった。
 誰もが一人きりで生まれてくるけれど、きっとどこかで誰かが自分に出会える日を待っていることを。
 今はまだ会えなくても、いつかきっと出会える日を信じて待っているのだと…だから諦めずに前に進もうという応援歌。

 ステージ上の二人を見つめ、心の半分だけを別の世界へ向ける。
 初めて聴いた時には、胸が詰まって言葉にならなかった。

 きっと聴きたいと思えば、あの二人ならいつだって歌ってくれる。
 だけど、こんな風にしっかりと聴けるのは、きっと今日が最初で最後。
 だからしっかりと背筋を伸ばして、この胸に刻み込んでいく…この歌が残すメッセージを。

 始まりはこう…。









 例え世界を隔てていても 必ず僕等は出会えるだろう

 だってこんなにも君に会いたいと思っているのに 出会えないわけがない

 春と秋がどれだけ繰り返しても 夏と冬が何度入れ替わろうとも

 君が待っていてくれさえすれば 僕が君のところまでたどりつく





 絶対に…








 
おわり

       こういう話はいかがでしょう?(笑)
       数あるこの手のネタの中で、こういうパターンはまだ
       私が読んだことは無いので、こんな話にしてみました。
       たぶん…無い、はず(苦笑)
       これでも頑張ったんですよ〜っ(汗)←笑