お台場マンションの前で、光子郎と両親が向かい合っていた。



「それじゃ光子郎、お母さん達出かけて来るから…」
「はい。気をつけて行って来て下さい」
「勉強もいいが、適度に休憩をとって息抜きをするんだぞ?そうだ、折角皆が集まるなら、どこかに出かけたらどうだ?」
「…お父さん。もうすぐテストなんですけど…」

 八割方本気で言っているだろう父親に、光子郎はあははと苦笑する。

「でも、お母さんも太一君達に会いたかったわ〜」
「え?何かありました?」
「うふふ、違うわよ。太一君達といる光子郎、すごく楽しそうなのよv折角そんな可愛い光子郎が見れるチャンスなのに、旅行なんて残念だわ〜」
「お母さん…僕もう中学生になったんですから、『可愛い』は止めて下さい…」
「あら、子供はいつまでたっても可愛いものなのよv」

 楽しそうに笑う母親…彼女の方が少女のようだ。
 だがそれはまぎれも無く『母親』の顔で、どうにも照れ臭くなってしまう。

「…新幹線、時間大丈夫ですか?」
「ああ、そうだな。母さん、そろそろ行くか」
「はい。あ、光子郎、ご飯用意しておかなくて本当によかったの?」
「大丈夫です。太一さんとヤマトさんも来てくれますから」
「そうね。二人がいれば安心ね」

 ほっと安心した様子の両親には、仲間達の信用度は『人間性』だけで無く『料理の腕』に至るまでかなり高い。
 それはそれで嬉しいのだが、何の心配もされずに全て任されるというのも責任重大だろう。

「台所好きに使っていいからって伝えてちょうだいね。後、また機会があったら私達にもご馳走してねってv」
「お母さんのご飯の方が美味しいですよ」
「あらv…それじゃ行って来るわねv」
「土産いっぱい買って来るからな♪」
「気にせず楽しんで来て下さい」

 手を振る両親を見送り、光子郎は『ジュースくらい買っておこうかな』とコンビニに向った。
 何だかんだと言って、実は光子郎もこの日を楽しみにしていたのかもしれない…。











「え?ヒカリさんがですか?」

 泊りがけでやっかいになるつもりの太一とヤマトが泉家に到着し、彼等に「まあ一息」とコップについだジュースを渡した光子郎が思わず声を上げた。
 大き目のテーブルを挟んで勉強の用意をしながら、そのまま何故か雑談に突入してしまったのだ。

「おう。一緒に来るってきかなくてなぁ。我まま言うのも珍しいけど、流石に今日は『勉強会』だからな…邪魔んなるからダメっておいて来た」
「…それで納得したんですか?」
「いや。だから三時のおやつ頃差し入れ持って来るってさ。何かタケルも一緒に」
「ああ、それか。昨日タケルから電話があってさ。今日の予定教えたんだ」
「ふ〜ん…じゃあ大輔とかも来るんかな?あいつ等来ると話題がデジタルワールドの方に移っちまうから、勉強になるか〜?」
「…自制心の勝負だな」
「関心は向こうの方が強いですもんねぇ〜」

 テスト前だからする『勉強』。
 反対に、いつでも頭にある『デジタルワールド』。
 面子が揃ってしまったら、光子郎の七つ道具がフル稼働しそうな予感がする…。

 乾いた笑いが場を支配していると、インターフォンが鳴る音が聞こえた。

「あ、丈さんか空さんですかね」

 光子郎が軽く立ち上がり、返事をして部屋を出て行く。

「…もうヒカリ達だったりして」
「かもな」
「誰って?」

 冗談めかして笑っていると、扉を開けた空が不思議そうに立っていた。
 続いて丈と光子郎も入ってくる。

「何だお前等、一緒に来たのか?」
「玄関の前で会ったのよ。まあ、窓からあんた達が来たのを見て家出て来たから、タイミングが重なるのは当然なんだけどね」
「うん。そこで聞いたら、空君も君等を合図にして出て来たって」
「何だ。オレ等は時報の合図かよ」
「いーじゃない。役に立ってんだから♪」

 明るく肯定し、空は丈と光子郎の間に座る。
 どちらにも質問出来る、絶好のポジショニングだ。

「で、誰が来るって?」
「ああ、ヒカリとタケル。大輔とかは知らねぇけど、三時頃差し入れ持って来るってさ」
「へ〜…それで終わるかしらね。あ、差し入れで思い出した」

 ぽんっと手を叩き、空が自分の袋の中から大きな包みを取り出した。

「これ、うちの母から。中身はサンドウィッチ。お昼に皆で食べましょう?」
「お、ありがて〜♪礼言っといてくれ」
「…にしても、大きい弁当箱だな…」
「それがさ〜聞いてよ、うちのお母さん!どこでどう誤解してたのか、『どこかに出かけるんじゃないの?』って遊びに行くと思ってたらしいのよ。テスト前だってばっての!」
「あはは。うちの父も似たようなこと言ってましたよ。『皆が集まるなら息抜きにどこか出かけたらどうだ?』って」
「どこの親も…」

 何とも言えずに苦笑する。

「だけどさ、これでホントに出かけたらヒンシュク買うよな」
「どーだろ。それはそれで構わないんじゃないのか?『全責任持って出かけろ』って感じか?」
「そんなんだから、意地でも成績落とせないのよねぇ〜っ。任されてると見せて、実は掌の上で操られてる感じ〜っ!」
「あ、それ言えるかもしれませんよねぇ。自己の責任を負わされているからこそ、自分で制御するしか無いと言うか…」
「あはは。だからこそ『信頼』が成り立つんだよ。さて、君達…無駄話はその辺にしておこうか」
「「「「え?」」」」

 丈がパンパンっと手を叩き、全員の注目を集める。

「信頼されてるならやることやらないとね♪気合い入れていってみよーか、『実力テスト』v」
「……え?」
「レベルは僕の中学だ」
「え゛っ!?丈んトコって名門私立じゃんかっ!」
「そ♪だからこれをクリアすれば、君等は何も恐れるものは無い♪」
「いや、でもっ…」
「あ、光子郎の分はちゃんと中一レベルにしといたから。かなり難し目だけど♪」
「ええぇっ!?」
「はーい。制限時間は今から三十分!」
「そんなっ、丈先輩っ」
「四の五の言わないっ!ほら行くよ?ペン持って、始めっ!」
「「「「うわぁ〜っっ!?」」」」

 丈の号令に合わせて四人は慌ててシャープペンを走らせ始めた。
 必死に問題と取り組み出した彼等を見て、丈は満足気にメガネの奥の瞳を細めた…これでこそ、わざわざ問題を作って来たかいもあったというもの。

「光子郎、少しパソコン借りるよ?」
「え?ええ、いいですけど…レポートでもあるんですか?」
「ふふふ、今の内に次の問題を作っておくのさ♪大丈夫、大体は出来てるから後はまとめてプリントアウトするだけだよ」
「……………」
「ほら、手止まってるよ?」
「あ゛っ」

 凶悪デジモンに会った時ですら見たことの無い情けない顔を披露した仲間達に注意を促し、丈は鼻歌交じりにパソコンを操作していく。

「……誰だよ、丈に会いたいって言ったの」
「太一でしょう?ていうか、何で丈先輩あんなにノリノリなわけ?」
「知るかよ。いーから黙ってやれ、お前等!考えがまとまらんっ」
「そうして下さい」
「「「…はぁ〜い……」」」

 とても中一レベルとは思えない未だかつて無い難問を前にして、絶対零度の声音で促す光子郎に、中二三人組は冷や汗を流しながらにこやかに返事した。

「十分経過〜♪」
「え゛っっ!?」

 丈の声にびくりと反応し、今度こそ全員もくもくと問題に取り組むのだった。












 ドアを開けたのは、憔悴しきった表情の光子郎だった。

「…こ、光子郎さん…??」
「やあ…よく来てくれました…!」
「へ?」

 訪れたのは、ヒカリ・タケル・大輔・賢の四人。
 光子郎は彼等の顔を見ると、心から嬉しそうに歓迎した。

「さ!さあどうぞ!上がって下さい!」
「え?あ、は、はあ…」
「じゃあ、遠慮なく…」
「あの…」
「さあさあ、どうぞ!」

 不思議そうなヒカリ・タケル・大輔と何か言いたげな賢を、そのままぐいぐいと家の中に招き入れる。

「あ、あの、光子郎さん。お兄ちゃん達は?」
「もちろん勉強中ですよ。今取り込み中ですから、もう少しだけ待ってて下さいね…」
「取り込み中??」

 頭の中をハテナマークでいっぱいにしながらもとにかく頷きで了承を示し、光子郎について部屋に向かうと中から丈の爽やかな声が聞こえた。

「はい終了〜♪んじゃ続いて三分テスト十本目。よーい、始め〜!」

 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ……。

「…………………」
「あ、君達。いらっしゃい、よく来たね」
「あの、丈さん…これ…」
「ああ。とりあえずこれでラストだから。調度君達が来たことだし、この後休憩にしよう♪」
「は、はあ……」

 全員が部屋に入ると、流石に少し狭くなったがくつろいで座る位のスペースはある。
 光子郎に促されて腰を下ろすが、そこまでしても太一・ヤマト・空の三人は後輩達の到着に気づいた様子は無い。

「はい、終了〜!お疲れ様、これで一応終わりだよ」
「……………お、終わった……」
「………死ぬ…」
「……丈先輩〜休憩にしましょぉ〜……?」
「うん。タケル君達も来て調度いいしねv休憩とろうか♪」
「「「えっ?…」」」

 だる〜んと机に突っ伏していた三人が、丈の言葉に揃って顔を上げて後輩達を見つける。
 無表情で凝視されてしまった彼等がにへらっと笑って返すと、太一達はがばりと起き上がった。

「っっ、やったあ〜っ!!」
「休憩だ、休憩っ!!」
「ばんざーい♪ばんざーい♪ばんざーいっ♪」

 手放しに喜ぶ兄達についていけず困惑していると、光子郎が苦笑しつつ説明してくれた。

「朝から昼休憩以外はほとんど通しで勉強してたんですよ。君達が来たら休憩ってことで、この二時間ばかりは復習と称して『十分テスト二本』『五分テスト五本』『三分テスト十本』の、間に休憩五分づつ程度の密度で…」
「うわっ…」
「それはまた…」
「オレ、死ぬかもそれ…」

 苦虫を噛み潰した顔をする彼等に苦笑する。
 しかし、集中してやっていたのでとにかく疲れた。

「ヒカリ〜。差し入れ何持って来た?」
「あ、うん。ババロアとロールケーキ。結構上手に出来たんだよ?」
「おお。楽しみだな〜♪」
「僕は、お母さんが焼いてくれたクッキー♪お兄ちゃん達の差し入れに持ってくって言ったら、はりきって作ってくれたよ♪」
「はは。そーか…」
「あ、僕は…母がシフォンケーキを焼いてくれたので…」
「ホント?シフォン大好きv」

 それぞれがずいっと出した包みを先輩方は心底嬉しそうに見つめた。
 待ちに待った休憩時間の茶菓子には、充分過ぎる位だろう…。

「そして、オレの差し入れはこいつっス!」
「も、本宮!?」

 大輔がずずいっと押したのは『一乗寺賢』。
 慌てたのは賢一人で、先輩方はうむ…と大仰に頷いた。

「何よりの差し入れだな」
「大輔天晴れ」
「あんたにしては、気が利くわね」
「やあよかったねぇ。一乗寺君には僕のサポートについてもらおう♪これで僕が答え合わせしている間にやってた持ち回りの時計係が必要無くなったねぇ〜♪」
「「「「っっっっ!!!???」」」」

 あっさり決定権をもぎ取った丈の科白に、マンツーマンになれば丈の『地獄のテスト三昧』から逃げられると思った四人の目論みは、もろくも崩れ去ってしまった。
 がっくりと項垂れる教え子達を放っておいて、丈が後輩達に指示を出す。

「それじゃ、人様の台所勝手に使って悪いけどお茶を淹れさせてもらおう♪タケル君、ヒカリちゃん、手伝ってくれるかい?」
「「はい」」

 同じ棟の上と下なので、大体の構造は分かる。
 好きに使って下さいと合図を送る光子郎に笑い、丈を案内役に出て行った。
 それを見送り、太一達はふぅ〜と息を抜いた。

「ああ〜…しんど。この半日で、オレは二か月分の授業内容が丸っと頭入ったぜ」
「あれだけやればな〜…マジ何にも怖くねぇ…」
「僕に出された問題、あれ絶対中一問題じゃ無いですよ」
「光子郎君、中二のあたし達に勉強教えられるものねぇ〜『高一』の間違いだったりして…」
「ありえる……」

 疲れきっている感じの先輩達に、大輔は床に落ちているテスト用紙らしきものを一枚拾い上げて見るが…目が回りそうだった。

「…一乗寺、分かるか?」
「え〜と、何とか。でもこれ、結構難しいと思うな〜。高校受験とかに出そうなレベルだよ」
「えっ!?」
「やっぱそーか!」

 驚いた大輔の声に重なって太一が叫ぶ。

「え?え?何がですか?」
「丈のヤロー、オレ等を受験勉強に使ってやがる」
「あ〜変だと思った!うちの中学の学期末程度の勉強にしちゃ、難問過ぎると思ったんだよ」
「やられたわね…」
「流石最年長…」
「へ?」
「あはは。バレたか♪」

 そこに調度お茶を運んで来た三人が戻って来た。
 それに急いでテーブルの上を片付け、くつろげる状態を作り上げた。

「丈、お前な〜…」
「まあまあ。人に教えられてこそ、自分がいかに理解しているかが分かるもんなんだ♪それに君等だってこの位の問題解けて損は無いはずだよ?安心したまえ、今日明日としっかり面倒みてあげるからさ♪」
「……うぇ〜い…」

 開き直った丈は強い。
 それに、手伝いに賢を連れて行かずに残して行ったということは、バレてもいいと思っていたということだろう。
 下手に隠したりしない所が、『誠実』な丈らしい。

「大変ね、お兄ちゃん」
「お、サンキュv」

 はい、と差し出された紅茶のカップを微笑んで受け取る。
 それをこくんっと一口飲んでほっと息をつく。

「あ、うめーじゃん、これ♪何て紅茶だ?」
「普通のカモミールティーですよvお母さんに淹れ方のコツを聞いてきたから、結構上手に淹れられたでしょ?」

 少し照れたように言うタケルに、仲間達は次々に口に含んでみる。

「あ、ホント。美味しいv」
「カモミールってリラックス効果があるんですよねぇ〜」
「ああ。すごいな、タケル」

 おそらく、勉強疲れしているだろう自分達のために練習して来てくれたのだろう。
 すっかり大人びてしまった彼だが、兄達に褒められてする嬉しそうな顔は昔と少しも変わらない。

「タケル、ありがとなv」
「えへへ♪どーいたしましてv」

 和やかな休憩の後、また再開された勉強会では、小学生組は夕方近くまで答案の答え合わせに借り出され、太一達は丈先生にみっちりとしごかれることになる。

 帰り際、しっかりとこき使われたのにも関わらず楽しそうな小学生組を見送る時、ふと太一がヒカリに話しかけた。

「そーいやヒカリ。朝何か不機嫌そうだったけど、もういいのか?」
「あ、うん。何だかお兄ちゃんに悪いこと起こりそうな予感がしてたんだけど、よく分からなくなっちゃったから…たぶん大丈夫だと思うv」
「おいおい〜そー言うことは先に言えよ〜?」
「えへへ。ごめんね?それじゃ、お兄ちゃん頑張ってねv」
「おう、気をつけて帰れよ〜!」

 元気よく手を振って仲間達と帰って行く妹を見つめ、はて…と首を傾げる。

 悪いこと…と言っても今日は特に思い当たらない。
 丈に必要以上にしごかれていると言えばそうだが、それでテストがクリア出来れば文句は無いのだし…。

 考え込んでいると先に部屋に戻ったヤマトから声がかかった。
 またすぐ『短時間テスト』が始まるらしい…太一は急いで部屋に戻り、急かされるままにペンを取った。











 後日、テスト結果の張り出された成績表の前で呆然と佇む二年生三人組が居た。

 光子郎は学年一位に、そして三人は揃って上位にランクインしてしまったのだ。
 驚いたり褒めてくれたりする友人達の声も耳に入らない。

「……この成績を、これから維持しねぇとダメなのか…?」
「っが―――ん…」
「…効果音、口から出てんぞ…」

 やれば必ず結果はついて来る。
 そして、優秀過ぎる先生の元頑張りすぎた結果に…三人は揃って頭を抱えた。





 きっとたぶん、次のテスト前にも同じ面子が揃っていることだろう…。






 
おわり

     …リクと随分変わってしまいました(汗)
     賢ちゃんのエピソードは都合上、ぼんやりぼけさせて
     頂きました(笑)
     無理があるトコには目を瞑りましょう…お願い(泣)