何かが起こる時はいつだって突然で、心の準備なんかしている暇は無い。







 突然のゲンナイからのメール。
 内容は一言。

『皆を呼び出してくれ』

 何かが始まる。
 『時機』が来て、全てが動き出して行く気配がする。
 もう誰にも止められない…その輪の中にいることを望んだのは、自分達なのだから…。














 デジタルワールドに来たのは、タケルとヒカリを除く1999年の選ばれし子供達とそのデジモン。
 山の中腹にある大きな洞窟の前で待っていたゲンナイは、揃った子供達を見て眉を下げた。

「…よく来てくれたの、選ばれし子供達よ」
「じーさん。前置きはいい…何があったんだ?」
「うむ…実はな、2000年の夏、お主等に来てもらい、各々の紋章の力を解放してもらったことは覚えておるかな?」

 もったいぶった言い回しをするゲンナイに、彼等はパートナーデジモンと目を合わせる。

「ああ。あれでガブモン達の進化に制御が出来てしまったからな…」
「ですが、平和になれば強すぎる力は毒にもなり兼ねないと皆で納得して…」
「まさか、ゲンナイさん…」
「またデジタルワールド中旅して紋章にし直して来いとか言うんじゃ…」
「え〜っ嘘ぉ〜っ」
「正気かよ、じーさん!?」
「や、待て待て!早まるな、子供達よ!」

 呆れたように睨み付けてくる子供達に、ゲンナイは慌てて顔の前で手を振った。
 そして、おもむろにウォッフォンと咳払いした。

「そうではないのだ、子供達よ。あ〜…あれでお主等の力はデジタルワールド中に行き渡り、世界は安定したバランスを取り戻した」
「の割には落ち着き無ぇよな」
「そうよね。あれだけ大変な思いをして、断腸の思いで紋章の力を解放したっていうのに…結局もったの何年?」
「三年かな?ホントはもっと少ない気がするけど」
「正確には、二年と五ヶ月ですね」
「少なすぎないかい?三年というにはおこがましい数字だよ」
「この世界を守護する者とやらは何やってたんだろーな?職務怠慢なんじゃないのか?」
「お、お主等…」
「あ、じーさん気にすんなよ。こっちの話だから」
「…………」

 太一を中心ににっこりと切り捨てられ、ゲンナイは生と死の狭間で生き抜き勝利した子供達の成長を実感した。
 強かに育ったものだ…。
 その様子をデジモン達は楽しそうに見ている。

「ま、まあそれでじゃな…」
「あ〜、もういいからはっきり言えよ!今度はどんな厄介事持ってきたんだ!?」
「うむ。そう言ってもらえれば言いやすい…実はじゃな…」

 やっぱ厄介事かい。

 子供達とデジモン、総勢二十四の瞳が揃って半眼になったが、ゲンナイは綺麗に気づいていないフリをした。
 年寄りは図太い。

「お主等の紋章によりデジタルワールドを守護する四聖獣は力を取り戻し、守護の役目を果たしていたのじゃが…」
「だから果たしてねぇっつーの」
「う…うむ。担っていたのじゃが…デジモンカイザーの暗黒エネルギーによってバランスが崩れ…」
「たかだか一人の人間の子供の悪戯位で一々バランス崩してんじゃないわよ。情けないっ」
「守護が聞いて呆れるぜ」
「大体、一乗寺君は元々選ばれし子供の一人だったんだろう?どうして事前に防ぐことが出来なかったんだ?」
「そうですよね。監督不行き届きですよ」
「あたしこの間会ったけど、すっごく後悔してて責任感じちゃってるから、見てて気の毒だったぁ」
「僕も会いましたよ。カイザー時代のことはよく覚えていないようなんですが、だからこそ自分が許せないようで…」
「そーなる前に止めれただろうに…」
「何を見てたんだが…」
「本当はいい子なのにねぇ」

 じろり…とゲンナイに視線が集中する。

「……随分とイラついておるようじゃな…?」

 苦笑を浮かべたゲンナイに、選ばれし子供達は視線を鋭くしてとうとう咬みついた。

「当然だろうっ!?何なんだよ、この洞窟はっ!」
「傍にいるだけでも気持ち悪いのよっ!」
「何だってこんな物騒なもんが、こんな所で堂々と口開けてんだよっ!?」

 すごい剣幕の彼等に、ゲンナイは開いているのかいないのか分からない目をぱちくりとさせ…。

「…やはり気づいておったか…」
「「「気づくわっっ!!」」」

 慣れてはいるが飄々と笑われ、脱力するのを止められない。

「……くそ。で?今回の呼び出しはこの洞窟が関係あるんだな?この『闇の洞窟』が!」
「ほっほっ。流石に話が早いの。その通りじゃ」

 自分達の茶々のせいとはいえ、やっと話を聞く体制となり、ゲンナイは順を追って話し出した。

 それによると、一度は上手く行き渡っていた紋章の力の一部が、ある時ぱったりと消えてしまったのだという。
 その行方を追っている間に、賢のデジヴァィスを通して暗黒の海の力がデジタルワールドへと流れ込み、暗黒エネルギーのシールドに阻まれ事態の把握に遅れ、カイザーの件では後手後手に回ってしまったらしい。
 そして、事態打開に致命的な遅れをとってしまった四聖獣は、三体の『古代の力』を使えるデジモン達を探し出し、自分達の中にある『紋章の力』の一部を『デジメンタル』という形にし、その中にテイマーが現れるまで守るために眠らせた。

 その後テイルモンとパタモンも古代の力を使えることが判明し、彼等のためにデジメンタルを創り上げるが…四聖獣の力は残り少なく、彼等の計画を知った闇の者に封印されてしまったのだった。

「……封印だって」
「どこまでも役立たずな…」

 話を聞いた子供達の感想は冷たいものだった。
 元はと言えば、彼等の失態のせいで止められたかもしれない戦いが始まり、後輩や兄弟達が体や心を傷つけているとなれば…その反応も仕方が無いかもしれない。

「…じゃが、この夏に皆の活躍で賢を解放することが出来たじゃろう?それで少々力の流れを感知することに成功してな、囚われている紋章の波動を突き止めたのじゃ」
「…それが、この闇の洞窟の中…か」
「その通りじゃ」

 『一寸先は闇』、その言葉通りに、これだけ外が明るいというのに数m先が全く見えない洞窟。
 奥には何があるのか…いや、何も無い。
 『闇の洞窟』はどこまで続く永劫の空間…闇だけが満ちる、悪意のトンネル。

「…そこでじゃ、子供達よ。済まぬがお主等のデジヴァイスをこれに掲げてくれぃ」

 ゲンナイが指したのは、ずっと彼の横に置いてあった大きな箱。
 その中には、コードや液晶等が取り付けられた、素人目にはよく分からない機械。
 だがよほど急いで造ったのか、デコボコとしていて色々な物を後から取り付けたことが分かる。

「どうなるんだ?これ」
「やってみれば分かる」

 その言葉に不審そうにしながらも、ヤマト・空・光子郎・ミミ・丈、そして太一が順にデジヴァイスを掲げた。

「!?」
「…やはり、太一お主か…」
「え?」

 突然光り出したデジヴァイスに驚いていると、ゲンナイが重々しく頷いた。

「…太一。この中に囚われておるのは、お主の紋章じゃ」
「………」
「…行ってくれるか?」

 機械の上から遠ざけると、デジヴァイスは先ほどまでの輝かしさが嘘のように太一の手に収まった。
 それをじっと見つめ、目を閉じて握り締める。

「……ああ」
「待って下さい!」
「…光子郎?」

 光子郎のいつに無く強い語調に、太一は驚きに見張った目で彼を見つめた。

「…ゲンナイさん。今『やはり』とおっしゃいましたよね。『やはり』ということは、ゲンナイさんには分かっておられたのですか?囚われたのが太一さんの紋章だったと」

 仲間達の視線がゲンナイへと向く。
 ゲンナイはそれを真っ直ぐに受け止め、ゆっくりと頷いた。

「予想はしておった…。闇の力を感知出来たとはいえ、それに囚われておりながら、己の存在を示せるほどの輝きを持つもの…それは『勇気の紋章』が最も確立が高いじゃろうと…。そして、闇が惹かれ、手に入れたいと望むのも…。じゃがお主達の内の誰もが可能性があった。だから来てもらったんじゃ」

 暗闇の中たった一人囚われ、それでも決して自分を見失わず、『自分はここだ』と…『ここにいる』と示す光。
 何て彼の紋章らしい…。

「なあ、ヒカリやタケルには確かめなくていいのか?」
「あやつらは、ほれ。デジヴァイスがD-3になったじゃろ?あれはデジメンタルを起動させる鍵の一つに過ぎんが、それでも紋章の力が正しく世界に行き渡っておらねば、あの変化はありえんのじゃ」
「なるほどな。ま、他にも何か理由があるんだろーけど、今は聞かないでいてやるよ」

 にっと笑った太一にゲンナイは少し驚いたが、苦笑を浮かべただけで何も言わなかった。

「んじゃ行ってくるか」
「ボクも行く!」
「アグモン」

 それまで黙って聞いていたアグモンが、太一のズボンを握り締めて立っていた。
 ゲンナイを見ると、彼は済まなそうに首を振った。

「ダメだってさ…アグモン」
「やだ!絶対行く!太一について行く!」
「アグモン…中は闇の洞窟じゃ。そこに囚われておる太一の紋章と密接な関係のお主が行けば、何が起こるか分からんのじゃぞ?」
「それでも行く!」
「アグモ…」
「行くったら行く!太一一人でなんか行かせないっ!」
「分ぁかぁ〜った!分かったからアグモン!ズボンひっぱんな!」
「あ……ごめん」

 てへvと笑うパートナーの額をこつんと叩き、ちらりと仲間達に視線を送る。

「大丈夫よ、太一v何も見えてなかったわv」
「そうそう♪なぁ〜んにもv」

 にこやかな笑顔が怪しい。

「ねぇ、ミミ?太一の『パンツ』昔見たのと形違ったわね?」
「あっ!こら、パルモンっ!」
「光子郎や丈のと同じのっぽくなかった?空ぁ?」
「ピ、ピヨモンっ!」

 両者慌ててパートナーの口を手で塞ぐが、男性陣の胡乱な瞳は隠しきれない。

「「えへv」」

 まあ、あれだけ長い間一緒にいたのだ。
 ニアミスの一度や二度はあっただろう…自分達とて、彼女等の下着姿を見たこと等、一度や二度位、あったよーな、無かったよーな…。

「………で、アグモン。ホントに行くのか?」
「もちろんだよ!太一の心を迎えに行くのに、ボクが行かなくてどーすんのさ!」
「…心」
「心でしょ?紋章は太一の心から創ったものなんだから」

 きっぱりと言い切る彼こそが、自分の心の勇気の結晶。
 どんな時にも共にいた、大切な心友。

「分かった。一緒に行こう」
「太一!」

 抱きついてきたアグモンを受け止め、しっかりと抱きしめる。

「ボクが守ってみせるからね!何があったって!」
「ああ…頼んだぜ?アグモン」
「うんっ!」

 嬉しそうなアグモンを抱きながら、目で決意は変わらないことをゲンナイに伝える。
 彼は仕方無さそうに頷いた。
 こちらで、出来る限りのサポートはすると…。

「じゃあ皆。オレ等行ってくるからさ」
「はい。気をつけて…三十分たって戻らなかったら、僕等が追いかけますから」
「…………え?……」

 さらりと告げられた光子郎の言葉が、太一は一瞬理解出来なかった。

「今ジャンケンで決まりました。太一さんに何かあった時、すぐ駆けつけられるように三十分後から五分置きに僕等が入ります」
「……は?」

 ジャンケン?いつの間に?…と仲間達を見れば、調度最後の勝負が決した所だった。

「やったぁ!勝ったあっ!」
「やったな、丈ぉ!」
「ああ〜負けた〜…」
「ヤマトぉ〜…」

 ゴマモンにおだてられてガッツポーズを取る丈。
 項垂れるヤマトと慰めるガブモン。

「と、いうわけで、光子郎君の次があたしねv」
「ミミはその次で〜す♪」
「僕等がその次だ」
「…オレがラストだ。…太一。皆がダメでもオレが助けてやるからな!」
「へ?」

 仲間達の妙なテンションに、太一は少し困惑気味。

「…お前等、さっきまでこの洞窟が気色悪ぃとか言ってなかったか?」
「仲間が中にいるなら話は別よ!」
「な〜に大丈夫。気持ち悪いのは最初だけで、じきに気にならなくなるさ」
「やだ、丈先輩っ!変な言い方しないでよぉっ」
「え?変って?」
「太一さん、とにかく妙なものに惑わされないように気をつけて下さい」
「お、おう」
「ヒーローは遅れてくるものだ。後は任せろ、太一」
「何言ってんのよ!あんたはただの遅刻魔でしょう!?」
「何だよ、空だって子泣きじじいみたいだったじゃないか!?」
「なんですってぇ〜っ!?」

 太一は苦笑し、くるりと仲間達に背を向けた。

「…行くぞ、アグモン。オレの頼りはお前だけだ」
「うん」

 洞窟の入り口で、複雑な表情でゲンナイと向かい合う。

「じーさん、オレ等行くから」
「ああ。くれぐれも気をつけてなぁ。どんな手段を使ってお主を惑わそうとするか分からん。油断はするなよぉ?」
「ああ、分かってる」
「うむ。…あやつ等のことは任せておけ」
「ああ…頼むよ、じーさん」

 そうして、二人はひらひらと手を振り、ぶらっと何所かに出かけるかのように闇の洞窟の中へと入って行った。

「気をつけて行くんだぞぉ…」



















 どの位歩いただろう…。


 闇。
 闇。
 闇で塗り込められた、世界。


 それでも互いの姿だけは認識出来ていたが、それが消えた。



「…あれ?」
「太一ぃ?」

 次いで見えた姿には、流石に少し驚いた。

「…タイチ、ちっちゃい…」
「お前だって、コロモンに退化してるぞ」

 まだ小学校に入るかどうかという姿になってしまった太一。
 あどけない表情のコロモンに退化してしまったパートナー。

 その姿をお互いぱちくりと見つめ、同時にくすりと笑い合った。

「…先行くか」
「そーだね」

 コロモンがピョンっと太一の小さな腕と手の中に納まり、そのままに歩き出した。

 こんな時少し位慌ててもいいのにと思うのだが、何故か落ち着きは破られない。
 お互いがいれば、例えどんな場所にいても大丈夫だと、確信を持って言えるからだろうか。
 それとも、洞窟に入る前、仲間達が捨て身で緊張をほぐしてくれたからだろうか…。

 本当は分かっている。
 いや、始めは分からなかった…だが、この闇の中を進んで行く内に分かって来た。

 自分が何も恐れていないことを。

 いつものように、笑って、怒って、喧嘩しながら『何も気負うな』と送り出してくれた仲間達。
 ふとそれに気づいた時、思わずアグモンと目を合わせて笑ってしまった。

「何なんだろーなぁ、ここ。敵が襲ってくるわけで無し」
「さ〜…ボク達が退化しちゃったことと関係あるのかなぁ?」
「おいおい、コロモン。オレも退化なのか?」
「え?じゃあ何ていうの?」
「え〜と…」

 太一が考えていると、どこからか猫の鳴き声がした。
 不思議に思って見回すと、足元にすりっと擦り寄って来た感触に驚いた。

「あ、やっぱ猫だ」
「ホントだぁ…太一のおうちにいた子と似てるね」
「ホントだな〜」

 すりすりと懐いてくる猫は、幼稚園の時太一が拾って来た飼い猫の『ミーコ』に姿も毛並みもそっくりだった。
 だが太一は、猫を撫でることも無く、コロモンを抱きかかえたまましばし見下ろし…そして構わず歩き出した。

「あの猫元気?」
「まーな。結構年寄りになっちまったから心配なんだけど、よく外出て遊んでるぜ」
「元気だねぇ〜」

 すたすたと歩く太一の足にまとわりついていた猫は、諦めたのかいつの間にか消えていた。

「あれ?タイチちょっと大きくなってるよ?」
「え?そうか?…そういや服も、さっきまでのとは違うかな?」

 太一の姿は、ちょうど小学三年生頃のもの。

「タイチぃ〜あれ。誰か倒れてる?」
「あ、ホントだ。倒れてるな」

 遠目から見ると分からなかったが、近づいてみると、それがまだ小さな少女であることが分かった。

「…ヒカリに似てるね」
「ヒカリに似てるな…」

 倒れている姿、髪型、着ている服まで遠い記憶にぴったりと重なる。

「…だけど、ヒカリは今頃デジタルワールドのどっかで復旧作業中だよな」
「それもそーだね」

 あっさりと素通りしてそのまま行くと、今度はどこからか泣き声が聞こえて来た。

「何だ?」
「どっかで聞いたことある声だよね」
「そうそう。今じゃ懐かしい声な?」

 その声の発生源は、どうやら崖の下かららしい。
 太一はコロモンと共に突然現れた崖から下を覗くと、そこには懐かしい姿の弟分がいた。

「…タケル?」
「あ、太一さん!お願い、助けて!」
「…………」
「太一さんっ!なんで?助けてくれないの!?」

 タケルが泣きながら、必死の表情で太一に向かって手を伸ばす。

「う〜ん、困ったな〜」
「太一さん、何が?」
「オレの知ってるタケルは、どんなにちっちゃくても自分で何とかしようって頑張るやつなんだよな〜…」
「え!?」

 タケルが驚いた顔をすると、太一が胸の前に抱えていたコロモンがぷぷっと酸のアワを吹き出した。

「わっ!?」

 それに驚いたのだろうタケルがバランスを崩す…そして姿が見えなくなって行った。

「あ〜……落ちちゃったな…」
「うん…落ちちゃったねぇ…」
「んじゃ、先行くか。あ〜いいもん聞いたなぁ〜♪」
「うん。今のタケルじゃ聞けないもんねぇ♪」

 ほくほく顔で歩いていると、またしても何処からか声が聞こえた。

「太一!アグモン!タケルを知らないか!?」
「え?」

 現れたのは小五のヤマト。
 額には汗が浮かび、弟を必死に探していたのか、表情まで殺気立っている。
 そして、仲間達が次々と終結する。

「ヤマト!タケル君見つかった!?」
「いや、まだだ…」

 そんな沈痛な表情を浮かべる彼等とは別に、太一とアグモンはお互いの姿を見つめた。

「アグモンに進化してんじゃんか」
「太一もちょっと前の太一に戻ってるよ?」
「あ、ホントだ。ゴーグルつけてら」

 ほのぼのとした雰囲気の二人に、ヤマトがイラついて太一に掴みかかろうとして来たのをひょいっとよける。

「なあ、アグモン。お前自分の意志で進化出来るか?」
「おい、太一!」
「どうだろう?やってみようか?」
「太一!今大変なのよ!」
「おっし。ものは試しでやってみるか♪」
「太一聞いてるのかい!?」
「うん、分かった♪」
「太一さんっ!」
「アグモン進化だ!」

 デジヴァィスと進化の光が闇を突き抜ける…そして、その中にグレイモンが悠然と立っていた。

「お〜♪出来た出来た♪よっし、んじゃグレイモン」

 先ほどまで太一を責めるように寄っていた『仲間達』は、呆然と一箇所に固まっていた。



「踏め」




 ぷちっ。




 グレイモンは忠実に彼の言葉に従った。
 しかし、足をどかしたそこには地面があるばかりで、今踏み潰した何かは痕跡も無く消えていた。

「ったく。騙されると知ってて騙される馬鹿はいねーよ。さーてこれからどーすっかな〜…」

 太一は呆れたように呟き、周りを見回した。
 体は既に、本来の姿に戻っている。
 そこはさきほどまでの『闇』では無く、進化の光が収縮した今も視界を保っていられる明るさがあった。
 それならば光源がどこかにあるはずと探しているのだ。

「太一。これ…」
「え?…」

 グレイモンがアグモンに戻ると、彼に隠れて見えなかった光の珠が目に入った。
 明らかに『普通』では無いそれは…太一がそっと手をかざすと、ぽすんっとその上に落ちた。
 だかまだ光を失っていないそれを握り締めると、オレンジ色の光が洞窟いっぱいに爆発した。

「っ!?」

 反射的に構えた太一だったが、風も音も無く、ただ光だけが洪水のように溢れてくる。
 優しく、穏やかな…勇気の波動…。
 光と共に流れ込んでくるのは、自分やアグモンの戦って来た日々の記憶。

 覚えている。
 一人きりでは無いからこそ前に進めたあの頃。
 仲間達とパートナーと共に育て上げた、自分の心…その結晶。

 それが今、世界に還っていく。
 この世界で育てた『勇気』が、この世界の『力』となって…。

 そして、終わることが無いかのように思えた光の洪水は、始まった時と同じように終結した。
 これで、捕らえられていた『紋章の力』は正しく機能してくれるだろう。

 そう思って微笑んだ太一は、ふとまだ手の中に残る固い塊の存在に気づいた。
 ゆっくりと掌を広げると、見覚えのある金色のリングが光っていた。

「これ…テイルモンのホーリーリング…か?」
「え?どれ?」

 見たがったアグモンのために膝をつき、掌の上のそれを指先で転がしてみる。
 間違いなく、彼女のものだ。

 あの闇の中、『勇気の紋章』はこのホーリーリングを守っていたのだろうか。
 それとも、このホーリーリングこそが『勇気の紋章』を闇から守っていたのだろうか…。

 きっとどちらも正解。
 二つの力が支えあっていたからこそ、今日太一が来るまで待っていられたのだ。

 一人の紋章は皆のために、皆の紋章は一人のために。

 懐かしい言葉が頭をよぎる。
 だがそれを実践してみせてくれた『二つの力』…自分達の手を離れてさえも。
 掛け値なく無く、それが嬉しい。

「…ご苦労じゃったな、太一」
「!…ゲンナイさん!?それにお前等…」

 驚いて顔を上げると、洞窟の入り口にゲンナイと仲間達がいるのが分かった。
 光が消えたのに視界が曇らないと思えば、入り口からの太陽光線のおかげだったのだ…あんなにも闇の中を歩いたのに、実際の距離はほんの数mでしか無い。

「あはは…何だこれ。すっげぇ変」
「楽しそうね、太一。さっきは思いっきりよく殺してくれたけど」
「何だ、見てたのか?」
「ゲンナイさんの装置で…デジヴァイスを持つ太一さんの位置を捕捉出来てたんです…」
「あはは♪そっか」
「太一…お前もーちょっと躊躇してもいいんじゃないか?」
「そーよ、太一さんっ、ぷちって…何かゴキブリみたいで嫌ぁ〜っ」
「ミミ君…」

 ある意味、自分の死に様を目の当たりにしてしまった彼等は、複雑な表情を隠し切れない。

「ま、いーじゃねぇか♪お前等じゃ無いんだし♪」
「だけど…少し位疑ったりしなかった?」
「え?あいつ等がお前等かって?」
「そう。太一だって小さくなってたんだしさ」
「ははっ。お前等も実際目で見てれば分かったさ」

 太一は晴々と笑う。

「オレはお前等を絶対間違えない。偽者かどーかなんて一目で分かるぜ♪」
「え…」
「お前等以外の代わりなんて、例えクローンでもお断りだぜ!」

 きっぱり言い切った彼に、仲間達は無条件で降伏した。
 自分達だって、彼と同じ意見だから…。

「?…太一、何持ってんだ?」
「あ、そだ。中で見つけたんだ…テイルモンのホーリーリング♪」
「えっ!?」

 次々に覗き込んでくる仲間達にそれを見せ、ゲンナイにも同じように見せる。

「…太一。済まんがこれを貸してくれ」
「ほい」

 あまりにあっさりと太一が渡すので、仲間達だけで無くゲンナイまでが驚きに目を見張る。

「…これだろ?ヒカリ達を呼びたくなかった本当の理由」
「………」
「いいさ。これがあいつ等のこれからの戦いに必要なら、オレ達は黙っている。…そういうことだろ?」
「……済まん」

 ホーリーリングを大事そうに擁き、深く頭を下げるゲンナイに笑い、仲間達を振り向いた。

「事後承諾になっちまうけど、いいよな?」
「…ああ」
「太一がそう決めたのなら」
「従いますよ。僕等はいつだって…」
「うん。そうよねv」
「きっとそれが一番いい方法だろうからね」

 信頼という言葉のまま微笑む仲間達に頷きだけで返す…『ありがとう』とは言葉にせずに。

「そんじゃ、オレ等はまだ早いし、小学生組に合流して復旧作業を手伝うか♪」
「「「意義無〜し♪」」」

 二つ返事で返した仲間達と、眩しそうに見送るゲンナイを残し、バードラモンとカブテリモンの二手に分かれて大空へと飛び立った。

 上からは色んな物が見える。
 瓦礫の街、崩れた塔、破壊され、焼き尽くされた森…しかし、以前のままの自然や元通りになった街もあり、確実に増えている。
 そしてそこにいる、小さな仲間達。

「ヒカリ――っ!」

 空からかけられた声に、ヒカリは驚いて周りを見回す。そして見つけた兄の姿。

「お兄ちゃん!?え!?今日こっちに来てたの?」

 嬉しそうに手を振る妹に、太一はアグモンと一緒に飛び降り、駆け寄る彼女とそのパートナーごと抱き上げた。

「お兄ちゃん?」
「…サンキュー、お前等に助けられた」
「え?」

 不思議そうにする妹にはそれ以上言わず、アグモンと瞳を合わせてくすりと笑った。

「…テイルモン、何かした?」
「え?ヒカリじゃないの??」

 分からなくていい。
 だが確実に繋がっている自分達の気持ち。

 あの戦いから今まで…そしてこれからもずっと。
 悲しみも苦しみも全て無駄では無かったと、証明された。




 そしてきっと、あの頃抱えた全ての想いは、新しく仲間になった彼等へと続いていく…永遠に。







 
おわり

       ……………おかしい……(汗)
       始めの予定ではシリアスになるはずだったのに…(滝汗)
       ごめんなさい…山も何も無くて…(泣)
       リクの主旨と違うよ〜(泣)