嘘じゃない。 大切だから守りたい。 大好きだから傍にいたい。 役に立てて…笑顔がみたい。 裏切らないから。 オレは絶対に裏切ったりしないから…。 傷ついて痛いのは、体よりも心の方。 その中に入れてくれるのなら…例え体なんかどれだけ傷ついても構わない。 どんな傷も、心の痛みには適わない。 笑ってほしい。 抱きしめて。 その心を分けてほしい…。 本当はそんなに強くない。 皆が思うほど、強くなんてないんだ。 もういっそ、『皆』がそこにいていれるのなら…オレなんかいなくてもいいと思ってしまう位大好きだから…。 嘘じゃない。 裏切りたかったわけじゃない。 守りたかった…それだけだった。 デジタルワールドは野生の世界。 弱肉強食の生き物達に、人間の作ったルールは一切通用しない。 強いものが勝つ。 それが唯一の彼等のルール。 世界を守るための戦いと言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は後始末役と言うか、修正役とい言うか、何となくビルの警備を任されたセキュリティ会社の下請企業のような役回りと言えなくも無い…そして、そんな子供達の行動に一切興味を示さず、己の縄張り争いにのみ意義を見い出すデジモンも少なくなかった。 「………行ったか…」 遠くなる羽音に子供達はほっと息をつき、身を潜めていた偽りの木の幹から順に出た。 外見には普通の木にしか見えないが、中は空洞になっていてデジタル文字がびっしりと埋まっており、3D映像のように通り抜けることが出来る。 「…何とかやり過ごしたな」 「ええ。それにしても空さん、こういう隠れ場所見つけるの上手いですよね」 「ふふv偶然よぐーぜん。もたれようとしたら通り抜けちゃっただけ」 「大輔?どーした?」 まだ呆然と、信じられないように幹に向かって腕を突き出したり戻したりしている後輩に太一が声をかけた。 「え!?あ、すみません。いや…不思議だな〜って思って…」 「ああ、そうだな。オレ等も始めはびっくりしたけど、流石に今じゃ慣れちまったよな〜」 「そうですね。でも、この謎についてはまだ解明出来ていませんからね…その内解き明かしてみせますが」 「光子郎ハンの知りたがり病が始まりよったわ」 挑戦するように映像でしかない木を見上げる光子郎を呆れたように見つめるテントモン…仲間達はついさっきまでの緊張が解けたように笑い合った。 本日デジタルワールドに来たのは、新生選ばれし子供達とお台場中学生四人組、そしてそのデジモン達だった。 ゲートをくぐって直ぐに合流出来たのだが、そのエリアではデジモンカイザーのデジモン狩りやダークタワーを中心にする陣取り合戦とは別に、イービルリングの支配を受けていない成熟期デジモン達による縄張り争いが起きていたのだ。 縄張り争い中のデジモンは気が立っていて話し合いが出来るような雰囲気では無いし、何より侵入者は問答無用で攻撃してくる傾向がある。 三年前の経験でそれを嫌というほど知っている先輩達は、複雑な表情で辺りを警戒して見渡した。 「しっかし、まずい場所に来ちゃったよな〜」 「ええ…エリア表から間違いなくここにはダークタワーが建っているのでしょうが、カイザーの支配はまだそれほど及んでいないのか、イービルリングをつけていないデジモンが多くいるようですね…喜ばしいことなのでしょうが、素直には歓迎出来ませんね」 「泉先輩、どうして歓迎出来ないんですか?」 京が話の内容が掴めず、挙手をして質問をした。 「僕等の身が危ないからですよ、京君。いつもならイービルリングを壊せば友好的になってくれるデジモンもいますが、こと成熟期以上の縄張り争いは、ある意味理性とは無縁であるため、そこにいるだけで攻撃をしかけられます」 「え゛っ…」 「更に、今戦えるのは君達五人分のアーマー進化出来るデジモンだけ。僕等のパートナーはダークタワーの影響で進化は無理でしょう。しかし、アーマー体のレベルは成熟期のそれとそう違いはありませんからね…出会うもの全てに遮二無二戦いを挑んでくる彼等と戦うのは、分が悪いでしょうねぇ…」 ふぅと溜め息をつく光子郎に、京と伊織は何とも言えない表情で目を合わせ、大輔はたらりと冷や汗を流した。 「えぇっと、それってかなりヤバイんじゃ…?」 「かなり所じゃなく、緊迫した状況ですよ。今も、まだ攻撃されないことの方が不思議な位に」 「って、何でそんなに落ち着いてるんですか!?」 「落ち着いてるわけじゃないのよ。でもハッタリかます位余裕のあるフリしてなくちゃ」 「え!?」 「この世界の奴等は、自分より力が上か下かを見分ける力に長けている。脅えた空気はそのまま相手に伝わるからな…自然体でいることが重要なんだ」 「は、はあ…」 「それにいざという時、体が凝り固まっていては対処が出来ませんからね。一瞬の判断が勝敗を分けることもありますから、常に周りには気を配っておかないと」 「な、なるほど…」 「そゆこと。お、帰って来たな」 太一の言葉に振り向けば、茂みの奥からぺガスモンとネフェルティモンにそれぞれ跨ったタケルとヒカリが姿を現した。 二人は太一の頼みで近辺の偵察に行っていたのだ。 「どうだった?」 「うん、この近くに何本かダークタワーを見つけたよ」 「でも、それ以上にこの辺り、大きなデジモンが多いみたい。早く倒してこのエリアを出た方がいいと思うわ」 「そうか…ならさっさと行こうぜ。またさっきのデジモンが戻ってくるかもしれないし、奴と争っていたデジモンもまだ近くにいるはずだ」 「ああ」 「そうですね、急ぎましょう」 太一の提案に全員が否も無く頷き、進化を解いたパタモンとテイルモンを道案内に注意深く進んで行く。 「ぎゃっ!?」 「えっ、何!?」 「何ですかっ!?」 がさっと音をたて、そのまま逃げ出して行くデジモンに驚いた経験不足の三人に、あまり声を上げないよう口を塞いで宥めるように太一が言った。 「騒ぐなって。成長期のマッシュモンだ。普通に会ったんならあんま油断しない方がいいが、縄張り争いの最中は大人しいもんだから心配ねーよ」 「そ、そうなんですか?」 「んもう、大輔が変な声出すからつられちゃったじゃないっ」 「全くです…」 「んだと〜」 説明されたことにほっと安心し、だが慌てたのが自分達三人だけだったことが決まり悪いのか、責任の押し付け合いを始めてしまった。 その様子を他の者達は苦笑しつつも眺めていたが、ふいに何かが心の警笛を鳴らした。 「しっ!黙れ!」 「「「えっ!?」」」 「いいから!」 さきほどまでと変わらない静寂の包む森。 だが、明らかに違う空気が流れている。 「…見つかったか…?」 「どこだ?」 「分からないわ、でも…見られてる」 敵の居場所は分からない。 だが確実に感じる、この戦闘時特有の圧迫感…。 視界の隅で、何かが光った。 来る! 「えっ!?」 「きゃっ!」 「わっ!?」 思った時には体が動いていた。 軌道上にいた後輩達を体で覆うように伏せさせ、地面にぶつかる感触の一瞬の間も無く爆音と爆風が木々を撫で上げた。 「く…っ」 「きゃあっ!?」 「太一っ!?」 「太一!皆も大丈夫!?」 「お兄ちゃんっ!」 「た、太一先輩っ、あの…」 「ああ、平気だ。それより、立て。…おいでなすったぜ」 他のメンバー達もそれぞれ何とか身を守り、そんな彼等の前に壁を作るようにデジモン達が前に出て構えた。 煙の晴れた向こう側に見えたのは、見覚えの無い仰々しい武器に身を固めたデジモン…。 「…まずいのが出て来ましたね。『タンクモン』…争いことの大好きな、ポリシーの無い困ったさんですよ」 「太一達は、下がってて!」 「だけどアグモン…」 「大丈夫。…足留めくらいは出来るよ」 「………」 後半は太一だけに聞こえるように呟き、アグモンとガブモン、ピヨモンとテントモンがずいっと前に出た。 「大輔。お前等は今の内にデジモンを進化させてダークタワーを倒して来い」 「え!?でもっ…」 「大丈夫だ。ダークタワーさえ倒せればアグモン達も進化が出来る」 「は、はい!行くぞ、皆っ」 「う、うん!」 「分かりました!皆さん、気をつけて下さい!」 「お前等もな!」 デジモン達の一斉攻撃の隙にパートナー達を連れて駆け出した後輩達の中、タケルとヒカリが何かを訴えるような目で兄達を振り返る。 それを受け、彼等は微笑み、静かに頷いた。 「…っ」 タケル達はぐっと何かを耐えるようにして頷き、大輔達を追って森の中に消えて行った。 「…いいのか?行かせて…」 「仕方ねぇだろ?大輔達だけじゃ、まだ危なっかしいし…それに、あいつ等はまだ、イービルリングもついてねぇデジモンが相手じゃ、戦えねぇだろ」 「そうですね…」 「それより太一、ケガしてたんじゃない?大丈夫なの?」 木にもたれかかるようにして体を支える太一にヤマトと光子郎がさりげなく手を貸し、空は心配気に顔色を伺った。 「ああ、何とかな。それより、あいつ等がダークタワーを倒すまで何とかしねぇとな」 「ええ…戦い慣れているとはいえ、流石に成長期デジモン四体では成熟期のタンクモンをいつまでも押さえられないでしょうから」 全身に銃火器を装備しているタンクモンは、全身が戦車のような形をしていて、両腕にマシンガン、額に大型大砲、そしてその他にも小さな砲弾が幾つもついているが、アグモン達が上手く誘導しどの武器も飾り物のように振り回している。 しかし、体力が物を言う霍乱戦法でいつまでももたないし、何より、今は頭に血が昇っているようだが、その内キレて乱射して来ないとも限らない。 「…場所を移すぞ」 「太一!?」 「あいつの図体じゃ、小回りはきいてもこの森ん中じゃそう自由に移動は出来ねぇはずだ。あのでっけぇキャノン砲みたいなので進んでってくれりゃ居場所も分かる」 「なるほど、攻撃しつつ退いて行って身を隠すということですね?」 「ああ。そんなに長い間じゃなくていい。ヒカリ達がダークタワーを倒すまで逃げられりゃいいんだからな」 「…やるしかないわね」 決めるのは早かった。 「アグモンっ!こっちだ!」 「太一!?分かった、ベビーフレイム!」 デジモン達の名を呼びその身を翻す…その手振りだけでパートナー達にははっきりと意志が伝わった。 成長期最大の必殺技をタンクモンの両目に向かって放ち、奴の目くらましになっている間に素早く散開する。 怒りが爆発したらしいタンクモンのそこら中を手当たり次第に打ちまくる砲撃が聞こえる。 爆風に煽られ、仲間達の中、奴が追って来たのがこちら側だと言うのが予測がついた。 虚ろな視界でも捉えられた『オレンジ色』を追って来たのだろう…。 「…太一、ボク出て行こうか?」 「いや、まだ早い。もう少し距離を置いてからしかけよう」 「分かった」 木の隙間を縫うようにして移動し、良さそうな距離を置いて太一は木の室に身を潜め、アグモンは枝に登ってスタンバイした。 しばらくして、ベルトコンベヤーが回り、木や枝を踏み潰すけたたましい音と共にタンクモンが近づいて来た。 「ふふふ…臭う、臭うぞ…この辺りにいるな?」 「その通りだよ、タンクモンっ!」 「何っ!?」 獲物を追い詰めたと含み笑いをもらすタンクモンの上に、アグモンが勢いよく飛び降りた。 驚きに怯んだ隙に、すかさずするどいツメを浴びせかける。 「ぐあっ!?」 「太一走って!」 アグモンの指示に、太一が木の根元から素早く立ち上がって地を蹴った。 腕を伸ばせば届きそうな位置にタンクモンがいた…しかし、攻撃のタイミングを図っているアグモンの邪魔をしないために、合図があるまで勝手に動くわけにはいかなかったのだ。 そして、奇襲は見事に成功し、ほんの数瞬前まで太一がいた所にタンクモンがもんどりうって倒れこんだ。 「やったぜ、アグモンっ!」 「太一、このまま逃げよう!まだ進化出来そうにない!」 「ああ、そうだな!」 したたかに全身を打ち付けた様子のタンクモンは動かない。 あの足では起き上がるのにも手間取るだろう…今の内に離れた方が得策だ。 二人は仲間達と合流しようと来た道を戻ろうとし、森の奥から自分達を呼ぶ声がすることに気づいた。 タンクモンが太一達を追っていることに気づき、また、感じる戦闘の気配に追って来てくれたのだろう。 タンクモンになぎ倒された道を辿るようにやって来た仲間達に手を上げて無事を伝えようとした時、背後で動く気配がした。 それに気づいたのは、太一もアグモンもほぼ同時…だが、奴のハイパーキャノンの照準が狙っていたのは太一の方。 それと知って庇うように前に出たアグモンを、太一がとっさに突き飛ばすのとハイパーキャノンが打ち出されたのもほぼ同時。 「太一っ!?」 「太一さんっ!?」 「アグモンっ!!」 近距離でのすさまじい爆風と爆音に、事態に気づいた仲間達の声も掻き消されてしまった。 「……うっ…」 「おっと、動くな」 「っ!!」 煙と土埃が晴れると、見晴らしのよくなったボコボコの大地で、太一がタンクモンにマシンガンアームを突きつけられていた。 「太一っ!!」 「お前等も動くんじゃねーぞ。…成長期のくせにやけに刃向かってきやがると思えば、お前等『選ばれし子供達』とそのデジモンかよ」 「…だったら何だ」 マシンガンアームの直ぐ下に太一がいるため、アグモンは一歩も動けず、ただ睨みつけてやることしか出来ない。 それはヤマト達も同じで、牽制された位置から動けないでいた。 「ふん。噂になってたなぁ、世界を救った英雄だって」 「んな大したもんじゃねぇよ…オレ等はただの、厄介事の始末屋さ…」 「へっ。オレにとっちゃどっちでもいいさ…だけど」 タンクモンの言葉を馬鹿にしたように返す太一に、彼も口先だけで笑って少しだけマシンガンを離した。 「お前等を倒せば、オレは『ダークマスターズ』よりも強ぇことになる」 「なっ!?」 「本当はどっちが強ぇかなんて関係ねぇのさ。『今』お前等を倒せば、周りの奴等はオレをそう思ってくれるってだけでよ」 驚くヤマト達をあざ笑う。 自分が得するのならば、どんな相手にでもつくというタンクモンらしい言葉なのかもしれない。 「いや…お前等を倒せば、オレも完全体に進化出来るかもなあっ!」 「太一ぃっ!」 タンクモンの愉悦に歪んだ言葉とアグモンの悲痛な叫びが交差した…その時、太一の持つデジヴァイスが辺り一帯を照らす光を放った。 「なっ!?」 「太一!?」 「…進化だ、アグモンっ!」 太一の声に呼応し、アグモンが進化の光に包まれる。 その眩しさに怯んだタンクモンに、光の中から進化を遂げたグレイモンがグレートアントラーをかけた。 「ぐあぁっ!!」 よろめいたタンクモンに、今度は横からガルルモンが体当たりをした。 「…ガルルモン…」 「太一!大丈夫か!?」 「太一っ!」 いつの間にか、太一はヤマト・光子郎・空に囲まれており、そんな彼等を護るように進化したバードラモンとカブテリモンが立ちはだかっていた。 グレイモンへの進化を見て、タケル達がダークタワーを倒し終わったことを悟った彼等が自分達のパートナーも進化させていたのだ。 少しぼうっとなった頭で、それでも戦いの様子を知るために体を起こそうとすると、慌てたように空に止められた。 「太一、無茶しないで!爆風で体を打ち付けているのよ!グレイモンが見たいなら、体を支えてあげるから!ヤマト」 「ああ、分かってる。お前はここで見てろ」 「そうですよ、太一さん!…それに、もう決着が着きます」 光子郎の言葉通り、成熟期へと進化したグレイモンとガルルモンの二体にタンクモンが適うはずもなく、最後はグレイモンの放ったメガフレイムでデータに還っていった。 「……ふぅ。グレイモン…夢じゃなかったな…進化、出来たんだな…」 「太一ぃ…」 進化を解きアグモンに戻った彼に、太一がヤマトに支えられながらゆっくりと手を伸ばすと、アグモンは半泣き状態で太一の元へと駆けつけ縋りついた。 「太一ぃ〜っ、よ、よかったぁ…よかったぁ〜っ!」 「アグモン…ありがとな…」 「………っ」 言葉も無く頷くだけのパートナーを優しく撫で、太一は愛しそうに瞳を細めた。 しかし、仲間達の心境はそれで納まるようなもので無い。 無事でよかった。 倒せてよかった。 もう少しで危ない所だった…そんな言葉では済ませられない。 「…って!…ヤマト?」 突然頭を叩かれて、訳も分からず怪訝そうに支えてくれているヤマトを見上げた。 すると、続いて空に鼻先を摘ままれ、光子郎には額をぺしんと弾かれた。 「?…なんだ?」 「なんだじゃねーよ、この馬鹿っ!」 「へ?」 ヤマトに怒鳴られ、太一はきょとんとその瞳を見返す。 「太一分かってない。全然分かってない!」 「だ、だから何が??」 「他のことには聡いのに、どうして自分のことだけこんなに鈍いんですか!?」 「は??」 仲間達の突然の剣幕にたじろぐが、ヤマトに支えられている状態では逃げることも出来ない。 何かを言い返そうと口を開けた時、空の瞳に光るものを見つけた。 「…そ、空…泣いてんのか?」 「泣いてるわよ!」 「僕だって泣きますよ!?」 「こ、光子郎??」 恐る恐る確認すれば噛み付くように返され、更に光子郎にまでそんなことを言われてしまったが、確かに光子郎の目にも涙が浮かんでいる。 「も、もしかして…ヤマトもか…?」 「…オレは泣いてない」 「ヤマト、涙浮かんでるよ?」 「ガブモンっ!」 ヤマト本人の言葉は一切信用せず、「そうか…ヤマトもなのか…」と混乱する頭で理解した。 「オレ、何かした?」 「何かだと!?」 「したわよ!したから泣いてんじゃないっ!」 「ホント変わりませんよね!そーゆー無神経な所!」 「む、無神経??」 ぱちくりと目を瞬かせる太一に、デジモン達を含めて一斉に溜め息を零した。 「太一さんは昔からそうでした。…その場その場の一番効果的な方法を見つけ出して、僕等には危害が及ばないよう作戦を組み立てるんです」 「そう…そしてそれは、見事に的中するのよね」 「ああ…だがその作戦の中に、お前は『お前自身の無事』を入れて無いんだ」 「え?」 太一は驚いて目を見張る。 「…太一はすごいよ。作戦を立てるのも、敵の本質を見抜くのも、オレ達の中じゃ誰もお前に適わない…だけど、そんな中で太一は絶対に自分を『安全圏』に置かないんだ!」 「仲間を助けるのも、身を挺して庇うのも立派よ?太一は咄嗟に体が動いちゃうみたいだけど、そうして太一が危険に飛び込む度、あたし達は心臓が止まりそうになるのよ!」 「お願いですから、もっと自分と自分の体を大切にして下さいっ。あなたが自分を捨石にしようとする度、僕等がどんな思いでいるか…太一さんは考えたことありますか?」 「ヒカリちゃんだって言ってたわ。『お兄ちゃんは少しも自分を大事にしない』って。『皆や自分のことは大切にするのに、お兄ちゃん自身のことは全然気にかけないから心配だ』って!」 必死の表情に、太一は震える手でこめかみの髪を握りしめた。 「…オレ…そんなつもりは…」 「無かったんなら、これからよく覚えとけ!」 「僕等のことを大切に思ってくれることは、すごく嬉しいんです。本当に心から。でも、太一さん自身のことも守って下さい」 「あたし達も太一が大事なの」 「おれ達がそう思う『八神太一』を、お前も大事にしてくれ…オレ等のために…頼む」 覚えているのは、白い廊下。 赤いランプの点いた手術室…そこに消えていった妹。 叩かれた頬の痛みが、そのまま胸の痛みに変わった。 『いらない』と言われたようで…あの時、自分の存在がどうしようもなく希薄な物に感じられた。 『守る価値』など無いような…。 以来『何か』に執着したことが無い気がする。 『知らない世界』に飛ばされても…『よく分からない生き物』に出会っても…『何か』にしがみつくことは無かった。 例え誰かに嫌われたとしても、『母親にいらない』と言われた自分なら当然のようで…。 今はそんなことは無いと知っているのに、それでも心のどこかでまだ『いらない人間』だと感じていた。 だけど、そんな自分にも守りたい人はいて、大切な人達も出来て…そんな彼等を守れるならば、この体がどうなろうと構わないと思っていた。 だけど、でも…そんな自分の行動が、誰よりも大切な彼等を、守りたかった彼等を…傷つけていたと言うのなら…これが裏切りで無くて何になるだろう…。 「………ごめん…」 「…太一…?」 「…ご、ごめん…皆…!」 熱いものがこみ上げて来る。 胸が痛い。 心が痛い。 だが、同じ位に喜んでいるこの、心。 やっと『何か』に許されたような、『いいんだ』と言ってもらえたような、包み込まれているような感じ。 「…何だよ、太一の方がぼろ泣きじゃん」 「え?」 頬に手をやると、人前では泣けないと思っていた自分の涙が止め処なく伝っているのが分かる。 「…へへ。かっこわりぃ〜…」 「ちょっ、何よ!いじめてなんかいないわよ!?あたし達怒ってるんですからねっ!?」 「空さん…」 「あはは。分かってるって。反省してる」 「ホントに分かってるの!?」 「ああ。……ありがとな」 まだ止まらない涙で、それでもふわりと微笑んだ太一に息を呑んだ。 今までとは明らかに違う、何かを脱ぎ捨てたような、艶やかな変化。 「ん。じゃあ、約束して!『二度と自分を粗末にしない』って!」 「ああ、約束する」 空がぐいっと出した指に自分の指を絡めると、背後と横からもう二本の指が伸びて来た。 「オレ達も一枚かむよ」 「何せ太一さんの『自己犠牲』は折り紙つきですから」 「お前等…」 「じゃあオレも〜」 「あたしも♪」 「ほなワテも」 「もちろんボクも♪」 絡められた四本の指の上に、デジモン達が己の手を重ねて行く。 まるで試合前の誓いのようだ。 「太一ぃ」 「ん?」 見ると、アグモンが大きな緑色の瞳いっぱいに涙をため、嬉しそうにたった一人のパートナーを見つめていた。 「…太一。今まで一番、いい顔してるよ♪」 「…そうか」 そうしてやっと、やっと嘘偽りも曇りも無い心で…太一は微笑むことが出来た。 |
おわり |
終わりました〜(汗)
今回色々ありましたが、何とか出来上がって一安心(苦笑)
そして…太一さんが泣いてしまいました(汗)
『太一さんが無茶して無理して倒れてしまって怒られる』…という
リクだったのですが、うちの太一さんはご自分の限界を知って
おられるので下手に皆に心配はかけないしな〜と思い、ちょっと
重いテーマを持って来てみました。
ど…どんな感じでございましょう?