帰りの会の終わりの挨拶は、『学校』という拘束から解き放たれた子供達が一斉に『個性』を出してもいいという合図。



 ぼうっとそのまま座っている子もいれば、早速カードゲームに興じる団体もいる。
 そんな中ヒカリは、いつに無い慌てぶりで帰り支度を整えていた。

「あれ?ヒカリちゃん…今日は急いでるね?」

 隣の席のタケルが、自分はいつも通りゆっくりと鞄に教科書等をしまいつつ、珍しいものでも見るようにヒカリに問えば、美少女と謳われるに相応しい、輝くばかりの笑顔で答えが返って来た。

「うんv今日デートなのv」
「デート?」
「そvじゃあタケル君、また明日♪」

 周りに花でも振りまきそうな雰囲気で教室を後にする幼馴染に、タケルはこっそりと笑った。

「デートは来週って言ってたと思ったんだけどな〜早まったのかな?」

 あはは〜と一人ごちた彼の言葉を聞いていた者がいる。
 今年同じクラスになり、選ばれし子供の仲間にもなった本宮大輔だ。

「…でぇと…」
「わっ…大輔君…どうしたの?闇の世界なんか背負っちゃって」
「タケルは知ってるのか…?」
「ああ、そういう時は『怖い』とか『嫌だ』とか思っちゃいけないんだよ♪闇の世界は人の負の情念に取り付き易いからね♪」
「ヒカリちゃんがでぇとするってーのに、『嫌だ』と思っちゃダメなのか!?」
「あれ〜?何か話が噛み合って無い気がするな〜」
「まさか、お前が相手なんじゃねーだろーなぁっ!?」
「あはははは♪ホント大輔君っておもしろいね〜♪」

 まだ人間関係の図式がしっかりと出来上がっていないほど春の匂い濃い午後…出かけるには最高の陽気。
 パソコン教室は本日、先生方の貸切により出入り禁止。
 デジタルワールドも気になるけれど、今日は息抜きも兼ねて、パタモンと一緒に公園にでも行って昼寝するのもいいかもな♪と微笑んだタケルに、大輔の未だ続く抗議の声は聞こえていなかった…。










 ヒカリは家に着くと、床いっぱいにお気に入りの服を広げ、ふむっと両手を組んだ。

「…テイルモン、どれがいいと思う?」
「そんなこと聞かれても…ヒカリはどれも似合うと思うわよ?」
「ん〜でも、お兄ちゃんとお出かけするの久しぶりだし…」

 真剣に考え込むパートナーに苦笑を浮かべた時、玄関から太一の帰って来た音と声がした。

「ただいま〜!ヒカリもう帰ってんのか?」
「あ、お帰りなさ〜いっ」

 いつもなら兄を出迎えに行くのだが、今は扉までのそんなに広くは無い場所にびっしりと広げられている服がそれを拒んでいる。

「…ヒカリはここにいなさい。太一には私が言って来てあげる」
「テイルモ〜ン」

 ごめんねと手を合わせるヒカリに微笑み、テイルモンは助走もせずに服の海を飛び越え出て行った。

「太一、お帰り」
「テイルモン。ああ、ただいま。…ヒカリは?」
「部屋で服を選んでるわ」
「服?…んな気合入ってんのか?」

 テイルモンの返事に、瞬間苦虫を噛み潰したような顔になった太一が声を潜めると、テイルモンは尻尾で扉をしっかり閉めてくすりと笑った。

「ええ、オーラが出てるもの。大変ね、太一」
「参ったな〜。女が服に凝る時は戦闘モードだからなぁ…言うこと聞くとは約束したけど…まだ怒ってんのか?」
「ううん。単純に楽しみにしてるみたいよ?太一と出かけられるのが嬉しくて仕方無いみたい」
「ホントか〜?」

 疑いの目を向けてくる太一の肩を、テイルモンは「安心しなさい」とぽんぽんっと叩いて笑った。

 八神兄妹の『デート』の予定は、実は来週になるはずだった。
 調度観たい映画が封切りになる日で、冬に予告を見て以来の約束だったのだが…運悪く、太一がその日から部の合宿になってしまったのだ。
 楽しみにしていたヒカリは不満そうだったが、ことが『合宿』では文句を言っても仕方が無い。
 そこで、土曜日で半日授業しか無いこの日、太一の合宿の買い物も兼ねて二人で出かけることで合意したのだった。

「んじゃ、テイルモンの言葉を信用するか。オレも着替えて来る。そしたら直ぐメシ作ってやっから待ってな」
「太一は服を選ばないのか?」
「選ぶほど、数持ってねーんだよ」

 苦笑して部屋に消えた太一を見送り、ふむ…とヒカリの部屋の扉を見つめる。

「…『女の子』の方が衣装持ち…ということか?」

 現実世界に来てまだ数週間…テイルモンは確実に、こちらの『事情』を理解していっていた。











 表通りは、土曜日でこの天気ということもあってか結構な人で賑わっている。

「ヒカリ、はぐれるなよ」
「は〜い」

 人込みに流されそうになる妹をさりげなく庇いつつ、ヒカリは兄の言いつけを守るべくポケットに突っ込んだままの兄の腕に自分の手を絡めた。

「大丈夫か?」
「平気vずっと捕まってていい?」
「いいけど、ぶらさがんなよ?」
「しないもんっ、そんなこと!」

 ぷうっと膨れた妹の頬をつついて空気を出し、太一は楽しそうに笑った。

「分かった分かった♪で、次どこ行くんだ?」
「んーとねぇ…あ!この先のクレープ屋さんv」
「クレープぅ!?」
「うんv最近学校で人気が出てるのvお兄ちゃん、奢ってくれるんだよね?」
「はいはい…どこだ〜?」
「すぐそこvここから看板見えるでしょ?」

 嬉しそうにヒカリが指すその先には、今以上の人だかりと列…そしてむせそうなほど甘ったるい匂いが漂っていた。
 先ほどから鼻についていた匂いの元はあそこだったのか…と、太一はうんざりしながらも引っ張る妹について行った。

「………美味いか?」
「うんvお兄ちゃんもどう?一口v」
「いや、いい…」

 さんざん待たされて手にした物は、季節のフルーツと二種類のアイス、チョコチップとホイップクリーム、更にジャムのようなものまでふんだんに使いまくり、柔らかなクレープ生地で包んだ甘味の塊だった。
 ヒカリはそれを幸せそうにスプーンで口に運んでいるが、太一は見ているだけでもむなヤケがしてくる。

「…ヒカリ、口元クリームついてるぞ」
「え、やだ」

 太一の指摘に慌てて手の甲で拭おうとするが、見当違いな場所ばかりで一向に果たされない。

「…ったく」

 太一は仕方無さそうに親指でクリームを拭ってそのまま自分の口へと運び、何とも言えずに眉を顰めた。

「…オレはこの程度で充分だ」
「え〜っ、美味しいのにな〜」

 他の料理では大差は無いのに、甘味においての味覚の違いに小首を傾げる妹に、太一は今更ながらに深く溜め息をつき、しみじみと呟いた。

「…やっぱヒカリも、女の子なんだなぁ…」
「えぇ〜?」
「まぁいいや。それよりヒカリ。早く食っちまわないと、服買いに店に入れないぞ?」
「あ、そーだった!お兄ちゃんやっぱり手伝ってv」
「絶対、ヤ」
「ケチ〜」
「ああ、もう。食い終わるまで一緒にウィンドーショッピング付き合ってやっから、全部自分で食え!いいな?」
「は〜い♪」

 良い子の返事をした妹の頭を溜め息交じりに撫でてやり、二人は揃ってアパレル系の店の方へと歩き出した。

「どんなのが欲しいんだ?」
「んーとねぇ…一番欲しいのはワンピースかなvあと使い回しきくようなシャツとか♪」
「もう目ぇつけてあんのか?」
「んーん?お兄ちゃんに選んでもらおうと思ってv」
「オレに〜?知らねーぞ、どうなっても…」
「平気vヒカリのこと一番分かってるのお兄ちゃんだもん♪」
「予算の関係もあるからな〜?」
「それはちゃんと、分かってるって♪」

 美味しいものを綺麗に食べ終わり、上機嫌の妹に導かれるまま、一人では絶対に入ったりしないだろう店に足を踏み入れる。
 入った途端、その雰囲気に目が半眼になったとしても、誰も彼を責められる者はいないだろう。

 …い、居づらい…。

 それなりに広い店内は全て女物で揃えてあるようで、どうも男の自分がこの場にいることがそぐわないよう思えて仕方が無い。
 数人いる店員らしいお姉さん達がどんなににこやかに「いらっしゃいませ〜♪」と言ってくれたとしても、場違いだろうと反射的に回れ右したくなる心境だ。
 それを止めたのは、すまなそうな妹の瞳だった。

「…ごめんなさい、お兄ちゃん。外で待ってたいかもしれないけど、もう少しだけ付き合って?ここ、一人でいると直ぐ店員さんが来ちゃうの」

 こっそりと打ち明けられた言葉に、太一はちらりと店員に目を向けるが、確かに何かあれば即飛んで来そうな雰囲気でスタンバイしている。
 デザインが気に入っている店なのだろうが、ゆっくり選ぶには向かない店風なのだろう…そして自分達も、そういうのが苦手な部類なのだ。

「OK。一緒にいてやるよ」
「ありがとう♪」

 ほっと笑顔を見せた妹に、太一は好きなのを選びな、と合図を送る。
 そういえばと見回せば、太一が知っているヒカリの服に似たものが所々で見当たる…連れて来られたのは初めてだが、最近のお気に入りなのだろう。

「お兄ちゃん、こういうのどう?」
「お、似合う似合う♪いいんじゃないか?」
「ホント?じゃあ、これキープv」
「持っててやるよ。他の選びな」
「えへへvありがと、お兄ちゃんv」

 それから幾つかの候補を上げては戻しを繰り返し、その過程でヒカリが嬉しそうな声を上げた。

「あ♪お兄ちゃん、見て見てvこのTシャツテイルモン色♪」
「あはは。ホントだな〜」

 それは袖と襟が紫色で、オフホワイトの身頃の胸元に蒼で英語のロゴと可愛らしいネコのプリントが三匹あしらってあった。

「…これ欲しいなぁ〜」

 ヒカリがおねだりモードで兄を見上げた。

「…このワンピース抜いて、二着だぞ」
「う〜ん…」

 今現在候補に挙がっているものは、既に決定している夏用ワンピースを抜いて三着。
 費用は今日明日と留守にしている両親から貰った軍資金だが、財布の紐は太一が握っているため、欲しいものは彼にお伺いをたてなくてはならない。

「…どぉしても、ダメ?」
「ダメ」
「ホントに?」
「このワンピース止めるなら、あと二枚でもいいぞ?」
「ん〜…じゃあ、こっちのテイルモン色のと、このパッチワーク柄のやつにする」
「こっちのピンクの奴気に入ってたんじゃないのか?」
「いい。だってお兄ちゃん、こっちの方がヒカリに似合うって言ってくれたでしょ?」

 確認するように見上げてくる妹に、太一はぽんっとその頭を撫でる。

「…帰りにケーキ買ってやるからさ」
「ホント?じゃあ、これで清算してくるv」
「よし」

 そうして一緒に清算を済ませ、太一も近くの店で必要な物を適当に買い揃えて行く。

「お兄ちゃん、後何買うの?」
「そーだな〜…そろそろスポーツタオルを新調しようかと思ってんだけど…」
「あ、じゃああそこの雑貨屋さん入ろ♪」
「お、改装につき在庫一掃セール50%OFFか!行くぞヒカリ!」
「うんっ♪」

 大体の日本人は『○割引』とか『○%OFF』とかに弱いものだが、それは一部では神の如き崇められている八神兄妹も同じだったらしい…。

「…安いか?」
「ん〜…ちょっと微妙…。あ、でもこれかっこいいよ?」
「ん〜…だけどなぁ〜…」

 『セール』と言うだけあって賑やかな店内で見つけたタオル売り場のスペースで、八神兄妹は難しい顔で考え込んでいた。

 確かに、値札には希望価格が明記してあり、そこからかなり値引きした価格が打ち直されている…しかし、商品自体の相場に比べてそこまで安いかといえば…考えてしまう値段なのだ。

「やらかいし、大きさも手頃だし、デザインもいいんだけど…」
「『安くなってる』って概念で見ちゃってるものねぇ〜その意識で言うと…」
「値段だけが、手頃じゃねぇ」
「そういうことよね」

 同じ言葉に弱くても、日頃スーパー等で鍛えられている八神兄妹の目は厳しかった。
 めったなことでは騙されない。

「どーすっかな…他の店で探すか…」
「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
「あれ…」

 ヒカリの指す方を見ると、そこには『ワゴンセール・詰め放題、一袋千円!』の垂れ幕の下に、大きさと値段だけはお手頃そうな物が積んであり、数人の若者達が砂糖に群れる蟻の如く群がっていた。
 だが太一は恐れ気も無く真っ直ぐにワゴンを見つめ、しっかり隣に控えている妹に声をかけた。

「…ヒカリ」
「はい、お兄ちゃん」
「漁るぞ!」
「はいっ!」

 ぴったり息のあった八神兄妹に、恐れるもの等何も無い…。











 結局、少々(太一の希望より)高かったが、気に入った柄の物を二枚と、ワゴンセールのタオルを袋にぎっしり詰めて戦功とし、本日の目的を終えた二人は穏やかに家路に着いた。

「ヒカリ、重くないか?」
「ん、大丈夫vお兄ちゃんこそ平気?」
「平気平気♪しっかし遅くなっちまったな〜」

 冬に比べれば幾らか日が長くなったとはいえ、まだまだ肌寒さを感じる夕暮れ時…もう少し早く帰って来るつもりが、ついつい長居をしてしまったらしい。
 ヒカリは自分の服の入った大き目の袋と、お土産に買って来たケーキの箱を持ち、その他の物は全て太一が荷物持ちとなっている。

「テイルモン、お腹すかせないかな〜」
「オレの方が腹減った。さっさと帰るぞ、ヒカリ」
「うん♪」

 ケーキの箱を大事そうに抱える妹に合わせそんなに早くは進めないが、それでも二人とも急いで足を動かしていた。
 本当は何か夕飯になりそうなものを買って帰る予定だったが、その分を買い物用費に回してしまったため、夕飯は帰って作ることにしたのだ。

 そうしてやっとマンションにつき、家のある一三階まで上がるエレベーターの中でほっと息をついた時、ヒカリがぽつりと呟いた。

「…来週は、お兄ちゃん家にいないんだねぇ…」
「ああ。でも直ぐだぞ?四日間だけなんだからさ」
「うん…でも寂しいなぁ〜…」

 合宿なんて珍しくも無いし、太一が泊まりに行く事だってよくあるのだけれど…それでも、こんな風に楽しかった日は少しだけ寂しくもなる。
 ずっと傍にいなければ嫌だなんて、子供っぽいことはもう言えないけれど、一緒にいたのも、いれなくて寂しいのも本当。
 だからつい、二人っきりの時には弱音を吐いてしまうことだってある。

「…大丈夫だよ、ちゃんと帰って来るから」
「……うん」
「帰って来る所は、ここしか無いんだから」
「…うん。…早く、帰って来てねぇ」
「ああ、約束するよ」

 ぽすんっと額を太一の胸に寄せ、それを受け止められて…ヒカリの心は少しだけ楽になった。

 兄の背を追いかけ続けていた幼い頃。
 いつ置いて行かれてもおかしくなった、小さな自分。
 共に歩ける力をくれたのは、真っ白な大切な天使。
 それは今も、大切な思い出と勇気と共に傍らにいてくれる。
 諦めず、その先に行けることを教えてくれた、パートナー。

 鍵を開け、玄関に入り、二人は奥に向かって声を揃えた。

「ただいま〜!」

 その声に、紫色の先っぽからひょっこり顔を出した彼女が嬉しそうに笑った。



「お帰りなさい♪」






 
おわり

      …………急ごしらえなんです。
      いきなり言い訳かい(苦笑)
      すみません、終わりです。
      何か、ここで終われとスーチェーモンが言いました(笑)
      何が書きたかったんだろう…ごめんなさい…寝ます。←おい(汗)
      でも二人で買い物してるから…ノルマはクリアかしら?(爆)