「八神ん家、兄妹仲良すぎねぇ?」



 そう言われたのは、もう随分と昔のこと。
 確か当時のクラスメイトに、遊びに行こうと誘われたのを断った時だ。

 さんざん言われ放題言われた気がするが、彼等の主張にはちっとも心を動かされなかったのを覚えている。

 つまる所、彼等の言いたいことは『妹なんか放っておいて自分達と遊べ』だったのだ。
 出来るわけが無い。

 太一は家族友人に限らず、よほどの理由が無い限り『先に約束した方』が優先される。
 そこには他の意志が介入するような『優先順位』は存在しない。
 『約束』は守るから価値があり、その時々の都合でコロコロと破っていては『約束する』意味が無い。

 そしてこの日は、前々から『妹に付き合う約束』をしていたのだ。
 彼等の遊びに付き合うために、それを反故する気などさらさら無かった。

 相手をしているのも馬鹿馬鹿しくなり、さっさと帰ろうとした自分に、尚も食い下がる彼等をどうやって諦めさせたのかは、記憶に無い。
 何かがあったような気もするが、あまり定かでは無い。
 だが、未だにその彼等とは、特別親しいということも無いがそれなりに親交がある所を思うと、喧嘩にまではならなかったのだろう。

 そうして今も、似たような言葉はよく耳にする。

 だが今も、自分の主張は少しも変わらない。
 『妹だから約束なんて破ってもいい』なんて言う輩の言うことは、ハナから聞く気は無かった。

 彼は知っていたから。
 『妹』は自分と同じ『人間』で、傷ついたり悲しんだりする心があり、そして…『放っておいても変わらないもの』では無いことを…。









 都営グランドで行われた太一の出る練習試合に、選ばれし子供達の五年生カルテットが集合した。
 しかし、いつもなら万全の体制で観戦に来るヒカリが、この日はまだ姿を見せていなかった。
 試合前に太一と話した所、何か用意する物があるから遅れるということだったが、そのままもうすぐハーフタイムに入るとなると、流石に心配になって来る。

「…ヒカリちゃん、遅いよな…」
「うん、いくらなんでも遅すぎるよね…」
「少し様子を見に行ってみるかい?」

 彼女が駆けて来るだろうはずの道をちらちらと気にしつつ、三人三様に伺い合う。

 太一は今試合中だが、試合が始まる前には『心配するな』と言っていた。
 それなのに探し(迎え)に行くというのも、彼を信用していないようで心苦しい。
 だが遅い。
 だからと探し(迎え)に行って、何事かあったのかと太一の集中力を削ぐことになりはしないかという危惧もある。
 でも遅い。
 そうして無駄に慌てた結果、何事も無く、もちろんその方がよいのだか、『どうしたの?』とか不思議そうに言われるハメになった日にゃあ立つ瀬が無い。
 しかし、遅い…。

「「「…………」」」

 サブリミナル効果のように、考えの途中に現れる事実にどうしたものかと、情けない思いで顔を見合わせ、次いで揃って道に視線を投げると、タイミングよく待ち人が現れた。

「ヒカリちゃんっ!」
「ごめん、皆!遅くなっちゃった!」

 大きなバスケットを大事そうに抱え、息を切らせて駆けて来る姿にほっと安心する。

「遅いから心配しちゃったよ…一体どーしたの?」
「ごめんなさい。用意に手間取っちゃって…ねぇ、今どんな状態?」
「まだ前半折り返し前で〇対〇のまま。もうすぐハーフタイムだよ」
「よかったぁ、間に合った〜♪」
「「「え?」」」

 安心したようにベンチに座りこんだヒカリの言葉に、大輔・タケル・賢は揃ってきょとんとなる。

「ハーフタイムの時に食べてもらう『ハチミツレモン』間に合わなかったらどうようかと思っちゃったvあ、皆ちょっと味見してくれない?」

 にっこり微笑み、バスケットの中からタッパーを取り出す。
 彼女の今日の目的はこれであり、デッドラインは『試合開始』では無く『ハーフタイム前』だったのだ…やきもきしていても来ないはずである。
 三人は何となく互いを見てくすりと肩を竦めた。

「え?何?」
「ううん。じゃ、いただきます♪」
「オレも♪」
「それじゃ僕も、遠慮無く…」
「はいvどうぞv」

 汁が滴りそうな輪切りレモンを片手で受け皿のようにして口に運ぶ。
 三人とも運動が得意故に、こういったものはよく食べるのだが…。

「…おいしい」
「うん。甘過ぎず、調度いい感じだよ♪」
「ホント?」
「ホントホント♪ヒカリちゃん、も一個ちょーだいv」
「うんvあ〜よかったvv」

 ほっと息つく彼女の笑顔はまぶしいばかりに可愛かった。
 それでなくても今日は、いつものどこか気負った感じや構えた所がかけらも無く、余裕というか、何かを許しているような印象を受ける。

「…タケル君。ヒカリさんって外じゃいつもこんな感じなの?」
「ん〜ていうか、今日は笑顔の大バーゲンって感じだよね。何かいいことあったのかな?」
「ヒカリさん元がいいから、自制して押さえててくれないと、誘爆しちゃうのが出るんだよね〜」
「そうそう。『八神兄妹大好きさん』がね〜」

 こそこそと囁き合いながらそっと伺うと、彼は先ほどまでの不安が解消された反動か、にこやかなヒカリを相手にハイテンションで試合の経過を語っている。

「ありゃ☆もうダメだ。大輔君飛んじゃってるよ」
「ま、分からないでもないけれど…大輔ってホント素直だよな〜」
「感情が直に表に出るもんね♪」

 そう言って目が合い、こっそりと笑い合う。
 実は人のことは言えないのだけれど…。

 あの兄妹を見ているとほっとするのだ。

 ヒカリが全身で愛情を伝える。
 太一はそれを包み込むように大切にしている。
 依存しているわけでも、どちらかがどちらかに頼りきっているわけでも無い。
 護りたいと思いつつ意志も尊重し、庇うのでは無く手を貸す…その絶妙なバランス。

 護りたいのなら、全てを隠して背中で見えないようにしてしまえばいいのに…それをしない兄。
 頼れる兄に全てを任せて、彼の庇護の元夢を見るように眠っていてもいいのに…自分の足で立とうとする妹。
 決して簡単で安易な道を選ばない。
 大変でも辛くても、支え合って乗り越えていく兄妹。

 とてもマネ出来ない。

 言葉では無い、態度で表すのでも無い、確かな心が繋がっているように感じるから…見ているこちらまで温かい気分になってしまうのだ。
 だから惹かれずにはいられないのだろう…。

 前半終了のホイッスルが鳴り響き、選手達がそれぞれのベンチに引き上げて行く。
 それを見て、ヒカリがバスケットの中からタオルを取り出し、そしてバスケットも抱えて立ち上がった。

「わたしこれ届けてくるね♪」
「あ、一緒に行こうか?」
「ううん、平気vここで待ってて♪」
「あ、でも…」

 更に引き止めようとする間も無く、ヒカリはさっさと太一達側のベンチに向かって行ってしまった。
 太一もそれを見つけたのか、グラウンドと観客席の間にあるフェンスに駆け寄るが…それを待っていたかのような娘さん達が、あっという間にその前に群れを成してしまった。

「…やっぱり…」
「あの人達、太一さん目当てだと思ってたんだよな〜…ヒカリちゃん行けるかなぁ」
「だけど…あそこをかき分けて行くの…怖いよね…」
「…ヒカリちゃんすごいな〜…」

 心底感心してその状況を見守る男三人組。
 太一の試合観戦をする度目にする光景だが、さながら餌に群がる鯉のようで未だに慣れない…それでも臆する事無く進むヒカリの姿は尊敬して止まない…。

 以前空にこの話をした所、『女はバーゲンで目当てのものを手に入れる力が遺伝子に組み込まれているのよ!』と力説され、『太一さんはバーゲン品ですかい』と思ったことがあるが、段差のある観客席の上から見下ろすに…言い得て妙かもと思ってしまった。

「八神君、前半は惜しかったわね」
「でも後半があるし、まだ全然OKよね♪」
「一生懸命応援するから頑張ってね!」
「ああ、サンキュ」

 太一の見えないフェンス向こうの下側では、もしかしたらグラウンドの中よりも凄まじい『蹴り』の攻防が繰り広げられてしたが、太一に向ける笑顔はにこやかで、太一は気づいていても気づかないふりで同じように笑顔を返した。

「あ、あのっ八神君これ使って!?」
「何言ってんのよ!八神君っあたしのタオル使って!」
「あたしが先よ!これどうぞv」
「…いや、悪いんだけど、妹が用意してくれてるから…あ、ヒカリっ!」

 彼女達から逃げるように横移動していた端にヒカリの姿を見つけ、太一は笑顔で手を上げた。

「はい、お兄ちゃんvお疲れ様v」
「サンキュー♪」

 ばさっと両手でタオルをかけられ、太一はその気持ちよさに目を閉じる。
 その表情に一瞬ぽうっとなった一同だったが、はっとして一人の少女に鋭い視線を投げる。
 いつもいつもこの役目は彼女一人なのだ。
 自分達がどんなにお願いしても叶えられたことは無い。

「ヒカリ、持って来たか?」
「うん、この中♪」
「そんじゃ自分で持って来な。行くぞ」
「きゃっv」

「「「っ!!??」」」

 太一は首にタオルをひっかけフェンスから身を乗り出すと、妹の腰を支えてふわりとグラウンド内へ降ろした。
 ヒカリもそうされるのを慣れているのか、兄の首筋に腕を回し、危なげなくバランスを取っていた。

「急ぐぞ?そんなに時間無いからな」
「は〜い♪」

 呆然とするお嬢さん方をその場に残し、太一は妹を引き連れて見方ベンチへ向かってしまった。
 そして楽し気な声が上がる。

「おい、八神!ちゃんと体休めとけよって…ヒカリちゃん!?」
「おっ、ヒカリちゃんじゃないか〜久しぶり〜♪」
「お久しぶりですv」
「まーまー座って♪お兄さんの応援に来たの?」
「はいvそれと差し入れにvこれ皆さんでどうぞv」
「おおっ!待ってました〜♪」
「太一がヒカリちゃんが持って来るって行ってたから待ってたんだよね〜v」
「こらっあんまり近づくな!ヒカリが汚れる」
「八神だってオレ等と同じだろ〜?」
「オレはいーの!でもお前等はダメ!」
「兄貴横暴〜!」
「…お前もう、食うな」
「あ、ごめんなさい!食べさせて下さいっ!」
「いや〜でもこれ美味しいよ♪ヒカリちゃん料理上手だね〜v」
「料理ってほどのものじゃないですよ」
「いやいや、いー嫁さんになるよ。どう?オレなんか?」
「貴様、後半出たく無いよーだな?」
「冗談ですって、お兄さんっ!」
「兄さん呼ぶなっ!」

 試合中とは思えぬ和やかな雰囲気を醸し出すサッカー部メンバー達。
 ヒカリは少し心配になって兄を見上げた。

「…お兄ちゃん、ミーティングとかしなくていいの?」
「ん?ああ、前半いっぱい向こうの動きを探るのに使ったからな。守りの薄いトコも突破し易そうなトコも大体分かった。見てろよ、ヒカリ?後半はオレ等の天下だぜ」
「うん、がんばってねv」

 にっこり笑う妹の髪をくしゃりと撫で、太一はメンバー達ににやりと笑った。

「三番五番の壁が薄い。山本、田中チャンスは逃すなよ?」
「うぃーす!」
「林、お前の足がありゃ一気に上がれる。気合入れてけよ」
「了解♪」
「…ところで」

 キョロリと辺りを見回し、太一は複雑な表情で呟く。

「監督はまだ戻んねーのか?」
「…朝から腹の調子おかしいって言ってたけど…」
「前半丸々姿がねーって、これどーよ?」

 スタメン・ベンチ要員合わせて深い溜め息をつく。
 ちなみにコーチは別の場所で自分の試合があり、顧問は教師連の研究会で欠席。
 それなのに、唯一同行したはずの監督は相手チームとの挨拶の前に消えてしまった。
 引率が一人もいない状態での練習試合は、そんなつもりは無いのに向こうがナメられているような印象を受けそうで心許無い…。
 前半だけでも、実力差がはっきり分かってしまったから始末が悪い。

「…あんま点差広げ過ぎねーよーに気をつけろ」
「りょーかーい」
「がんばってね〜」

 今現在の責任者、キャプテン八神のお達しに力無く手を上げて応えたメンバー達に、ヒカリは苦笑を浮かべて声援を送った。












 後半、ヒカリはベンチで観戦することになったようだった。

「いーな〜ヒカリちゃぁ〜ん…」
「特等席が?特別扱いが?太一さんの妹なのが?」
「………全部」
「ホント素直だよね、大輔」
「うるせ〜。賢だってそう思うだろ?」

 覗き込んでくる友人を笑って誤魔化し、太一がボールを持ったのを機に試合に集中するよう仕向け、賢はほろ苦い笑みを浮かべた。

 羨ましくないわけが…無い。

 かつては自分にも兄がいた。
 何でも出来る、尊敬出来る兄だった。

 信頼し合っていたかと言われれば答えに詰まるが…それでも、あの先に時間があったのならば不可能では無かったかもしれない、たくさんのこと。
 生きている限り付き纏う…悲しみと後悔の感情。

 今なら言える…兄さんが大好きだったと…。

 伝えたくても伝えられない、大切にしたくても出来ない…それをちゃんとしている兄妹。
 憧れるなという方が無理だろう。

 今はただ、彼等を見て、傍にいたい。
 そうして少しずつ癒されていく心を感じていたい…。





 試合は予想通り、お台場中学の圧勝だった。

 試合終了ギリギリになってやっと戻って来た監督は、自分達の力だけで戦い抜いた教え子達に冷たい視線で迎えられた。
 帰り際挨拶に来た相手チームの監督に、試合を見ていないため感想もアドバイスも出来ずにしどろもどろの監督を無情にも置き去りにし、今日一日そうだったようにキャプテン八神の指揮の下、現地解散と相成った。

「今日は帰ってゆっくり休んでくれ。明日の朝連は無し。でも放課後の部活はいつも通り第二グラウンドの方であるから遅れないように!んじゃ解散!」
「「「あっした〜!」」」

 どやどやと散って行くチームメイト達の中、太一はヒカリとこちらに向かって来る大輔達を待っていたが、その彼等が到着する前に招かれざる客達が立ち憚った。

「…八神君、少しだけでいいから付き合ってくれない?」
「…ああ、分かった。ヒカリ悪い、大輔達とちょっと待っててくれ」
「うん、分かった」

 ヒカリが聞き分けよく頷いたのに微笑み、太一は数人の少女達について行った。

「あれ?ヒカリちゃん、太一さんは?」

 大勢の人を掻き分けてやっとヒカリの元に辿り着いた大輔が不思議そうに周りを見回す。
 その後を追ってやって来たタケルと賢も同じように眺めるが、ヒカリはそれに答えず太一の消えた方角を睨みつけていた。

「ヒカリちゃん?」
「ヤな感じ!」
「へ?」
「お兄ちゃん試合に勝ったのに、おめでとうも言わないのよ!?どう思う!?」
「は!?」

 話の見えない彼等を残し、ヒカリはぷんっと頬を膨らせて腕組みをする。

「お兄ちゃん目当てってバレバレ!サッカーなんか全然興味無いくせにこんなトコまで来てイヤんなっちゃう!」
「ああ、さっきのバリケード達に連れてかれちゃったんだ?」
「そ。話があるって」
「え?放っといていいの?」

 大輔がぽかんと言えば、三人の瞳が彼に集中した。

「…そんなの」
「もちろん」
「行くに決まってるじゃないっ。この位離れれば平気!行くわよ皆っ!」
「あはは〜♪やっぱりね〜♪」
「ほら、大輔!追いかけるよ?」
「お、おうっ!」

 既に姿等見えないというのに何の迷いも無く進むヒカリの後を、三人も迷いも無くついて行くのだった。








 グラウンドから少し離れた散歩道にある東屋に太一達はいた。
 女の子達は全部で四人、『絡んでます』という雰囲気がありありと出ているが、太一はといえば自然体のままベンチに腰掛け休んでいた。

「…で、話って?」
「…八神君って、妹さん構い過ぎなんじゃないかなって思って…」

 中々話出さない彼女達に太一が促すと、やっと一人の少女が、気持ち控えめに切り出した。

「そうかな?」
「そうよ!あんまり妹ばっかり構ってると、『シスコン』かもとか思われちゃうよ!?」
「あ〜、そう思ってくれても構わねーよ?」
「なっ!?」

 あっさり肯定した太一に、少女達は驚きに目を見張った。
 そして、東屋近くの植え込みに隠れた小学生達も、太一のあまりの頓着の無さに驚く。

「…話終わりか?」
「やっ…『シスコン』なんて気持ち悪いじゃないっ!」
「なんで?」
「なんでって…」
「大事なものを大事にすることが気持ち悪いとは、オレは思わない」

 きっぱりと言い切った太一に少女達は少し怯んだようだったが、数で強気になる娘さんが必死に言い募る。

「だ、だって『妹』でしょ!?」
「『妹』は大事じゃないのか?」
「そんなの別にっ…特別にするようなものじゃ…ないじゃないっ」

 その言い分には太一だけでなく、茂みに身を潜めている『弟』三人と『妹』が揃って眉を潜めた。

「あったまくんな〜あいつ!あいつ下の苦労を知らない『姉ちゃん』だぜ、絶対!?」

 ぼそりと小声ながら遺憾の意を示す大輔に、他の三人も揃って頷いた。

「…あんたさ、『妹』いないのか?」
「あ、あたしが『妹』よ…『妹』も…いるけど…」
「真ん中か…」

 口の中でもごもごと言い訳のように言う少女に、太一はくすりと笑った。

「ありゃ、大輔君予想が外れたねぇ」
「でも『姉ちゃん』には変わりねーじゃん」
「しー!黙って!」

 ヒカリの注意に、タケルと大輔は互いの口を塞ぐことでその指示に従う。

「ま、あんたはどーだか知らないけどさ、オレにとっちゃ『妹』は大事なもんなんだ。…あんた等はさ、オレがあんた等のタオル借りないでヒカリを待ってたのが気に入らねーのかもしれないけどさ」
「そ、そーよ!タオルくらい、受け取ってくれてもいいじゃないっ!」
「うん、普通ならな。だけどうちのヒカリは、タオルをアイスノンに巻いて冷やしてくれてんだ」
「え?」
「後、リラックス出来るようにって、ハーブの葉の香りを移しておいてくれたりする」
「………」

 初めて聞く事柄に、大輔・タケル・賢の目がヒカリを見るが、ヒカリは恥ずかしいのかうっすらと頬を染めて俯いてしまった。

「そーやって、色々家で準備してくれてるのを知ってる。隠れてやってても分かる。…妹だからな。それを知ってて、あいつを大事に思わないわけが無い」
「…で、でも…」
「それに、それを抜きにしたって変わらない」
「ど、どうして?」

 太一は視線を落とし、苦い笑みを浮かべた。

「…昔、あいつを死なせかけたことがある。オレのせいで、あいつは何日も生死の境を彷徨って還ってきた…今いることだって、奇跡に近い。『妹』はそこにいて当然のものじゃ無い。変わらないものなんかじゃ無い。ちゃんと大事にしてないと…いつどうなるかなんか分からない」
「…………」
「死ぬとかそーいうことじゃなくたって、あいつが自分の意志でオレから離れていく時がきっと来る。その時、ああしてやればよかったとか絶対に思いたくない。…だから、大切なものは大切だってオレは言う。あんた等の言う『妹だから』は理由にならない」
「………」
「悪いな。そーいうわけだから、これからもタオルは受け取れねーよ」

 カタンと太一は立ち上がり、言葉の無い彼女達を残して東屋を後にした。
 そして通りかかった植え込みのある部分で立ち止まり、呆れたように声をかけた。

「金・茶・赤・黒!帰るぞ?」
「…は〜い…バレました?」
「バレいでか。盗み聞きは趣味いいとは言えねーぞ?」
「あはは、すみません〜」
「太一さん、僕白い帽子被ってるよ?」
「尻尾が見えてたぜ、金髪坊や♪」
「坊やは止めて下さい〜」

 がさがさと抜け出した弟分達と共に正規の道へと出て家路に向かう。

「太一く―――んっ!かっこよかったよ〜♪また応援来るね〜v」
「次はハットトリック期待してる〜っ♪」
「おう!また頼むぜーっ♪」

 随分前を歩いていた集団に声を投げられ、太一が愛想良く手を振って返すと、向こうからも嬉しそうな挨拶が返ってきた。

「…変な取り巻きばっかじゃ無いんですね、太一さん…」
「ああ。因縁つけてくんのは数的にゃそんないねーよ。元々ヤマト繋がりで流れて来たのが多いし」

 犯人はあいつかっ!

 先輩を呼ぶには相応しからぬ罵倒が心を掠めたが…とりあえずバレることは無いだろう。

「…どうした?ヒカリ」

 合流して以来、まだ一言も口をきいていない妹に、太一が不思議に思って声をかけた。

「…ヒカリ?」
「……お兄ちゃん、知ってたんだ?」
「あ?ああ、タオルの香りのことか?」
「…うん」

 どこか困ったような複雑な顔をしたヒカリに、太一はにっと笑いかけ髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。

「ばーか。気づかないわけないだろ?ヒカリがオレのためにしてくれてんのに」
「……うん」

 気づいてほしくてしていた訳じゃない。
 恩着せがましく思われるのが嫌で黙っていた訳でもない。

 ただ、どんなに小さなことでもよかったから、彼の役に立ちたかっだけ…でも、それでも気づいてくれていたという事実が、こんなにも胸を熱くする。
 理屈ではなく、自分を分かってくれていることが嬉しい。

「…あのね」
「ん?」
「ヒカリも、お兄ちゃんがすごく大事v…すっごく大切v」
「…そうか」
「うんv」

 兄の腕にするりと腕を絡め、甘えるように擦り寄った。
 太一はそれを微笑んで受け、邪魔にならないようにと荷物を退けてくれた。

 きっとたぶん…そういうこと。

 ヒカリが手を伸ばす限り、太一は必ず受け止めてくれる。
 ここはお前の場所だから、甘えてもいいよと言ってくれている。

 今はまだ、彼が言ったように『自分が自分の意志で兄から離れていく』ことなんて考えられない。
 それほどに兄の存在は大きかった。

 だけど、失いかけた辛さを知っている。
 悲しませた悔しさを知っている。
 置いていかれるもどかしさも…。

 だからこそ『大切』の意味を、間違えずに抱えていけると…そう、信じている。

 『そうでしょう?』と問いかけた瞳に、太一は微笑み、『そうだよ』と返してくれた。

「ああ、思い出した」
「え?何が?」

 突然の兄の科白に、ヒカリはきょとんと太一を見上げた。

 昔クラスメイトに因縁をつけられた時…どうしたものかと困っていたら、ヒカリがわざわざ自分のクラスまで迎えに来てくれたのだ。
 自分が行こうと思っていたのに、行き辛い上級生の教室にわざわざ来るほど今日の約束が待ちきれなかったらしい。
 そして、今と同じように抱きついてにっこりと笑った…。

 それで彼等は何も言わず、黙って見送ってくれたのだった。

「…うちの妹の可愛さは、ただごとじゃねぇからなぁ…」
「え?」
「いや、こっちの話」
「え?え?」

 頬を染めて混乱する妹に優しく笑いかけ、結局何も話さない。
 ただ、組んでいた腕を彼女の首に回し、愛おしそうに抱きしめた。

 大切な大切な、たった一人の妹を…。




 そんな兄妹を、仲間達が優しい目で…そしてほんの少しだけ羨ましそうに見つめていた。






 
おわり

     終わり〜!
     何だかよく分かりませんが、急ごしらえ企画第一弾!
     構成がなってないのは目を瞑ってやって下さいませ(汗)
     思ってた感じと途中から大きく外れて来てしまい、超
     焦りましたが…修正は不可能でございました(汗)
     とーりーあーえーず、太一さんはヒカリに甘い(笑)